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△0055 『滅びのモノクローム』 三浦明博
×0054 『血と骨』 梁石日
△0053 『秘密』 東野圭吾
◎0052 『流星たちの宴』 白川道
△0051 『造詣集団・海洋堂の発想』 宮脇修一


△0055 『滅びのモノクローム』 >三浦明博/講談社/2003.04.22

 周五郎賞を読むといっておいて、乱歩賞に手を出してしまった。古本屋で半額だったのでついつい買ってしまったのだ。まあ、別にノルマってわけではないので、周五郎賞も気長に読んでいきたい。

 さて本書だが、なんだか感想を書くのが難しい作品だった。全体としての出来は良かったと思うのだが、日常的な導入からいきなり大きな世界へと飛躍しすぎた感じ。作中に出てくる釣りに例えるなら、鮒を釣っていたら大鯰がかかったとでも言おうか・・・。話のテンポもよく、古いフィルムの謎解きが徐々に進んでいく感じも悪くないのだが、ラストへの展開が性急すぎる。恐らく応募作品のため枚数制限があったのだろうが、もう少し構成を考えても良かったのではないだろうか? ラストの20ページ程にテーマが凝縮されているのだが、これも欲張りすぎだと思う。あまり書きすぎるとネタバレになるが、戦中戦後の狂気の中での特高問題、混血児のアイデンティティの問題、日本人の危機意識の低さ、父と息子の関係など、どれか一つをとっても十分大きなテーマである。最後に作者の書きたいという思いが爆発しているかのようだが、私には暴発に感じられてしまった。

 いろいろ批判的なことを書いてしまったが、心に残るシーンもいくつかある。まず、月森進之助が戦後を振り返っての言葉。「忘れたのだ。忘れることにしたのだよ。自分たちがしでかした恐ろしいこと、厭なこと、考えたくもないこと、そんな一切合切を無かったことにした。戦後驚くような勢いで復興したのも、経済大国になったのも、後ろを向かずに前だけ見て、我々が生きてきたからではないのか」後々の伏線にもなる重要な言葉だが、そうかもしれないと納得させる力を持っている。カルト大西というキャラクターもいい。彼の言葉にある子どもと老人の共通点は「おなじことばっかりくり返すってこと。子どもは一度楽しいと思ったら、もうしつこいでしょ」 彼は言う、同じことを繰り返すことが停滞だと思っている人間がたくさんいる。しかし、走り続ける必要はない、疲れたら歩けばいい、立ち止まって休んでもいい。そのことを子どもと老人は本能的に知っていると。

 仕事のこと、将来のことであせりを感じ始めている。自分はこのままでいいんだろうかと問う夜が多い。以前は家に帰ったらすぐにぐっすり眠れたのが、何となく寝つかれれず、このホームページに思いをぶつけている。そんな時、走り続けることが正解ではないと、少し救われた気持ちになった。努力を怠ってはいけないが、過ぎたるは及ばざるが如し。マイペースも大切である。

>2003.04.22.TUE


×0054 『血と骨』 >梁石日/幻冬舎文庫/2001.06.25

 背表紙あらすじ:【上巻】1930年頃、大阪の蒲鉾工場で働く金俊平は、その巨漢と凶暴さで極道からも恐れられていた。女郎の八重を身請けした金俊平は彼女に逃げられ、自棄になり、職場もかわる。さらに飲み屋を営む子連れの英姫を凌辱し、強引に結婚し…。実在の父親をモデルにしたひとりの業深き男の激烈な死闘と数奇な運命を描く衝激のベストセラー。 【下巻】敗戦後の混乱の中、食俊平は自らの蒲鉾工場を立ち上げ、大成功した。妾も作るが、半年間の闘病生活を強いられ、工場を閉鎖し、高利貸しに転身する。金俊平は容赦ない取り立てでさらに大金を得るが、それは絶頂にして、奈落への疾走の始まりだった…。身体性と神話性の復活を告げ、全選考委員の圧倒的な支持を得た山本周五郎賞受賞作。

 読書日記に目標ができた。各種受賞作などを系統立てて読んでみようと思う。ミステリーが好きなので「このミス」週刊文春のベストテンなどを読みたいと思っているのだが、なにせ量が多い。手頃なところで好きそうな作品が並んでいるのは、と見渡したところ山本周五郎賞が良さそうである。既に何冊か読んでおり、今のところまだ15回を数えるだけ。手始めに周五郎賞の読破を狙おう。

 さて、『家族狩り』については、過去に記載済み。第2弾は『血と骨』である。正直、梁石日の実父がモデルという主人公・金俊平の描写が圧巻で、というよりもえげつなく、何度も本を置こうと思った作品。とにかくエゴを貫こうとする金の生き方に何度も反発を覚えた。しかし、後半読み進むにつれ、金が弱っていく様は哀れであり、一人で生きて一人で死んでいった男の人生といった感じだ。おそらく根底にあるテーマは父と子なのだろうが、こんな父親はたまったもんじゃない。もう一度読もうとは思わないが、今までにない小説で、非常に印象深い作品であった。

>2003.04.21.M


△0053 『秘密』 >東野圭吾/文春文庫/2001.05.27

 背表紙あらすじ:妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美を乗せたバスが崖から転落。妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。その日から杉田家の切なく奇妙な"秘密"の生活が始まった。映画「秘密」の原作であり、98年度のベストミステリーとして話題をさらった長篇、ついに文庫化。

 中学・高校生と読書といえばSFが中心だった。星・筒井・小松といった御三家を中心に、結構広範囲に読んだと思う。ところが最近はミステリー一辺倒。ここでふと思ったのだが、いわゆるSFがミステリーに形を変えつつある。いや、「ミステリー」と一言で括ってしまうには大きすぎるカテゴリーが形成されつつあるのではないか。『秘密』も少し前だったら、SFとして扱われて良い作品である。それが、「このミス」に登場するなど、ミステリーというレッテルを貼られてしまった。また、宮部みゆきの『龍は眠る』や『レベル7』などもSF色の強いミステリーで・・・、いや、そもそも最初はSFだと思って読み始めたのだ。

 さて、『秘密』は映画化もされたのでいまさらネタバレもないだろうから簡単に粗筋を書くと(というか背表紙に書いてある)妻と娘が自動車事故に遭い、妻は死亡、娘は意識不明、やがて意識を取り戻した娘の人格は妻であった・・・、というものである。妻が娘の若い肉体を手に入れるという発想が、何となく北村薫の『スキップ』を連想させるが、北村薫とは一味違うテイストが含まれている。『スキップ』は、娘がいきなり母親になってしまったが、『秘密』では母親が娘になってしまう。しかし、両者とも「母親」の視点で書かれている点が共通している。

 そもそもこの作品は娘が妻と入れ替わったら父親はどうなるかというコメディ仕立てにするつもりだったそうだが、随分センチメンタルに仕上がったものである。ラストシーンで『秘密』というタイトルの本当の意味を知ることになるが、この当たりが東野圭吾の技巧派たる所以かもしれない。映画の方は見ていないが今ひとつの様子。邦画よ頑張れ。

>2003.04.20.SUN


◎0052 『流星たちの宴』 >白川道/新潮文庫/1998.11.03・2003.04.20

 背表紙あらすじ:時はバブル期。37歳の梨田雅之は、投資顧問会社社長の見崎に見込まれて『兜研』に彷徨い込むが、仕手戦に出た恩師・見崎を土壇場で裏切る。手にした大金を浪費した後、自ら仕手集団『群青』を率いて再び相場の世界に戻った梨田は、知人からの極秘情報を元に、一か八かの大勝負に乗り出した…。危ない夢を追い求めて流星のように輝く男達を描いたハードボイルド傑作長編。

 本書は最初に読んだとき強烈な印象を残した作品。そのうち再読をと思いつつ今日に至った。当時の鮮烈さはないもののやはりおもしろい作品。一気に読了した。いわゆる仕手集団、株屋を描いたものだが、作者が一時期身を置いていた世界のため、非常にリアリティがあり、切迫感のある作品であった。私自身、今までまじめに生きてきたせいか、このような放蕩の世界にあこがれる部分がある。今手元に1億円あったら・・・そんな思いを抱きながら読み進めた。主人公の雅之はもちろんのこと、彼を取り巻く、見崎、加治見、朝秀など魅力的な登場人物が魅力的な言葉を吐く。気障なのだが、何となく説得力のある言葉たち。気に入った言葉に線を引いていったら、最後の解説者も似たような部分を引用していた。やはり魅力的な言葉というのはある程度共有できるものなのだろう。

 ここでその一部を抜粋。
 見崎:「俺は二通りのタイプの人間を信用しない。平凡を愛していると公言するやつ。そして、自分を縛る美意識をもたぬやつ。男を裏切るのはいつもこのどちらかのタイプのやつだ」「気持ちが萎えそうになったら夜の首都高速にタクシーを走らせろ。群がるビルと、その間に光り輝く明かりの渦を見るといい。俺はこの街でやるぞ、ってな。そんな気持ちがあるうちは、余計な考えのほうが自分を避けてくれる」

 理子:「写真で見るのと実際に見るのとは大違い。写真が伝えるのは物事の表面だけ。時間の流れがないんだもの。時間の流れの中で物事と一緒に過ごさなければ、本当の良さも、自分の成長もない、そんなふうにも思った。だって、時間の流れっていうことが、結局生きている証明というわけでしょう・・・」

 朝秀:「設計の仕事というのはね、基本的にはなにもないとこから出発するんだ。できあがった物を見て、あれこれいう人はたくさんいる。でもね、時々、そんな人に白紙をあげてみたいと思うことがある。では、あれこれいう人のいったい何人が白紙に書き込むことができるのか、それを問いたい気持ちになるんだね。技術的なことをいっているんじゃないよ、あくまでもその白紙を埋める空想力、企画力のことをいってるんだ」

 加治見:「辛いことなんてのは身体で覚え込ませるんだ。頭で考えているうちは辛さからいつまでたっても離れられねえぞ。身体が覚え込めば、そのうち自分の意思なんてのはそっちのけで身体が自然と反応するようになる。そうなりゃ、辛さなんてのはどうってこともなくなるさ」

 「ギャラクシー」素晴らしい人の群れ、綺羅星のような人の集まり。「群星」群がる星。気障な名前を付けたものである。しかし、一瞬で消え行く流れ星のように、雅之は輝き流れていく。切なさと危うさと脆さと。無頼を装いながらも胸に沁みる作品であった。

>2003.04.20.SUN


△0051 『造詣集団・海洋堂の発想』 >宮脇修一/光文社新書/2001.03.10

 いわゆる「食玩」にはまっている。きっかけは「タイムスリップグリコ」の第2弾。妻がミニチュア好きで、特に昭和初期の家電製品などに惹かれたらしい。しかし、いざコレクションを始めてみると私の方が熱中してしまい、いつも会社の帰りにコンビニに寄っては、何個か買って帰る。おかげで、家はキャラメルだらけになってしまった。実は、現在「タイムスリップグリコ」の第3弾が発売中である。毎日、ビールとキャラメルを買うのが日課になってしまった。ところが、私が買ってくるものはことごとくダブりで、妻からはダメだしを出されている。

 さて、本書は第2弾が発売中の際に読んだもの。読んでみて、仕事とは本来こういうものだとうらやましく感じた。社員のみんなが、好きなことに熱中し、熱中するあまりそれを仕事にしてしまったのだ。趣味の延長だけにこだわりが強く、それはもうプロの域に達している。また、海洋堂のブレイクのきっかけは言わずと知れた「チョコエッグ」であるが、そのいきさつや、フルタとの確執なんかも書かれていておもしろかった。普段ノンフィクションはあまり読まないのだが、久しぶりに面白く読ませてもらった。仕事は楽しみながらやるのが一番ということを改めて感じさせられた作品だった。

>2003.04.19.SAT

苗村屋読書日記 [11]

     



































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