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![]() △0090 『あの頃ぼくらはアホでした』 東野圭吾 △0089 『社長が戦わなければ、会社は変わらない』 金川千尋 △0088 『一九三四年冬・乱歩』 久世光彦 △0087 『幹部になるか、平社員で終わるか』 海藤守 ×0086 『ボーダーライン』 真保裕一 △0090 『あの頃ぼくらはアホでした』 >東野圭吾/集英社文庫/2003.05.30 東野圭吾の小学生時代から、大学時代までを綴ったエッセイ。自伝風であり軽く読めた作品。知人に薦められて読んだのだが、東野がその知人とちょうど同い年くらいのため、当時熱狂していた怪獣やウルトラマンがかぶっており、非常に面白かったとのこと。しかし、私はウルトラマンよりも、ガンダムやキン肉マンに熱中した世代のため、共感できるところが少なかった様に思う。そんな中で、共感を覚えたのが、大学時代の話。体育会系の一気飲み大会や試験でのカンニングなど、大学生活というのはあまり変わらないんだなァと思った。 △0089 『社長が戦わなければ、会社は変わらない』 >金川千尋/東洋経済/2003.05.29 7期連続最高益更新の超優良会社、信越化学工業社長の語録である。前述の銀行と対比すると、とにかく経営者の姿勢が違う。まず、流行に流されないというところ。市況がいいときに、次の谷間を予想し、少し値引きをするなどして相手に得をしたと思わせ、好況時の値段で長期契約を結んでしまう。また、米国型などといって、将来性の無い部門を売り払ったりする企業が増えてきているが、年間1億円稼げるような事業については、たとえオールドエコノミーであっても手放さず、合理化により更なる利益をめざすという。また、キャッシュは手元に置かずどんどん投資しろと言ったり、配当性向を高くしろと言ったりする米国のアナリストの意見には耳も貸さず、自分の信じた道を歩んでいる。アメリカで部下に「アメリカではこうだ」といわれたとき、「それはローカル的発想だ、インターナショナルではこうだ」と言い返したりもする。 △0088 『一九三四年冬 乱歩』 >久世光彦/新潮文庫/2003.05.27 本書はなんとも不思議な味わいのものであった。乱歩が、原稿を書けずに逃げ出してきた4日間を描いたものだが、小説の中に、乱歩の仮想の作品を織り交ぜるという、凝った作りが面白かった。仮想の作品である『梔子姫』もなかなか読ませる作品で、作家という仕事の狂気と凡庸さを同時に味わうことが出来た。しかし、優れた作品だとは感じたが、面白味には欠けていたように思う。その証拠に、本書を読み始めてからも、他の作品に目移りし、平行して3冊を読み終えてしまったのだ。これは、読むのがつらい作品のときに良く使う手法。通勤の時など、面白い本とそうでないものを一緒に持ち歩き、面白い本を読み終わっても、まだ家に着かないときなどの細切れ時間を利用して、気の進まないものを読んでいく。まったく面白くないものは途中でやめてしまうのだが、今回のように、面白くは無いけど味のある良い作品というのは困ったもんである。結局、延べ10日ほどかけて読了。ちょっとしんどかった。 △0087 『トップの直言 幹部社員になるか平社員で終るか―人間集団における「つき合い方、考え方、行動」の研究』 >海藤守/三笠書房/1999.07.21 露骨なタイトルだが、なかなかいいことを言っている。確か古本屋で100円で買ったもの。安い買い物だった。
×0086 『ボーダーライン』 >真保裕一/集英社文庫/2002.07.01 真保裕一の作品だとついつい買ってしまうのだが、本作はあまり好みではなかった。アメリカの日本人私立探偵・サム永岡を主人公に、ある少年を探し出す話なのだが、全体的に雰囲気が暗く、最期まで救いの無い印象が拭えなかった。父と子の確執を描きたかったのかもしれないが、少年の性格が異常すぎて、家庭内の問題に収まりきらない。そもそもなぜ少年がこんなにも暴力的になったのかが分からないし、悪の要素を多く生まれ持つ人間が世の中にはいるんだという説にも無理を感じてしまう。乃南アサの『涙』にせよ、帚木蓬生の『逃亡』にせよ、追う追われるの追跡型小説があまり好きではないのかもしれない。あと一歩で出会えたのにすれ違い・・・というシーンに作者の作為的な意図を感じてしまうからだろうか? 映画の『逃亡者』や『追跡者』は結構楽しんでみることができたのに、小説となると苦手なのだろうか? 好き嫌いは感覚的なものなのであまり分析しても仕方ないが、読後感もイマイチで、真保裕一にしては・・・と思わせる残念な作品だった。 苗村屋読書日記 [18]
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