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![]() ◎0515 『羊をめぐる冒険』 村上春樹 △0514 『だから、部下がついてこない』 嶋津良智 ○0513 『1973年のピンボール』 村上春樹 △0512 『風の歌を聴け』 村上春樹 △0511 『知的ストレッチ入門』 日垣隆 ◎0515 『羊をめぐる冒険』 >村上春樹/講談社文庫 背表紙あらすじ:【上巻】あなたのことは今でも好きよ、という言葉を残して妻が出て行った。その後広告コピーの仕事を通して、耳専門のモデルをしている二十一歳の女性が新しいガール・フレンドとなった。北海道に渡ったらしい“鼠”の手紙から、ある日羊をめぐる冒険行が始まる。新しい文学の扉をひらいた村上春樹の代表作長編。 【下巻】美しい耳の彼女と共に、星形の斑紋を背中に持っているという一頭の羊と“鼠”の行方を追って、北海道奥地の牧場にたどりついた僕を、恐ろしい事実が待ち受けていた。一九八二年秋、僕たちの旅は終わる。すべてを失った僕の、ラスト・アドベンチャー。村上春樹の青春三部作完結編。野間文芸新人賞受賞作。 初読は高校生の頃なので、詳細の日付は記録が無い。当時はどちらかというと村上龍派だったのだが、友人の勧めで手にとってみたもの。第一印象はさほどでもなかったと記憶している。その後、『ダンスダンスダンス』を読んだが、村上春樹に対する評価は横ばいのまま。ずっと後になって『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』に出会って、一気に村上春樹に対する評価が上昇した。 私の中でのダブル村上作品については『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』と『コインロッカー・ベイビーズ』が不動の1位。いつの日か、これらの作品を超える傑作が生まれてこないかと心待ちにしている次第である。 さて、話を本書に戻そう。前回読了したのは高校時代で、まだこのような作品に慣れていなかったこと、そして三部作にも関わらず第一作、二作目を読んでいなかったことから、あまり良い評価ができなかったように思う。今回は、伏線となる二つの物語を読み込んだ後であり、かつ私の読書力も多少は向上したこともあり、非常に楽しくかつ興味深く読み進めることができた。 ストーリー展開についての断片的な記憶は残っている。耳モデルの彼女や、羊つきの話など。しかしながら(いつものことだが)ラストについては全く記憶になく、新鮮な気持ちのまま読了することができた。それにしても、この突飛な発想はどこからくるのだろうか。羊というありふれた動物をここまで純文学的な高みに持ち上げていく手法には脱帽である。 突飛なストーリーではあるが、各所に伏線が散りばめられており、凝った構成になっている。「凝った」というよりも「計算しつくされた」構成というべきだろうか。ありそうにもない話をSF的に語るのではなく、シュールに描ききっているのだが、構成がしっかりしている為に、物語に破綻を感じないのである。 本書については曖昧な記憶の中で読み進めたわけであるが、ある描写の部分で鮮烈な記憶に邂逅した。村上作品の中には素敵な比喩が沢山出てくるが、中でもそのイマジネーションの素晴らしさから、ずっと忘れられずにいた描写である。忘れられずに、と書きながら、実はどの作品だったのかを失念しており、ただただその描写のみを鮮烈に覚えていたのである。読んだ瞬間、あぁ本書だったのかと陶然としてしまった。 「壁にはアフォリズムの極地とでもいうべき静物画がかかっていた。りんごと花瓶とペーパー・ナイフ。花瓶でりんごを割ってからペーパー・ナイフで皮をむくのかもしれない。たねと芯は花瓶にいれておけばいい」 高校生の繊細な感受性に響いたその描写は、今も瑞々しさを失っていなかったと、感激。野暮かなと思いつつ「アフォリズム」とは何かを調べてみたところ、「簡潔鋭利な批評」とのこと。静物画のどこが批評的なのかはよく分からないが、このアフォリズムという言葉も気に入ってしまった。我が書評は「少し辛口」をモットーにしているが、アフォリズムこそこのHPのテーマかもしれない、なんてね。
△0514 『だから、部下がついてこない』 >嶋津良智/日本実業出版社 なかなか面白いタイトルである。少々過激だが、私自身もタイトルを見てついつい手にとってしまった。自分で言うのもなんだが、仕事中の半分以上は部下のことを考えている。どうすれば部下が成長するか、どうすれば部下が今の壁を破れるか、どうすれば部下の力を発揮できる環境を提供できるか。 入社して10年目くらいまでは、自分のスキルを伸ばすことに躍起になっていたと思う。今思えば「オレがオレが」と自己主張をし、恥ずかしくて顔から火が出そうな発言をしたことも。にもかかわらず、何とかやってこれたのは私を見守ってくれる度量の大きな上司がいたからであろう。その上司に教えられたのが、所詮一人の力はしれているし、一人で出来る仕事にも限界がある。組織として、チームとしていかにパフォーマンスをあげられるかが、マネージャーにもとめられることだ、というもの。 もう一つのきっかけは名著『仕事のまかせ方の研究』に出会ったこと。特に、、「任せること=自分が楽をすること」ではなく、「任せること=部下を育てること」という主張に、目から鱗が落ちる思いであった。部下に仕事を任せることにより、自分自身の時間が増え、自分はさらに高レベルな仕事に取り組むことが出来る。これを繰り返していけば、組織としての力はどんどん強まるであろう。 今回は共感した部分と、新たな発見に分けて抜粋。まずは共感した部分から。
○0513 『1973年のピンボール』 >村上春樹/講談社文庫 背表紙あらすじ:さようなら、3フリッパーのスペースシップ。さようなら、ジェイズ・バー。双子の姉妹との“僕”の日々。女の温もりに沈む“鼠”の渇き。やがて来る一つの季節の終り―デビュー作『風の歌を聴け』で爽やかに80年代の文学を拓いた旗手が、ほろ苦い青春を描く三部作のうち、大いなる予感に満ちた第二弾。 こちらも読んだつもりになっていたが初読である。『風の歌を聴け』では多少の青臭さを感じたが、本書ではそれが抜け、洗練されたスマートな印象を感じた。比喩の方も更に磨きがかかり、文章にスピード感とシュールな感覚を与えている。 僕と鼠の脈絡の無い行動が生み出すシュールな世界。特にラスト近くの78台のピンボールが並ぶ様は圧巻である。私は村上春樹が紡ぎ出す、この「世界感」が好きなようである。208と209の双子、死んだ配電盤なども不思議な世界感を築いている。一方、今回の鼠は非常に現実的。一人の女性を愛し、なぜか一人苦しみ、街を去ってしまう。僕と鼠の付かず離れずの関係も心地よい。 それにしても、村上春樹の小説は感想が書きにくい。読みながら色々と空想するのだが、とりとめが無くて文章にしにくいのである。結果としてあまり長くない感想になってしまう。そういえば、村上氏の作品には解説もない。本人が拒否しているのか、書き手がいないのか…。 ところで、同じ村上姓として村上龍のことをついつい意識してしまうのは私だけだろうか。非常に何となく、なのだが、村上春樹を好きな人は村上龍があまり好きではなく、村上龍が好きな人は村上春樹をあまり好きではないように感じる。そんな私はといえば、当然のことだが作品によるのであり、村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』は好きだが、あまり好きではない作品があり、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は好きだが、好きじゃない作品もある。まぁ、文学とはそんなものなのだろう。
△0512 『風の歌を聴け』 >村上春樹/講談社文庫 背表紙あらすじ:一九七〇年の夏、海辺の街に帰省した“僕”は、友人の“鼠”とビールを飲み、介抱した女の子と親しくなって、退屈な時を送る。二人それぞれの愛の屈託をさりげなく受けとめてやるうちに、“僕”の夏はものうく、ほろ苦く過ぎさっていく。青春の一片を乾いた軽快なタッチで捉えた出色のデビュー作。群像新人賞受賞。 『アフターダーク』で久しぶりに村上文学に触れ、ノーベル賞の候補者として話題となったこともあり、村上作品を読み返して見ることにした。古本屋を巡って初期の作品を何冊か買い求めたのだが、まず手始めにデビュー作である本書を手に取った。初読はいつだろうと、過去のデータベースをひっくり返してみたのだが見当たらない。おかしいなと思いつつ読み進めてみて今回が初読だと気がついた。村上作品については『羊をめぐる冒険』や『ダンス・ダンス・ダンス』などの印象深い作品を読了していた為、ほとんどの作品を読んだかのように勘違いしたようである。 ちなみに『ノルウェーの森』も読んだつもりでいたのだがデータベースには記録されていなかった。私にとっては今ひとつだった印象なのだが、これも作られた記憶なのだろうか。 さて、本書であるが、村上作品にしては今ひとつと取るべきか、デビュー作にしては秀逸と取るべきか悩む作品である。悪くはない。悪くはないのだが、他の名作を読んでしまった今の感想としては、せいぜい△なのである。その後、『羊をめぐる冒険』へと続く登場人物たちに思いを馳せると、本作品なかりせば名作も生まれなかったろうという感慨に浸ることも出来るのだが…。 「ひどく暑い夜だった。半熟卵ができるほどの暑さだ」など、個性的な比喩はこの頃から健在である。簡単そうでいてなかなか書けない文章だと思う。私はよく「うまい」とか「秀逸」という褒め言葉を使うのだが、村上春樹には「素敵な」という褒め言葉が似合う気がする。「素敵な」というのは、なんて素敵な褒め言葉だろう。
△0511 『知的ストレッチ入門』 >日垣隆/大和書房 仕事に関するノウハウ本を見ると、ついつい手にとってしまう。これまでにも結構な量を読んできているので、そろそろ目新しいノウハウというのを目にすることが少なくなってきているのだが、やめられない。経理という職務柄、いつも、どうすれば実務を合理化できるかを考えているから、少しでもヒントになればと思い手を伸ばしてしまうのである。 残念ながら大きな収穫は無かったが、過去に似たような手法について読んだ記憶が蘇ってきたりもする。結局、本で読んだだけでは無意味であり、いかに実務で実践するかが肝要ということであろう。では、いつものように気になった部分を抜粋。
苗村屋読書日記 [103]
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