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×0075 『逃亡』 帚木蓬生
×0074 『生ける屍の死』 山口雅也
△0073 『ルネッサンス・再生への挑戦』 カルロス・ゴーン
△0072 『デルの革命』 マイケル・デル
△0071 『名探偵の掟』 東野圭吾


×0075 『逃亡』 >帚木蓬生/新潮文庫/2000.11.20

 読書離れが進む中、このミス週間文春の「ベストテン」は本の売上に大いに貢献していることだろう。さて、本書は98年度このミス第8位、文春ベストテン第5位である。ミステリーと呼べなくもないのだろうが、私としては違和感がある。ミステリーを期待して手に取った読者の中にはがっかりする人も多いのではないだろうか? 私はというと、そもそも初めて読んだ筆者の作品が『臓器農場』だったため医療ミステリー作家という先入観を持ってしまった。医者の経験がある筆者なので余計にそう感じたのかもしれないが、第一印象というのはなかなか変えられないものである。同筆者の『閉鎖病棟』などもいかにもミステリー調のタイトルであるが、実際はそうでもない。似たような感想を持った作品に『症例A』があるが、ミステリーというカテゴリーはとてつもなく大きな物になりつつあると感じる。まぁミステリーであろうとなかろうと、面白ければ文句を言う奴はいないだろう。

 『逃亡』に関しては、諸手を挙げて面白いと言い切れないところが難しい。つまらないとまで行かないのだが、冗長な感じは否めない。長いだけあってラストシーン、特に妻と再び別れるシーンなどは感動的なのだが、もう少しコンパクトに纏めてもよかったのではないだろうか? 追う立場から書いた作品だが、乃南アサの『涙』も同じような失敗をしていると感じた作品。戦争の悲惨さを描いた作品として、貴重なのだろうが、パンチに欠ける作品であった。

>2003.05.14.WED


×0074 『生ける屍の死』 >山口雅也/創元推理文庫/1998.06.03

 死人が生き返って事件を巻き起こすというストーリー展開なのだが、発想がいいわりに、あまり印象に残っていない作品。突き詰めれば、話題になった映画の『シックス・センス』や『黄泉がえり』に通ずるものもあるのだが、筆者独特の軽い文体のせいで作品全体が軽くなってしまっている。荒唐無稽という表現がぴったりくるようなドタバタ劇で終わってしまっているのが残念である。

 素晴らしいアイデアであっても、表現方法一つで感動巨編にも、ドタバタ劇にもなりうるという好例だと思う。傑作だと言う人もいるので、結局は好き嫌いの世界になってしまうのだろうが、賛否両論の作品ではないだろうか? 特殊な状況を設定し、あるルールに基づいて話を進めるという展開はキライではないので、他の作品に期待したい。

>2003.05.13.TUE


△0073 『ルネッサンス・再生への挑戦』 >カルロス・ゴーン/ダイヤモンド社/2002.08.17

 以前、会社の研修で弊社常務の講和を聞く機会があり、絶賛していたので手にとって見た。ゴーン氏の活躍は新聞・雑誌で盛んに報じられていたので、いまさらという思いもあったが、たまには人が薦めるものを読むのもいいかと思い買ってみたもの。まず、プロローグで「解のない問題はない」と言い切っている。氏曰く、問題の全体像が見えていなかったり、思い込みにとらわれていたり、伝統や慣習に邪魔されたりして解が見えなくなっているマネージャーが多いとのこと。引き続き、前半はゴーン氏の半生を自伝風に、後半で日産での活躍を描いている。

 やはり気になるのは日産に入ってからの活躍である。彼が取った手法の中で注目したいのが、クロス・ファンクショナル・チーム(CFT)である。要は部門を横断するチームを作り、部門と部門の相互作用を促そうとするものである。彼は言う。CFTには現状を変えたいという意欲を持つ、有能で見識のある人材を投入しなければならないと。適任者をCFTに集めたら次にCFTとマネジメントのバランスを図らなければならないそうだ。CFTの意見とマネジメントの意見と、どちらかが強すぎるということなくうまく融合してはじめて成果が得られるという。ところで、柴田昌治著『トヨタ式最強の経営』を読むと、トヨタではこのようなチームを結成しなくとも、現場レベルで横のつながりが強く、真面目な雑談を多いに交わしているそうだ。自発的なものほど強い物はないだろう。トヨタの強さを窺い知ることができる一面である。

 また、ゴーン氏はいきなり組織を大幅改変するという手法は取らず、なるべく通常の手続の中で人事異動を進めていく。首をすげ替えるより人々の思考様式を変えたいのだそうだ。このように、企業再生のためには従業員のモチベーションが不可欠であり、モチベーションが会社を左右するとまで言っている。更には、中央集権すべき案件と権限委譲すべき事柄を明確に区分している。最近でこそ経営と執行の分離を謳った、執行役員制度がメジャーになりつつあるが、ゴーン氏は大きな組織改変することなく、本質的な改革を行ったといえるだろう。

 コストカッターの異名を持ち、日本の商慣習に縛られず持ち株解消なども積極的に行ったゴーン氏だが、日本人じゃないからやれた、という評価もよく聞く。しかし、このような発言をする人たちは日本人であることのプライドが高すぎて、足元が疎かになっていないだろうか? 日本製品が安かろう悪かろうといわれた時代はたかだか数十年前のことである。その頃の経営者たちはプライドや慣習などに縛られてはいなかったはずである。今日食う為に、明日生きる為に死に物狂いだったはずである。飽食の日本だが、再生するためにはハングリー精神を取り戻すしかないのではなかろうか?

【参考】 ルネッサンスとは、イタリア史研究家の塩野七生によると「自分の目で見て観察したことを、自分の言葉で語ること」 ゴーン氏が日産にもたらしたのは自分の言葉で語るという対話の文化である。

>2003.05.12.MON


△0072 『デルの革命』 >マイケル・デル/日本経済新聞社/2002.08.11

 遅れ馳せながら『デルの革命』を読んだ。何を隠そう(別に隠してないか)我が家のパソコンもデル製である。先代はゲートウェイ製品であったが、CPU400メガではさすがに遅すぎるため、買い換えたもの。今度もゲートウェイにしようと思っていたら、日本撤退でやむなくデルにした次第。しかし、カスタマイズできること、サポートが充実していること、そして何より安いことで大満足である。そう言えば、日本製のパソコンを買ったことが無い。何となく良い製品を安く手に入れたいと思った結果なのだが、ふと思うと日本の製造業の行く末が心配になってくる。

 さて、デルというと所謂「デル方式」つまり、WEBなどを利用した受注生産方式で有名であり、勝者のビジネスモデルとして注目されている。仕掛品などの削減のためにはトヨタのカンバン方式などが最も有効だと思っていたが、それを上回る最強の方式ではあるまいか? なにしろ、お客さんが注文を出してから作り始めるのだから在庫を持つ必要が無い。もちろん、各種部品などのストックはあるのだろうが、受注予測に基づく生産に比べると格段の差が出るだろう。携帯電話を作りすぎてあっぷあっぷだった、日本のメーカーの姿が滑稽に思えてしまう。

 ビジネス書なので、いつもの様にマーカー部分を抜粋したい。

  • デルの3つの至上命令。(1)在庫を敵視せよ、(2)常に顧客の声に耳を傾けろ、(3)間接的な販売はしない。
  • 失敗から得た教訓が二つ。どんな業界でも、潜在的な問題を早めに解決しようと努力し、迅速に解決すること。開発プロセスの早い段階で顧客を巻き込んでおくこと。
  • 「今後何をやっていくのか」を知るのと同様、「今後は何をやらないか」を理解することが大切。
  • 求める人材像:好奇心旺盛で、常に新しい何かを学ぼうという姿勢を持っている人。イノベーションに伴う失敗を恐れない人。変化を予期し、問題や状況を別の角度から眺め、前例の無いソリューションを思いつく自由な発想の人。

  • 成功したら責任範囲を縮小する。セグメンテーションを使ってポストを増やし、社員に新たな刺激と成長の機会を与えることが出来る。同時に、これまでより狭くなった責任範囲により鋭く集中できるチャンスが与えられる。
  • 2年遅れて100%正しい選択をするよりも、失敗するリスクを負ってでも一番乗りした方が良いと思っている。データが無ければその為のすばやい決断はできないが、情報というものは自分で集めに行かなければいけない。その為に、社内をあちこち歩きまわっているのだ。

>2003.05.11.SUN


△0071 『名探偵の掟』 >東野圭吾/講談社文庫/2003.05.10

 最初は本格推理小説を期待して読み始めたため、非常に軽い文体に対してなんじゃこりゃと思ってしまった。次に、作者一流のパロディなのだろうという感想に変わり、後半には巷に溢れる安易な推理小説に対する痛烈な批判だということが理解できた。確かに密室殺人、館もの、アリバイ崩しなどなぜわざわざこんなことをするのかという理由に苦しさを感じる時がある。特に共感を覚えたのは第11章のラストで出てくる「御都合主義」に対する批判だ。私もこの日記の中で、偶然に頼りすぎているミステリーが多いのではないかと書いてきたが、まさに東野圭吾もこの点を指摘しているのである。

 岡嶋二人はミステリーを書く上で、人を出来るだけ殺さないようにしようと考えていたそうである。人が人を殺すというのは安易に出来ることではないので、よほど必然性がない限り計画殺人はさせないようにしたそうである。このように事件の動機や背景を熟考している作者の作品はやはり読み応えがあるし、矛盾も少ない。実際、東野圭吾はここで批判した内容に対する答えとして、『どちらかが彼女を殺した』という作品を書いたそうだ。(文庫本解説より) このように自分に足枷をはめて、よりシビアな状況で小説を書くという姿勢には頭が下がる。もっと質の高い作品を書きつづけて欲しいと思う。

>2003.05.10.SAT

苗村屋読書日記 [15]

     



































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