○0160 『光る壁画』 吉村昭
○0159 『破獄』 吉村昭
△0158 『千里眼』 松岡圭祐
○0157 『恋』 小池真理子
△0156 『リプレイ』 ケン・グリムウッド

○0160 『光る壁画』 >吉村昭/新潮文庫/2001.08.26

 『破獄』につられて一気に読んだのが本書『光る壁画』である。何かの雑誌で胃カメラの開発について書いた小説だというのを読んだ記憶があり、買い求めた。元祖プロジェクトX的な作品。今でこそ身近な健康診断の器具として活躍しているが、昭和20年台の終戦直後に完成されたものとは思っても見なかった。もっと新しい技術だと思っていたのである。

 わずか14ミリの咽喉を通過させる管、その中に入れるカメラとフィルム、ランプはどうするのか。人間というのは朝から晩まで四六時中同じことを考えていれば、天啓のようなヒラメキに出会うことが出来る。この小説はそんな努力の末の奇蹟を描いた秀作であった。タイトルもいい。『光る壁画』とは言い得て妙で、胃壁の画像を壁画と表わし、それを光らせる為にどれほどの苦労があったかを思い知らされるタイトルである。

 今では、ミクロの決死隊よろしく、小型のカプセルを飲み込み、体内を通過しながら臓器の内側を撮影する技術を開発中だという。これにより、胃カメラでも内視鏡でも撮影不可能だった小腸が撮影できるというから、科学の進歩というのは素晴らしい。

>2003.09.07.SUN


○0159 『破獄』 >吉村昭/新潮文庫/2001.08.25

 吉村昭という作家にはずっと興味を持っており、そのうち読んでやろうと思いつつ、重いテーマが多いせいか敬遠してしまい、ずっと読めずにいた。そんな中でついに手に取ったのが本作である。「破獄」つまり牢獄破り、もっとくだけて言うと脱走である。ノンフィクションでありながら、ミステリー的に楽しめるのではないかと思って読んだのだが、これが大当たり。事実を描いているだけに、一行一行に重みがあり、決して簡単に読める作品ではなかったが、手ごたえありの一品であった。

 背表紙から抜粋すると、「昭和11年青森刑務所脱獄。昭和17年秋田刑務所脱獄。昭和19年網走刑務所脱獄。昭和22年札幌刑務所脱獄。犯罪史上未曽有の四度の脱獄を実行した無期刑囚佐久間清太郎・・・」 面白いというと語弊があるが、波乱万丈の人生である。ネタバレになってしまうが、☆手錠に味噌汁をかけ続け、手錠を錆び付かせて壊してしまうなど☆常人には考えも付かない発想と、それを成し遂げる実行力・忍耐力。敵ながら天晴れといった感じ。そうは言っても犯罪者であり、やはり気持ちは脱獄させまいとする刑務所員たちに傾く。次こそは彼を閉じ込めてやれと、文庫本を握り締めたものだ。

 解説を読むと、佐久間清太郎の心情と、高度経済成長のコントラストに注目している。つまり、高度成長により、刑務所の待遇が改善され、彼から脱獄を図る動機を奪ってしまったというのである。確かに、犯罪を犯した人が屋根の下で温かい食事を与えられているのと、職を奪われ"やむを得ず"ホームレスとなった人が、寒空の下で寝ているのとを比べると、ちょっとおかしいように感じる。作品だけでなく、解説も質の良い作品であった。

>2003.09.06.SAT


△0158 『千里眼』 >松岡圭祐/小学館文庫/2002.01.09

 文庫本が本屋に平積みしてあるのを見て、ついつい手にとってしまった作品。結局、シリーズをほとんど読破してしまった。しかし、今振り返ると、さほど印象に残っていない。エンターテインメントな作品ではあったが、漫画的であり、時間つぶしに読むにはうってつけの作品といったところだろうか。

 同じ作者の『催眠』もこれに先駆けて読んだのだが、キャラクターの造詣がよかったのは、『千里眼』の方である。ヒロインの岬美由紀がなかなか格好いい。また、カウンセラーであれば患者のちょっとした表情で何を考えているのかを読み取れるといった設定がなかなか面白かった。『オルファクトグラム』の感想でも述べたが、こういった設定の面白い小説というのは結構好きで、シリーズモノには最適だと思っている。しかし、その後のシリーズではどんどん設定がエスカレートし、マインドコントロール集団であるメフィストが出てきた辺りから、ちょっとやりすぎかなと感じてしまった。あまり荒唐無稽だと、作りすぎだよと思ってしまい純粋に楽しめない。そういった意味でも、岬美由紀シリーズ第1弾の本作が新鮮で面白かった。

 ちょっと話は逸れるが、本書で登場した東京湾観音が気になって仕方がない。もともと寺だの城だのが大好きなので一度入ってみたいと思っているところなのである。

>2003.09.05.FRI


○0157 『恋』 >小池真理子/ハヤカワ文庫/2003.09.03

 久しぶりの○である。ミステリアスで、かつ、読み応えもある作品。直木賞受賞も伊達じゃない、といった感じ。まず、導入がいい。一人のノンフィクション作家と、暗い過去を持つ女性の出会い。その女性がノンフィクション作家の熱意に絆されて、自分の過去を話し始める。途中からは、その女性、本書の主人公である矢野布美子の一人称で語られていく。

 学生運動に傾倒する彼氏をもっていた布美子だが、彼との別れと、新しい恋人・片瀬信太郎との出会いにより、大きく人生が変わっていく。今までの貧しい暮らしから一転し、忌み嫌っていたブルジョワ階級の暮らしへとのめり込んでいく。いや、ブルジョワではなく、信太郎とその妻・雛子との関係にのめり込んでいくのである。夫が居ながら、夫公認で異性との関係を持つ奔放な妻・雛子。そして、信太郎とともに、妻・雛子へも仄かな愛情を持ち始める布美子。複雑な三角関係を微妙なバランスで保ちながら、物語は進展していく。作中には、信太郎が翻訳を試みる『ローズサロン』という官能小説が登場するのだが、その奔放な性生活を実践するかのように、隠微な生活が語られていく。そもそも、布美子と信太郎の出会いこそ、この翻訳の筆記アルバイトがきっかけであった。

 そこへ現れる、大久保勝也という男。彼の出現により、布美子は第二の転換を迎える。今までどんな男と寝ても遊びと割り切っていた雛子が、大久保に対しては本気になってしまい、信太郎との離婚まで考えてしまう。信太郎と雛子という夫婦に恋をしていた布美子は、その裏切りが許せずに、大久保を射殺してしまう。(めちゃめちゃネタバレなので要注意)☆その裏には信太郎と雛子が、じつは異母兄妹だったという事実が隠されている。布美子自信は、自暴自棄になりかけている信太郎から、その衝撃の事実を聞かされるが、自分の胸のうちにだけ留めて置こうと決心する。その恐るべき事実を、大久保はあっけなく口にするのである。そして、あろうことか信太郎のことを「お兄さん」と呼ぶのである。その一言が、布美子の心の引き鉄となった。

 結局、ノンフィクション作家が知ったことというのが、これらの事実であり、彼自身、生涯誰にも語るまいと心に誓う。解説で阿刀田高が、誰にも語らないといったのに、小説として公開するのはルール違反ではないかと指摘していたが、私としては小池真理子があとがきで、この小説はノンフィクション作家の心の内を描いたものだという説で納得した。

 ネタバレ部分に関しては「偶然」という要素が大きく、ちょっと不満も残るが、『ローズサロン』のあとがきで削られたラスト数行とマルメロの樹がその不満も取り除いてくれた。涙滂沱という作品ではないが、なんとなくジーンとして、なんとなく心に残る秀作であった。

>2003.09.03.WED


△0156 『リプレイ』 >ケン・グリムウッド/新潮文庫/2002.04.03

 北村薫が『スキップ』で紹介していたので読んでみたもの。同じく「時」をテーマにしているのだが、北村薫が牧歌的であるのに対して、こちらは随分と俗物的であった。要するに主人公のジェフが、43歳で死んだと思った瞬間に18歳の自分に逆戻りしてしまうという話。しかも、そのまま成長し、また43歳で逆戻りと、リプレイを繰り返すのである。未来を知っていることを武器に、カネを求めたり、芸術を追求したり。結局、人は一度しか生きられないのだが、何度も生きられるとしたら一体何を望むのだろうか? そんな究極の問いに答えを出そうとした作品である。

 人生をやり直せたら、というのは誰しもが考えることかもしれない。そこまで大げさでなくとも、あの時ああしていれば、こう言っていればという後悔はよくあることである。しかし、終わったことは取り戻せない、未来を向いて生きなければ、ということを逆説的に学んだ作品でもあった。

 ここまで書いていて気づいたのだが、なんとこの作品、去年の誕生日に読み終えているではないか。意識して読んだわけではないので、「時」をテーマにした小説を、生まれた日に読むというのは、偶然としか言いようがない。別にたいしたこともないのだが、ちょっと吃驚である。

 ストーリー自体は、繰り返しの人生の中で、そのたびごとに違う挑戦をしていくところが面白い。カネを追求しすぎて、あまり儲けすぎても意味がないと悟ったりするところも、教訓的で、ある種の寓話を彷彿とさせる。パメラという同じ宿命を持つ永遠の恋人を登場させたところも気が利いている。北村ワールドを期待すると、ちょっとテイストが違うかもしれないが、なかなかのお薦め作品である。

>2003.08.31.SUN

苗村屋読書日記 [32]

     



































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