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![]() ○0535 『アメーバ経営』 稲盛和夫 △0534 『さらば長き眠り』 原ォ △0533 『SF魂』 小松左京 ×0532 『山妣』 板東眞砂子 △0531 『ソニーを踏み台にした男たち』 城島明彦 ○0535 『アメーバ経営−ひとりひとりの社員が主役』 >稲盛和夫/日本経済新聞社 京セラのアメーバ経営に関しては以前から興味を持っていたため、刊行されると同時に購入。ビジネス書に関しては、単行本であっても抵抗なく購入できてしまう。というよりも、ビジネス書の場合は古くなってしまっては価値がないので単行本で買わざるを得ないというのが本音だろうか。その分、期待していたほどの内容でなければがっかりしてしまうのだが、本書は期待に違わず、興味深い内容であった。 アメーバ経営とは組織をアメーバと呼ばれる小集団に分け、それぞれが採算管理を行う仕組みの経営手法である。小集団ごとに採算をつまりはコストを意識して仕事を行う為、各小集団のリーダーが経営を実地で学べるというメリットがあるとのこと。その素晴らしさを十分認めた上で、敢えて私の考える改善案を2つ提示してみたい。 まずはアメーバ間の値決めについて。アメーバ経営では製造部門と営業部門で、あたかも別会社のように製品の売買を行っている。営業部門は自社の製造部門から製品を仕入れて、顧客に販売するのである。この際に気になるのが、いくらで取引をするかという点。製造部門としては高く売りたいし、営業部門としては安く仕入れたい。そこで社内間でのネゴシエーションが発生すると思うのだが、このネゴにあたって、最適価格を決めるのは「経営者の見識」というのである。市場価格を見据えて公正な価格を提示するのが経営者の仕事のひとつとのこと。 これは京セラに根付いた「利他」の精神があるからこそ成り立つものであり、一般の企業が真似をしようと思っても一朝一夕には不可能であろう。(だからこそ稲盛氏は本書を発売したのかもしれない。真似できるものならやってみろという自信の裏づけのようにも感じる)しかしながら、せっかくここまでの仕組みを築きあげたのであれば、社内間値決めに関する合理的で明確なルールが提示できれば、もっと良かったのではと感じた。代替案があるのかと言われると困ってしまうのだが…。 もうひとつは、アメーバでは人件費を管理の対象外としている点。これは、人件費というのはコントロールが難しく、ともすれば人員削減という安易な道に走ってしまうのを止めようという思想があるからである。しかしながら人件費というのは最大の経費でもあることは否めない。管理不要とするのは良いが、人件費も可視化し、自分たちのコストを意識できる仕組みにすべきではと感じた。人件費=給与ではない。さまざまな福利厚生や退職給付費用など一人当たりのコストは給料よりもはるかに高い。そのことを意識できるかどうかは、仕事の質にも関わってくるのではなかろうか。 上記の2点は決してアメーバ経営を批判するつもりで書いたのではない。むしろ素晴らしい仕組みだからこそ自分なりの考えが触発された結果である。結局は経営というのは仕組みだけでは不十分であり、それを支える文化・風土などが重要だということであろう。
△0534 『さらば長き眠り』 >原ォ/ハヤカワ文庫 背表紙あらすじ:400日ぶりに東京に帰ってきた私立探偵沢崎を待っていたのは、浮浪者の男だった。男の導きで、沢崎は元高校野球選手の魚住からの調査を請け負う。11年前、魚住に八百長試合の誘いがあったのが発端で、彼の義姉が自殺した真相を突き止めてほしいというのだ。調査を開始した沢崎は、やがて八百長事件の背後にある驚愕の事実に突き当たる…沢崎シリーズ第一期完結の渾身の大作。文庫版書下ろし掌編「世紀末犯罪事情」収録。 原ォにしては、冗長。物語が長いせいか、文章にまで緩みを感じてしまったのは気のせいだろうか。前作から5年という年月をかけているのだが、時間をかければかけるだけ、文章というのは長くなってしまうのだろうか。時には一気に書き上げた作品の方が、勢いがあって面白い場合もある。しっかりと構成を考え、練りに練った作品なのだろうが、ちょっと残念な出来栄えであった。これもひとえに、前作までのクオリティが高かったからこそ感じることである。『私が殺した少女』などの傑作を書き上げた筆者にしては、物足りないということ。 物語の方は、ある女性の自殺の謎に迫っていく話なのだが、フタを開けてみると、さほどの意外性は感じない。2つの偶然により引き起こされてしまった悲劇とでも言おうか。また、桝田という浮浪者が登場するのだが、この人物の前職は建築家。しかしながら、なぜ建築家である必要があったのかもよく分からない。さほど必然性がないのであれば、普通の浮浪者でもよかったのではなかろうか。こういったところに懲りすぎていて、物語の本筋がよく見えなくなってしまっているように感じた。 凝った構成ではあるが、さすがは原ォであり、ややこしさや難しさは感じない。しかしながら、纏まっているようで纏まっておらず、物語が拡散したまま終わってしまったような印象。原ォの物語は拡散というよりも「収斂」していくのが魅力だと思う。
△0533 『SF魂』 >小松左京/新潮新書 そもそも私が読書を趣味とするようになったきっかけはSFである。小学生の頃に、ジュヴナイル版のジュール・ヴェルヌの海底二万海里を読んだのが、本格的な読書の始まりではなかろうか。その後、八十日間世界一周や十五少年漂流記など、ヴェルヌには大きな影響を受けたように思う。その後、中学生になった頃に星新一の作品に出会ったという話は以前にも書いた気がする。星新一のエッセイなどを通じて、筒井康隆、そして小松左京へと読書の幅が拡大していった。小松左京については、さほど大量に読んだ記憶はないのだが、それでも過去の読書記録を見ると『日本沈没』『復活の日』などなど、主要な作品は網羅している。 ちなみにこれらの文庫本は主に古本屋で入手していた。今のようにブックオフなどのきれいな古本屋はなく、車で30分ほどの汚い、しかしながら非常に大きな古本屋に、父親に連れて行ってもらっていたことを思い出す。かび臭い中、目を輝かせて古本を漁っていた頃がなつかしい。もしかすると読書を一番純粋に楽しんでいた頃かもしれない。 さて、本書だが、戦時中の少年時代から、SFの黎明期を経て、最近の活動に至るまでを描いた自伝的エッセイである。以前、日経新聞の「私の履歴書」でも自伝を連載していたが、読み落とした日もあったので、纏めて読み返すにはちょうどよい本であった。本書の中で印象に残ったのは、30代の半ばで万博に関わったというくだり。若い頃にいろいろと大変な思いをするというのは、決して損ではない。少し話が変わってしまうが、バブルの全盛期から私が入社頃にかけて社会人になった世代が、一番仕事が面白くない世代ではなかろうか。もう少し前の世代であれば、まだまだ日本企業が成長している時期であり、若手にも大きな仕事が任されていた。一方、最近では、ITベンチャーをはじめとする成長過程にある企業に就職することが珍しくなくなってきている。こんなことを考えるのは自分自身が現状に満足していない裏返しかもしれない。また、自分自身でリスクを取りにいかない限り, 面白い仕事に巡り合わないことは分かってはいるのだが、小松左京の30代の経験を知り、うらやましくなってしまったのである。 最近では『日本沈没』が映画でリメイクされ、また第二部も発刊されたようで話題を呼んでいる筆者。私としては映画よりもむしろ、『日本沈没』の第二部を若手作家のチームを結成し完成させたことに注目したい。漫画の世界では、さいとうたかをプロや本宮ひろしがこのようなマネジメント方法を取っているが、小説というのはどちらかというと一人でコツコツと作り上げる世界のように感じていたので、画期的な手法だと感心したのである。ちなみに、日本を沈没させた後の世界をしっかりと描きたかったそうだが、沈没させるのに手間取ってしまったというくだりでは、思わず吹き出してしまった。 個人的には小松左京の作品群では『復活の日』が一番好きなのだが、この作品も30代で書かれたことを知り、ちょっとびっくりした。発想の大きさでは、星・筒井を上回ると思う。最近、過去に読んだ本を頑張って再読しているのだが、小松作品も再読候補に入れなければ…。
×0532 『山妣』 >板東眞砂子/新潮文庫 背表紙あらすじ:【上巻】明治末期、文明開化の波も遠い越後の山里。小正月と山神への奉納芝居の準備で活気づく村に、芝居指南のため、東京から旅芸人が招かれる。不毛の肉体を持て余す美貌の役者・涼之助と、雪に閉ざされた村の暮らしに倦いている地主の家の嫁・てる。二人の密通が序曲となり、悲劇の幕が開いた―人間の業が生みだす壮絶な運命を未曾有の濃密さで描き、伝奇小説の枠を破った直木賞受賞作。 【下巻】「殺してくんろ。そいつは化け物んがんだ」。密通相手に肉体の秘密を暴かれた涼之助は、山妣の棲み処といわれる山に迷い込み、辿り着いた洞窟で獣じみた白髪の老婆に遭った一白日に曝され、凄まじい真実を炙りだしてなお蠢く愛憎。そして村は熊狩りの日を迎え、愛憎劇は雪山になだれ込む。業の炎に自らを焼き尽くす者、因果の軛から逃れようと喘ぐ者…白雪を朱に染める凄絶な終章。 伝奇小説と銘打たれており、今までであれば手に取らなかったであろう作品。直木賞受賞作ということで読んでみた。今年はミ\ステリーに限らず、読書の幅を広げたいと思っているので。 残念ながら感想は今ひとつ。現在・過去・現在という3章立ての構成はなかなか面白く、人物の相関図も結構凝っているのだが…。唯一、というよりも最大の欠点が、あまりにも偶然性が大きいこと。過去の因縁の人物たちが同じ時期に山奥の村に一同に会するというのは、あり得ないと感じてしまう。もう少し必然性を持たせれば、すっと頭に入ってきたのだろうが、どうも御都合主義的なストーリー展開は苦手である。 そういえば、先日『邂逅の森』を読了したばかりであるが、本書にもマタギや鉱山に関わる話が出てきて興味深かった。『邂逅の森』で得たこれらの予備知識があった為か、物語自体は読みやすかったように思う。ちなみに本書ではマタギのことを「又鬼」と感じで表記している。その他、穴熊撃ち(冬眠中の熊を狩ること)熊の肝(くまのい:薬として高値で売れる)、友子同盟(鉱山師達の寄り合い)、よろけ(鉱山師たちがかかる金属中毒)などなど、知ったばかりの単語が頻出して既視感を覚える作品であった。 本書の内容で上下二冊組みというのは少々冗長な感じがした。偶然性を排し、もう少し各所の描写を絞り込んですっきりさせれば、もっともっと面白くなる作品だと思う。 △0531 『ソニーを踏み台にした男たち』 >城島明彦/集英社文庫 背表紙あらすじ:ソニーを自分勝手な理由で中途退社し、限りない夢に挑戦し続けるとんでもない男たち。その共通点は、ソニースピリッツを心から愛し、ソニーの「遺伝子」を受け継いでいることだ。男たちの大いなるベンチャー魂、あくなき闘い、そしてサクセスストーリーの真髄はどこにある。ソニーを愛するがゆえに踏み台にし、強烈な個性を開花させた、常識破りの17人。 何度か日記に書いているが、ソニーという企業にずっと注目してきた。最近の低迷は残念な限りであるが、過去に何冊かソニーに関する本を読んできたので、ざっと流し読みで再読。内容の古いものもあるが、気になった部分だけを記録しておきたい。初読は2001.06.22。
苗村屋読書日記 [107]
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