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![]() ○0530 『華麗なる一族 』 山崎豊子 △0529 『邂逅の森』 熊谷達也 △0528 『天使たちの探偵』 原ォ ◎0527 『私が殺した少女』 原ォ △0526 『理由』 宮部みゆき ○0530 『華麗なる一族 』 >山崎豊子/新潮文庫 背表紙あらすじ:【上巻】業界ランク第10位の阪神銀行頭取、万俵大介は、都市銀行再編の動きを前にして、上位銀行への吸収合併を阻止するため必死である。長女一子の夫である大蔵省主計局次長を通じ、上位銀行の経営内容を極秘裏に入手、小が大を喰う企みを画策するが、その裏で、阪神特殊鋼の専務である長男鉄平からの融資依頼をなぜか冷たく拒否する。不気味で巨大な権力機構「銀行」を徹底的に取材した力作。 【中巻】阪神特殊鋼の専務万俵鉄平は、米国企業からの増注契約をキャンセルされて危機に陥る。旧友である大同銀行の三雲頭取が多額の融資を了承してくれるが、その矢先、熱風炉が爆発するという事故が出来―。一方、万俵家の次女二子は、総理の縁戚と見合いをしながらも、鉄平の部下である一之瀬に惹かれていく。万俵家に同居する大介の愛人・高須相子が企む華麗な閨閥づくりの行方は…。 【下巻】万俵大介は、大同銀行の専務と結託して、鉄平の阪神特殊鋼が不渡手形を出し、倒産へと追いやらされるさ中、上位の大同銀行との合併をはかる。鉄平は、大同銀行の頭取を出し抜いた専務と父親大介の関係を知るに及び、丹波篠山で猟銃自殺をとげる。帝国ホテルで挙行された新銀行披露パーティの舞台裏では、新たな銀行再編成がはじまっていた―。聖域「銀行」に挑戦した熾烈な人間ドラマ。 テレビドラマ化されるとの情報を得て、2006年の再読の目玉にしようと、昨年の11月頃から少しずつ読み進めてきたのだが、流石に山崎豊子の大作であり、なかなか読み進めることができなかった。途中で他の本に手を出したこともあり、漸く読了。なんとかドラマの放送開始には間に合った。 初読は1997.01.04。記録によると前回は正月休みの間に上中下の3巻を読了している。これだけの小説をよくも一気に読めたものだと、10年前の自分の若さが羨ましい。しかし、前回も正月に読了で、本当にちょうど10年前。意図したわけではないので、読書というものの運命的な要素を感じてしまう。 さて、やはり10年という歳月は大きく、記憶にあるのは万俵家のいびつな閨閥の部分のみ。とくに妻妾同衾という異常な世界は強烈に記憶に残っている。一方で、銀行や特殊鋼メーカーといった企業群の描写をほとんど覚えていないのは我ながら恥ずかしい。高杉良などの経済小説を本格的に読み始めたのは、これより1年後くらいだが、当時は経済小説というよりもヒューマンドラマとして読み進めていたのだろう。 視点を経済的な部分に移すと、今の私にとっても非常に興味深い小説になる。銀行の再編など、つい2〜3年前から大規模なものが繰り返されているし、鉄鋼業界も、鉄の値上がりや業界再編などなにかと話題が多い。銀行の合併話については高杉良の小説でも詳しく述べられているが、こちらは完全なフィクションとして政界とのつながりも克明に描かれており、より息詰まる展開となっている。 閨閥の強化という点に力を入れて描写しすぎている感もあるが、そもそもタイトルからして『華麗なる一族』なのだから、これは当然のことかもしれない。しかしながら、大介の鉄平に対する態度には、小説ながらもハラハラするとともに、もう少し何とかならないのだろうかと気に揉んでしまう。鉄平の出生の秘密については、山崎豊子らしく緻密に伏線を張っていき、ラストで衝撃的に明かされるのだが、鉄平の生き様を思うと、なんともやりきれなくなってしまう。 テレビドラマ化されると聞いた時、この小説をどのような形で現在に置き換えるのだろうかと興味深々であった。銀行の再編であれば、数年前に置き換えることが可能であろうが、さすがに妻妾同衾というのは難しいのでは、などと考えていたのだが、書店で本書の新装版を手に取り、中巻の帯を見て疑問が氷解した。筆者・山崎豊子によるドラマの推薦文が書かれていたのだが、時代背景は変えずに、主人公を万俵大介から鉄平に移すとのこと。なかなか面白い発想であり、これはこれで期待できそうである。 木村拓哉主演であり、他の出演者もそうそうたるメンバー。特に注目しているキャストは、万俵銀平=山本耕史、銭高常務=西村雅彦、綿貫千太郎=笑福亭鶴瓶、大川一郎=西田敏行、三雲祥一=柳葉敏郎などなど。恐らく皆さん、はまり役だと思う。ちょっと意外だったのは、小林隆の芥川常務。とぼけた雰囲気を持つ小林隆が寝業師の役をどこまで演じられるのか注目している。最近、ほとんどテレビドラマを見ることが無かったのだが、日曜の夜ということもあり見逃す心配も少なそうなので、久しぶりに楽しんでみようかと思っている。 それにしても気になるのはラストシーン。ネタバレになるが、小説では☆鉄平の壮絶な猟銃による自殺が印象的であった。雪山に散る真っ赤な血が目に浮かぶ凄惨なシーン。☆小説とドラマのラストが異なることは往々にしてあることだが、ドラマにおける鉄平のラストはどうなるのだろうか。こちらにも注目したい。
△0529 『邂逅の森』 >熊谷達也/文春文庫 背表紙あらすじ:秋田の貧しい小作農に生まれた富治は、伝統のマタギを生業とし、獣を狩る喜びを知るが、地主の一人娘と恋に落ち、村を追われる。鉱山で働くものの山と狩猟への思いは断ち切れず、再びマタギとして生きる。失われつつある日本の風土を克明に描いて、直木賞、山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した感動巨編。 直木賞と山本周五郎賞はどちらも注目している文学賞。史上初のダブル受賞ということで、気になってはいたのだが、結局文庫化するまで待ってしまった。最近は、本屋はもちろんだが、電車の中吊りをみて注目している作品が文庫化されたのを知ることが多い。読書日記を付ける以前は、各種の賞にはあまり興味が無かったので、本屋で面白そうなものを見つけては買う、という行動パターンであったが、最近は単行本の段階から面白そうな本に目をつけておき、文庫化されたらすぐに購入というパターン。少々、貧乏臭いが…。 さて、本書は東北地方を中心に活動する「マタギ」の物語である。マタギとは主に熊撃ちを中心とする猟師のこと。本書ではマタギという言葉自体があまりメジャーでないような書き方がされていたが、私自身は『釣りキチ三平』を通じて知っていた。そういえば『釣りキチ三平』の舞台も秋田県の山村。釣りと熊撃ちというのは、自然に溶け込んで、自然と忍耐比べをするという点で似ているのかもしれない。今更のように気づいたのだが、山の「猟師」と海の「漁師」では字が違うんだなぁ。 さて、物語の方は、純粋なマタギの話だという先入観を持っていたため、いい意味で期待を裏切られる作品であった。マタギの物語というよりも、主人公の富治の波瀾万丈の人生を描いた物語である。マタギにはじまりマタギに終わる物語だが、その中には鉱山で働く富治や、別の山村で身を立てる富治など、様々な苦難が織り交じっている。女性との愛情過多による問題も多く、もう少し固い話かと思っていたのだが、なかなかエンターテインメントな構成であった。 しかしながら、その分、題名や装丁から醸し出される重さが、実際読んでみると若干「軽く」感じてしまったのは否めない。また、描写そのものも、マタギのシーンが他と比べると格段に冴えている。もっともっとマタギのシーンが多くても良かったのかなと感じた次第。
△0528 『天使たちの探偵』 >原ォ/ハヤカワ文庫 背表紙あらすじ:ある女のひとを守ってほしい―沢崎の事務所を訪れた十才の少年は、依頼の言葉と一万円札五枚を残して、雨の街に消えた。やむなく調査をはじめた沢崎は、やがて思いもかけぬ銀行強盗事件に巻き込まれることに…私立探偵沢崎の短篇初登場作「少年の見た男」ほか、未成年者がからむ六つの事件を描く、日本冒険小説協会大賞最優秀短編賞受賞の連作集。 原ォの作品は一通り読んでおきたいと思い購入したのだが、『私が殺した少女』を読み終えてから、順番に読もうと思っていたので、なかなか手が出せないでいた。大掃除にて発掘された『私が殺した少女』を読了し、漸く手に取った次第。 さすがに原ォの作品であり、かつ、おなじみの探偵沢崎シリーズということもあって、こなれた作品が並んでいる。長編向きの作家だと思っていたが、短編もなかなかのもの。しかしながら、短編であるがゆえ、簡単に読めてしまい、筆者一流の込み入ったプロットを堪能するには至らなかった。 未成年者がかかわるという共通項を柱とした、連作短編集。通常の短編集よりは、連作短編集の方が好きなのだが、本書はバランスが取れすぎていて面白味に欠ける感があった。連作だと、いろいろと制約が出てしまう為(今回であれば依頼人が未成年者、主人公は探偵沢崎など)突飛な作品が生まれにくいからだろうか。 全ての作品が面白いという短編集は稀である。一方で短編集であれば、ひとつくらいは印象的な作品が入っている可能性が高い。本書はどちらでもなく、それぞれの作品が高い完成度で「それなりに」面白かった為、残念ながら小さくまとまってしまったという感想を抱いてしまった。 次は長編『さらば長き眠り』を読む予定。探偵沢崎シリーズは『さらば長き眠り』で第一期が完結するとのこと。執筆のペースがゆっくりなので、第一期完結といいながら、このまま再開されないのではないかと心配していたのだが、『愚か者死すべし』という第二期の作品が刊行されている。こちらはまだ単行本しか出ていないよう。文庫化されるまで待つかなぁ。
◎0527 『私が殺した少女』 >原ォ/ハヤカワ文庫 背表紙あらすじ:まるで拾った宝くじが当たったように不運な一日は、一本の電話ではじまった。私立探偵沢崎の事務所に電話をしてきた依頼人は、面会場所に目白の自宅を指定していた。沢崎はブルーバードを走らせ、依頼人の邸宅へ向かう。だが、そこで彼は、自分が思いもかけぬ誘拐事件に巻き込まれていることを知る…緻密なストーリー展開と強烈なサスペンスで独自のハードボイルド世界を確立し、日本の読書界を瞠目させた直木賞・ファルコン賞受賞作。 どちらかというと、ハードボイルドはあまり好きではないのだが、ここまで主人公の生き様がひしひしと伝わってき、かつミステリー的完成度も高ければ、文句のつけようが無い。新年の幕開けに相応しい読書となった。といいつつ、本書は再読であり、初読は2000.01.15のこと。実は、半年ほど前に再読しようと手にしたのだが、数ページ読んだところで、どこかにいってしまった。電車にでも置き忘れてきたかと諦めかけていたところ、年末の大掃除で発見。早速、手に取った次第。 前作の『そして夜は甦る』でも登場した私立探偵・沢崎が主人公。先ほども書いたとおり、この沢崎の生き様、スタイルが格好いい。警察官など権力者相手にはちょっと嫌味を言い過ぎるきらいはあるが、その皮肉も、恐らく筆者としてはひねりにひねったであろう、絶品である。筆者の苦労は微塵も感じさせず、軽妙な会話の中に折り込まれている嫌味や皮肉は小気味よくさえある。 そんな主人公のキャラクターに頼りすぎることなく、プロットの方も秀逸である。天才バイオリン少女の誘拐事件を中心に、緻密なストーリーが展開されていく。ちなみに、私のうろ覚えの記憶では、天才と謳われる実の娘の指を、母親が怪我させてしまい、二度とバイオリンを弾けなくしてしまった罪悪感とうろたえから殺害してしまう、というものだったのだが、どこかで記憶が捻じ曲がっていたようである。 小洒落た描写も健在である。ちょっと長くなるが気に入ったフレーズを抜粋して終わりたい。「行き交う人々のどの顔にも何か損をしているような表情がへばりついていた。傘をさしていても濡れてしまう天気のせいかも知れなかった。まえを歩いている人間は追い越さなければ損だというような歩き方をする者が多かった。それで傘どうしがぶつかって、相手が濡れようと自分が濡れようと少しも構わない様子だった。いつでもどこでも耳にするのは損をした話ばかりで、世の中全体が税務署の窓口になってしまったようだ」
△0526 『理由』 >宮部みゆき/朝日新聞社 背表紙あらすじ:事件はなぜ起こったか。殺されたのは「誰」で、いったい「誰」が殺人者であったのか―。東京荒川区の超高層マンションで凄惨な殺人事件が起きた。室内には中年男女と老女の惨殺体。そして、ベランダから転落した若い男。ところが、四人の死者は、そこに住んでいるはずの家族ではなかった…。ドキュメンタリー的手法で現代社会ならではの悲劇を浮き彫りにする、直木賞受賞作。 2006年はなんだかいろいろあった年だったように思う。良かったこと、悪かったこと。人生とはこのようなものなのだろうが、濃密に凝縮された年だったように感じる。そんな2006年最後の読書は『理由』 蔵書整理の一環で、単行本を再読した。 その前に、今年の読書歴を振り返っておきたい。毎年100冊を目標にしているが、最近はUSCPAの学習で思うように時間がとれず、さほど読めなかったように思う。ついでなので、2004年まで遡ってみる。2004年:168冊、2005年:69冊、2006年:155冊:86冊。思ったとおり14冊未達成。来年からは何とか100冊、できれば毎月10冊のペースで120冊は読みたいところ。また、ジャンルもミステリー偏重から、少し幅を広げられればと考えている。 さて、本書の感想であるが、あらすじに「ドキュメンタリー的手法」とあるとおり、ノンフィクションを読んでいるような錯覚に陥る作品であった。実を言うとノンフィクションは苦手な方。そんなこともあり、非常に読み進めづらい作品となってしまった。ちなみに初読(1999.09.14)の際も、似たような感想を抱いた記憶がある。当時、社会的に問題となっていた競売や占有といったテーマを真っ向から捕らえた力作であることは充分認識しているのだが、やはり合う合わないというのはどうしようもないのである。 もう一つのめりこめなかった理由として、感情移入できる登場人物がいなかったことが挙げられよう。普通、小説であれば主人公、もちろん脇役でもよいのだが、に感情移入しながら読み進めるのだが、本書ではノンフィクション的手法を取っているがために、章ごとに視点が変わり、なかなか感情移入ができなかったのである。 恐らく、筆者は意図的にそうしたのであろう。あらすじにも「事件はなぜ起こったか。殺されたのは誰で、いったい誰が殺人者であったのか」とあるように、複数の視点を持つことにより、事件をより曖昧でぼやけたものに見せたかったのではなかろうか。このような高等技術を駆使した作品であるが、従来の宮部ファンからしてみると、むしろ好みが分かれてしまうかもしれない。 力作ではあるが、読みづらい、そんな作品であった。まるで私の2006年を象徴するかのような…。
苗村屋読書日記 [106]
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