△0115 『流星ワゴン』 重松清
○0114 『煙か土か食い物』 舞城王太朗
×0113 『最悪』 奥田英朗
×0112 『舞姫通信』 重松清
△0111 『経営学』 小倉昌男


△0115 『流星ワゴン』 >重松清/講談社/2002.09.27


 『煙か土か食い物』を読み、父と息子のストーリーということで、ふと思い出した。名作と評判だったので、気にしていたのを古本屋で入手したもの。いきなり話が逸れるが、読書サイトを営んでいらっしゃる本好き、活字中毒の方々は、1ヶ月に幾らぐらいを本に費やすのだろうか? 自分自身、記録をとったことはないが、大体1万円前後だと思う。ビジネス書は新鮮さが大切なので新刊の単行本を購入するが、小説は文庫化された時点で買うことが多い。このミスなんかで紹介されて面白そうだと、単行本を古本屋で入手というパターンになる。購入冊数は読書数に反映するので、月10冊程度だろう。しかし、積ん読本も多いので、読書数<購入数、という状態が続いているかもしれない。ちかくに充実した図書館があればいいのだろうが、それもままならない状態。自分の成長の糧なのであまりケチっても仕方ないが、不景気のこのごろ、財布の中も気になってしまう。

 さて、本書は読む前の期待が大きかったせいか、少し期待はずれであった。交通事故で死んでしまった、ワゴンの運転手の橋本さんとその息子・健太。主人公のカズとその父親・チュウさん。死者を乗せたワゴンという発想は面白いし、二組の父と息子の関係を旨く交差させながら描き出しているところなどは、さすがだと思うのだが、何か物足りなさを感じてしまった。その原因は何だろうとよく考えてみたところ、感動の場面が小出しなのである。良く言うと、全編に渡って感動できる名作。しかし、私の好みの問題なのだが、伏線をずっと張り巡らしておいて、最後に号泣できる作品のほうが好きである。

 とはいうものの、やはり要所要所でジーンときてしまった。特に、健太が母親に会いに行った後、チュウさんが無言で肩車をするシーン。また、父と息子という意味では、主人公と息子のヒロとの関係にも1つのドラマを感じた。それにしても、ちょっと泣かせようと狙いすぎかな、と感じさせられたのが非常に残念である。…と、ここまで書いておいて、こういう物語に感動しないのは、自分の感性が鈍ってしまっているのではないかと心配になってきた。そういえば最近感動しての号泣をしていないなぁ。

>2003.07.03.THU


○0114 『煙か土か食い物』 >舞城王太朗/講談社/2003.07.01

 いろいろな書評サイトで評判の高い作品。2002年のこのミスにランクインしており、かっこいいタイトルだと以前から注目していたもの。途中まで読み進めて、タイトルの意味を知り、なかなか奥深いと思った。主人公・奈津川四郎の祖母が「人間死んだら煙か土か食い物や。火に焼かれて煙になるか、地に埋められて土んなるか、下手したらケモノに食べられてしまうんやで」と語っている。また、四郎の救命外科医という職業の設定も面白い。これがラストへの見事な伏線となっている。

 連続主婦殴打生き埋め事件の犯人が残す、ミステリアスな痕跡。点字の形で埋められた主婦たちや、残された縫いぐるみなどの謎を、四郎が次々と解き明かしていく。作者は、謎を読者に推理させるためではなく、物語のリズムを紡ぐために使っているようにさえ思う。それほど、四郎があっけなく謎を解いていく。ラスト近くでは、兄・二郎の失踪の秘密も解き明かされ、クライマックスへ。

 躍動感溢れる文体もいい。一歩外れると、下品というだけで終わってしまいそうな文章だが、英語をわざとカタカナで表現したり、福井の方言を散りばめたり。私の出身は福井県にわりあい近く、「それ」のことを「ほれ」、「そうだ」のことを「ほうや」と言ったりするのを懐かしい思いで読み進めていた。ちなみに、純粋な関西弁では、「そ」と「ほ」の置き換えは起こっていないように思う。「そうだ」の関西弁は「せや」やねん。

 一点、不満があるとすると、中盤でダレること。父親と二郎の確執を描いたシーンがしつこいように感じた。「闇の中で子ども」で三男・三郎の話を書いているそうだが、二郎の父親との喧嘩や失踪事件も別立てで書けばよかったのではないだろうか? まぁこの書き込みがあったから、ラストで父親が「一郎、二郎、三郎、四郎!逃げろーっ!」という台詞が生きてくるのだろうが。好き嫌いの激しそうな作品ではあるが、一度読んでみてもいいのではないだろうか。

 これは父と息子の物語であり、粗暴な父親をもってしまった物語としては『血と骨』に通じるところもある。そういえば、タイトルも何となく似ている。しかし、読み終えたあとの爽快感はこちらの方が上である。

>2003.07.01.TUE


×0113 『最悪』 >奥田英朗/講談社文庫/2002.09.21


 タイトル通り、出来栄えも最悪、とまで言うつもりはないが、あまり面白くは無かった。全く境遇の違う3人が登場し、その3人の運命が「偶然」絡み合うのだが…。1人目は川合信次郎。従業員二人の鉄工場主であるが、周囲の住民から騒音について苦情を言われたり、不良品を出したりと踏んだり蹴ったり。銀行に勤めるOL藤崎みどりは、支店長のセクハラもあり、銀行を辞めようと考えている。パチンコで食いつないでいる野村和也は、トルエンを盗んで捌こうと工場に忍び込むが、ヤクザに嗅ぎ付けられ、落とし前を求められる。

 設定はなかなか面白く、全く関係の無い話が、1つの終末に結びついていくというスタイルは、大好きなのだが、3人の繋がり方に無理があったのだろうか、途中で読むのを止めそうになったほどである。それでも結末が気になるので、と読み進めたが、さほどのどんでん返しも無く、平坦な終わり方であった。さらに、やたらと長いのも気になる。3人の主人公が出てくるとはいえ、もう少しコンパクトにテンポよく話が進んでも良かったのではないだろうか? 唯一、あっ面白いなと思ったのは、背の低いトンネルをうまく伏線に利用したところくらいだろうか。この作者の作品に『邪魔』というのがある。タイトルも面白そうなのだが、なかなか手を出せないでいる。文庫化されたら読んでみようとは思っているのだが…。

>2003.06.28.SAT


×0112 『舞姫通信』 >重松清/新潮文庫/2002.04.30


 読み進めるのに苦労した作品。テーマが重すぎるのか、ストーリー展開がイマイチなのか。とにかく私には"合わない"作品だった。兄を失った主人公。「舞姫」という過去に自殺をした伝説の少女。そして自殺志願をテレビで訴える少年。「自殺」が社会現象となり、交通事故よりも多い日本では、ビビッドなテーマなのかもしれないが、もう少し別のアプローチがあったように思う。私に言わせると「重松清らしくない」テイストであった。

 そんななか、気に入って書きとめておいた文章がある。「境界など、なにもないのだ。ステアリングを右に回せば、車はあっけなく反対側の斜線に飛び出していく。あの白いセンターラインは壁ではない。ただの、ペンキで塗られた線だ。約束事にすぎないラインを踏み越えることは簡単で、いま、この一瞬の後にそんな光景が目に飛び込んできても、僕は驚きはしても、すぐ納得するだろう」

>2003.06.27.FRI


△0111 『経営学』 >小倉昌男/日経BP社/2002.02.19・2003.06.26


 最初にクロネコヤマトの生立ちを知ったのは、高杉良の『挑戦つきることなし』にて。それまで、社名は知っていたものの、これほど改革を繰り返してきた企業だとは思っていなかった。そんな折、ふと目にしたのが本書である。小説で、おおよその背景が頭に入っていたせいもあり、スラスラと読み進めることが出来た。小説でも触れられていたが、三越との決別と宅配便への方向転換は素晴らしい経営判断だったと思う。一歩間違えば倒産もありうるし、周りから見れば博打以外の何物でもないだろう。しかし、小倉氏にしてみれば、勝算があったからこそ挑んだ勝負であった。

 本書から、経営とは色々な確度から一つのことを分析し、最後は大胆に決断を下すことだという姿勢がひしひしと伝わってくる。「経営とは自分の頭で考えるもの。その考えるという姿勢が大切である」と本人もおっしゃっている。トレーラーの導入、乗り継ぎ制度(東京−大阪間の輸送には名古屋で運転手を交代させるなど)の採用、運送業務と荷役業務の分離など、生産性向上の為に知恵を絞りに絞っている。今では当然のことのようなこれらのスキームだが、実は小倉氏の考案と知り、驚嘆している。

 宅急便への転換の際には、メリット・デメリットについてもよく検討されている。従来から扱ってきた商業貨物は、常時需要がある、特定荷主との契約により安定収入が得られるという利点がある反面、競争が激しく運賃が安い、長期の手形で支払われる可能性があるというデメリットも挙げられる。もともと個人宅配は郵便がほぼ独占しており、魅力的ではあるが採算性が問題の市場分野であった。その個人宅配のデメリットは、需要は多いが全く偶発的で事業が不安定、1個の荷物を受け取りに依頼者の家に伺う必要がある、という点であり、コストが予想できず赤字の可能性まである。しかし、メリットとして運賃を値切られることがない、現金収入があるという魅力的な側面も持っている。結局、このデメリットは米屋、酒屋といった主婦の生活に密着している商店を「取次店」として登録することにより解消している。今ではコンビニエンスストアが取次店としての重要な役割を担っているであろう。

 取次店のシステムは更に大きく広がっている。ハブ&スポーク・システムと呼ばれるもので、各県に1つずつ、ベース(B)という集荷センターを設けている。次にこの1ベースあたり20ヶ所前後のセンター(C)を置き、その下にデポ(D)としての取次店が存在する。車輪の中心であるハブ=ベースであり、そこから広がるスポークがセンター及びデポという仕組みである。ここまでなら誰でも考えそうなのだが、どこにいくつのセンターを置くかという検討段階で、非常に面白い考察を行なっているので紹介したい。まず、デポからセンターまでは30分で到着したいという意向があったため、時速40kmで走ることを想定し、半径20km毎にセンターを設置しようとしていた。しかし、実際に円を描きながら検証をしていくのが非常に困難であったため、別の角度からのアプローチを試みる。身近な建物がどれくらいの割合で存在しているかを検証したのである。例えば郵便局は全国に5,000、公立中学校は11,250、警察署が1,200存在する。郵便局は信書も扱っているので、5,000という数は多すぎる。公立中学校は徒歩通学のため参考にならず。結局、警察署の1,200ヶ所を目標としている。このように、まずは理論的に具体的な数値を挙げて検証し、それが無理だとわかると、他の事例を利用して新たな検証を加える。この方法論には恐れ入った。さらにクロスサブシダイアリーという考え方を導入しており、赤字と黒字のセンターを容認している。これはつまり、軌道に乗るまでは黒字部門が赤字部門をささえて、ネットワーク全体で収支が合えばよいというもの。全て黒字化できるに越したことはないが、新規ビジネスを立ち上げるためには、赤字を容認するといった忍耐も必要だと思う。

 最後に宅急便開発要綱を列挙しておく。 (1)不特定多数の荷主または貨物を対象とする。 (2)需要家の立場に立ってものを考える。 (3)他より優れ、かつ均一的なサービスを保つ。 (4)永続的、発展的システムとしてとらえる。 (5)徹底した合理化を図る。  新しいことをはじめる時には、このようなコンセプトが非常に大事だと思っている。時間をかけて議論をしていくうちに、ゴールがぶれる時があるからだ。議論がおかしな方向に行った時、帰ることのできる原点を定めておくべきだと思っている。

>2003.06.26.THU

苗村屋読書日記 [23]

     



































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