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△0175 『光源』 桐野夏生
△0174 『本棚が見たい!』 川本武
×0173 『MBO〜マネジメント・バイ・アウト』 牛島信
△0172 『「超」整理法3〜とりあえず捨てる技術』 野口悠紀雄
○0171 『続「超」整理法・時間編』 野口悠紀雄

△0175 『光源』 >桐野夏生/文春文庫/2003.10.30

 私の中の桐野夏生というと『OUT』のイメージが非常に強く、一流のミステリー作家だという想いが強いのだが、本書はミステリーではない。ミステリーではない為に、単行本では読まず、文庫化されるのを待っていた。映画界の話を書いたものだというのは、単行本の発売当初に聞いていたが、なんとなく手に取らずにここまで来てしまった。結論は、「もっと早く読むべきだった」というもの。ミステリーではないが、極上のストーリーテリングで、一気に読ませる名作。登場人物の一人一人が個性的で、物語にぐいぐい引き込まれてしまう。そんな作品だった。

 映画界の巨匠・笹本を夫としてもつ玉置優子。その昔の恋人で今や名カメラマンの有村秀樹。頑固な新人監督・薮内三蔵。ヤクザ映画から実力派へと脱皮した俳優・高見貴史。ヌード写真で起死回生を狙う元アイドル・井上佐和。それぞれが「映画の奴隷」となりながら、自分が作りたい映画への思いを、我が儘にぶつけ合っていく。各人の視点から描く物語は、『リアル・ワールド』ほど内面をえぐってはいないが、充分にリアルで面白い。

 三蔵は新人監督であるが故の理想を振りかざし、「これは自分の映画だから自分の撮りたいように撮る」と譲らない。そんな三蔵に、現実の厳しさを教えてやると息巻くベテラン・カメラマンの有村。最初は、現実を直視せず、理想ばかりを掲げる三蔵に鬱陶しさを感じ、なんとか丸く治めようとする有村の方に共感していた。しかし、ふと「無難に現場を治めようとすることがそんなにいいことだろうか? 自分自身が保守的になってきているのではないだろうか」と、ちょっと自己嫌悪に陥ってしまった。三蔵の頑固さには呆れるばかりだが、それほど映画にかける想いが熱いという証明でもある。事なかれ主義で仕事をしていては頑固さは生まれないだろう。時には「これだけは譲れない」という一線を引くべきだと教えられた気がする。

 しかし、映画は小説とは違う。「人ごみの中をさまよう少年」という描写には現実の「人ごみ」を用意しなければならないし、「一面の雪景色」なんて簡単に撮れるものではない。予算と時間とに縛られながら、知恵と工夫でカメラを回していくのが映画なのである。最近ではコンピューター・グラフィックスの進歩が著しく、恐竜や火星人がイキイキと蠢いているが、そういった金を掛けた作品よりも、低予算で工夫して作られた作品の方に惹かれてしまう。昔のSFの方が、つくりはチャチかもしれないが、人々の創意が感じられて、好きである。

 さて、物語は各人の我が儘が沸点に達して、思わぬ方向に動いていく。別にハッピーエンドを期待していたわけではないが、ラストにはがっかり。高見にスポットが当たりすぎていて、玉置や有村の影が薄すぎる。三蔵や佐和に至っては数行で片付けられてしまっている。盛り上がりを期待していただけに、残念。というわけで、評価は少し辛めに△。

P.S.5,000 hits over! >2003.10.30.THU

 
△0174 『本棚が見たい!』 >川本武/ダイヤモンド社/2003.10.29

 雑誌『エグゼクティブ』の連載企画「本棚探検隊が行く」を纏めたもの。著名人の本棚を紹介しながら、その読書遍歴や本に対する考えを聞くという企画。読書好きにはたまらない一冊なのだが、読むのには随分と時間がかかってしまった。というのも、本書では24人の本棚を紹介しており、1人1人の紹介は3ページ程度。それなら早く読めるではないかと思うかもしれないが、こういった短編はトイレ本として最適なのである。自宅のトイレに寝かすこと約半年。読みかけの本があれば、トイレにはそれを持って入るので、なかなか本書の方は進まない。それが最近は、英文会計の勉強が忙しかったせいで読書中の本がなく、一気に本書が進んでしまった。トイレ本というと失礼かもしれないが、私にとってはくつろぎの時間であり、もしかしたら最も集中して読める場所かもしれない。

 冒頭から汚い話で申し訳ないが、感想へ。いろいろな人の本棚が、写真でも紹介されていて非常に興味深い。写真になって縮小されている為、背表紙の字が読みづらくなっており「この本のタイトルは何かなぁ」と考えているだけで、トイレから出てしまうこともたびたび。意外な人が意外な本を読んでいたりして面白い。全体を通しての感想は硬い文章を書く人の方が、案外読書家でなく、過激な文章を書く人のほうが正統派の読書人だったりするんだなぁというもの。

 そんな中でやはり興味を惹くのは自分が好きな作家の本棚。今回は筒井康隆と高村薫が紹介されていた。筒井康隆に関しては、彼自身が『本の森の狩人』という読書録を書いているため、なんとなく読書傾向は知っていたのだが、改めてその読書量、範囲の広さに吃驚した。『本の森の狩人』にでてくる小説は、面白そうだと思いながらもなかなか手を出せそうにない、手ごわい本が揃っている。そのうち読みたいとは思うのだが・・・ 高村薫の方は「工業技術ハンドブック」を自分の本棚に揃えたいとか。『神の火』『照柿』で見せた原発や工場の緻密な描写が思い出される。

 この他に面白かったのは、安部譲二。普段我々は、少しでもたくさんの本を読みたいと、できるだけ早く本を読もうとすることが多いのではないだろうか。たまに名作に出会うとじっくり時間をかけて読むことの楽しさを知ることもあるが、大抵は速読・乱読である。しかし、塀の中では「いかにゆっくり本を読むか」が最大の課題だとか。何でも、私物の本は常時三冊までなので、一字一字丁寧に読む、それでも時間が余るので、知らない漢字があると覚えながら読むそうである。「憂鬱」とか「薔薇」なんていう漢字が書ける人は服役の経験がある人の可能性が高いとか。なかなか説得力があって面白い説だった。

 最後に、なるほどと思った部分を抜粋。日下公人の本棚より。「私たちは、本当にいい世の中に生まれてきたと思いますね。日本には言論・出版の自由があって、しかも知的好奇心の旺盛な人がたくさんいる。そういう人たちが知りたいことを書いてくれる。たった1000円か2000円出すだけで、他人が3年も4年もかけて勉強した結果を教わることができる。申しわけないくらい幸せですよ」

>2003.10.29.WED


×0173 『MBO…マネジメント・バイ・アウト』 >牛島信/幻冬舎文庫/2003.10.21

 ギャラクシー・デパート(旧大文字屋百貨店)の社長・小野里が、オーナーから実質的な馘首を申し渡されるところから物語は始まる。これに反抗しようと、取締役会で第三者割り当てによる増資を強行し、他社の資本を入れようするのだ。弱者が強者に噛み付くという構図が面白く、前半はすらすらと読み進めることができた。

 最初は、サラリーマン社長がオーナーに噛み付く話だと思っていたところ、後半になって物語は大きく展開する。予想以上に物語が膨らむのは嫌いではないのだが、今回はどんどん失速してしまい、あまり面白くなかった。せっかく弁護士出身の作家なのだから、もう少し実務的な部分を書いても面白かったのではないだろうか。デビュー作の『株主総会』を読んだが、あちらは法というか、制度の盲点をついた 作品でなかなか面白かった。

 さて、その後半だが、当の小野里の気が変わったのだろうか、今まで一緒に頑張ってきた従業員の首を切ってのリストラに手をつけ始める。オーナーの言いなりになっていたときと、実質的な権力者になってからでは、考え方に違いが出てくるのかもしれないが、ちょっとやりすぎの感あり。確かに、地位が上がれば、考え方も代わってしまい、昔、文句をいっていた上司と同じような行動を取ってしまうというのはよくある話かもしれない。しかし、せっかく前半に感情移入していた主人公に、裏切られてしまったような後味の悪さが残ってしまった。

 そんな中で、小野里が師事する長島や、一緒に戦う弁護士の大木との会話が面白い。
 長島が小野里に語った言葉 「大文字屋という会杜には、オーナー以外にも、少数株主、従業員、取引先、取引のある金融機関、そして杜会全体といったたくさんの利害関係者(ステークホルダー)がいるんじゃないのかね。社長ってのは、そうした無数のステークホルダーのために働く、しかもそのあいだの利害を自分の匙加減一つで調整しながら、最適な結果をめざして働くんじゃないのか。だから、社長の立場から見れば、オーナーもそうしたたくさんのステークホルダーの一人にすぎないということだろうさ」

 小野里が大木に語った言葉「そりゃあ、先生、何と言っても人です。百貨店の現場の経営は、人に始まって人に終わる。それも、その人と私の関係じゃないんです、大切なのは。いちばん大事なのは、いろいろな人がいる、その中でのある人とその他の人々との関係です。一人の人間をやる気にさせるのは、そんなに難しくない。第一、そんなこと経営者が気を使わなくたっておのずといるもんです、そんなエネルギーにあふれたのが。しかし、その一人がやる気になっても、周りが動くかどうか。仕事というのはそれで決まる。往々にして、一人がやる気になると、周りはかえってやる気を失う、白ける」

 大木が小野里に語った言葉「会社から有用な人材が出ていかないようにするには、二つ方法があります。一つは縛る。もう一つは引き寄せる。この誓約書は前者としてはよい方法でしょうが、人間は一筋縄ではいかないものです。みなさんは、後者のやり方を小野里さんに期待しているのではないでしようか」・・・ノン・コンペティション・クローズを盛り込んだ契約書についての話。ノン・コンペティション・クローズとは、非競業条項、要するに、会杜を辞めたらしばらく元の会杜と同じことをしてはいけない、という約束である。

>2003.10.28.TUE


△0172 『「超」整理法3…とりあえず捨てる技術』 >野口悠紀雄/中公新書/1999.07.07

 文庫版ではこちらが第2巻となっている。書類の整理に関するものなので、1巻目との連続性を持たせたのだろう。サブタイトルの通り、情報や書類をいかに捨てるかにスポットを当てている。今までは、いかに情報を得るかが重要とされてきたが、インターネットなどで簡単に情報が入手できたり、e-mail、FAX、コピー機の充実で書類がどんどん増えてきており、大事な情報を選別することの方が大切になってきている。こういった現状にいち早く目を向け、一冊の本にしたというのはまさに慧眼である。一時期、『捨てる技術』という本がベストセラーとなったが、こちらは野口氏の二番煎じだと思っている。こういったものは、着眼点が大切であり、野口氏が着眼した視点を膨らませ、日常生活にまで捨てる技術を導入したに過ぎないであろう。(といいつつ、『捨てる技術』は立ち読みでパラパラと眺めた程度で、未読)

 さて、本書の発想の起点は、我々が何気なく使用しているパソコンの「ゴミ箱」である。パソコンのゴミ箱というのは、不要なファイルをフォルダから消すためのものだが、一度消しただけでは完全に消去されておらず、いわば「消去予備軍」になっただけの状態。後から必要になれば、復活することが可能である。これと同じように、捨ててもいいけど完全には捨てられないものを、バッファとして保存しておき、本当にいらなくなってから捨てようというのが、主な論点である。そのために、『「超」整理法』で提唱した押し出しファイリングから、不要ファイルとして押し出されてしまったものを、「バッファー・ボックス」と呼ばれる箱に一時保管するのである。

 さて、ここで問題点が一つ。本文中で野口氏も指摘しているが、「バッファー・ボックス」を設けるということは、「ポケット一つ原則」に反しているのである。探す場所を一つに絞込み、検索の時間を大幅に削減したのが、『「超」整理法』の素晴らしい点だったのが、崩れてしまった。いくら捨てる技術といっても、捨てられない資料も出てくるだろうから致し方ないとしても、ファンとしては少し残念である。

 しかし、このような苦労も、大学教授という個人ベースの職業だからではなかろうか。以前にも指摘したが、『「超」整理法』は組織では使いづらい。一方で、組織にいると捨てることに対する恐怖は比較的少なくてすむ。会社として絶対必要な帳簿類は、今や電子化されているし、オリジナルの請求書や納品書などでなければ、捨てても取り返しがつかなくなることはほとんどない。社員の中の誰かが電子情報か紙のコピーを持っているという安心感もある。個人で仕事をしていると、自分の判断で捨ててしまえば、その情報を再び入手するのは非常に難しくなるだろう。この辺りにも、整理法に対する意見の違いが出てくるように思う。

 では、私自身はどうしているかというと、まず、会社として必要なものは会社のルールに則って保管している。これらの書類は、会社のキャビネットや、契約倉庫で保管が可能である。一時的に使ったワークシート的な書類や、収集したデータなどは、会社として保存すべきかどうかで判断し、必要であれば共有ファイルへ、不要であれば廃棄処分している。

 組織にいると、個人として必要な書類は、非常に限られてくるように思う。『「超」整理法』の感想でも述べたが、必要なのは知識とノウハウである。自分にとって有用("重要"ではない)と思われるものは、必要部分だけをコピーしておき、時間があるときに要点をテキスト化している。必要部分に絞ることにより、大部分を捨てられるし、テキスト・データにしてしまった後はコピーも廃棄してしまえる。このテキスト化というのがポイントで、『「超」整理法』を参考にしたデータの保存方法である。とにかくテキストであれば、エクセルやワードのようにバージョンアップがなく、過去のデータが読み込めなくなるというトラブルが発生しない。また、容量も少なくてすみ、今のパソコンであれば、ほぼ無限にデータ保管が可能となる。キーワードで検索すれば、紙をパラパラめくるより、はるかに早く目的の文書を見つけることが可能だし、とにかくデータというのは非常に有効である。

 野口氏が指摘するとおり、パソコンというのは大容量化がどんどん進み、かつ、検索が容易であるため、データを捨てる必要がない。私自身、会社のパソコンには入社2年目の頃からのデータがまだ残っている。『「超」整理法』に則り、半年毎にフォルダを作成して、時系列に放り込んでいるだけである。これは非常に有効で、意外なときに過去のデータが必要になってきて、随分助かったことがある。パソコンのデータは整理しなくて良く、捨てる必要もないということを教えてくれただけでも、この本を読んでよかったと思えるのである。

 ところで本書には、学者らしく、情報をフローとストックで捉えている一文が出てくる。情報の氾濫を、ストックがあたかもフローのように頻繁に入れ替わると表現しているのである。そこでふと思ったのが、紙の情報。日々書き連ねるメモはフローであり、キチンと綴じられたノートに書き込む情報はストックとなる。

 そんな私だが、実を言うとほとんどノートを使ったことがない。高校生の受験勉強以来(当時もノートではなくルーズリーフだった)である。では、何を使っているかというと、A4サイズのレポート用紙や、不要となった裏紙である。特に会社では、メモ書きしたものをどんどんメールやワード化していくため、パソコンがストックの役割を果たしてしまっている。だから、紙にキチンと書く、ということは少なく、あくまでも下書きとしての価値しか持たなくなってきている。では、最初からパソコンで書けばいいのかもしれないが、真っ白な紙に、線を引いたり、丸で囲んだりという作業は紙の方が容易だし、発想も広がっていく感じがする。

 そんなわけで、仕事ではノートを使わない私だが、最近、小さなリング・ノートに凝っている。学習用、暗記用である。コクヨのA6サイズのノートに、英文会計の暗記が必要な箇所を抜書きしておき、電車の中で広げるのである。リング・ノートに関しては、すぐに破れてしまいそうなイメージがあったので使ったことがなかったのだが、今回使用してみて、使い心地のよさに脱帽。ノートが嫌いな理由の一つに、見開きの真ん中の辺りが膨らんで書きづらい、というものがあったのだが、リング・ノートはくるりと表紙を裏へ折りたたむと、真っ平らな状態で書き込みができるのである。また、破れやすいかなと思っていた紙も結構丈夫で、今のところ、全く問題なしである。

 今や、暗記用と、身辺雑記のネタ帳として、2冊のノートをカバンに忍ばせるほど。ネタ帳の方は、フローのメモ的に使用し、暗記用の方は、学習知識のストック用として使用。破れやすいという欠点は、破きやすいという利点にもなる。メモ的に使用したページが要らなくなれば、簡単に捨てることが出来るのだ。普通のノートだと、必要なページまで破ってしまったりと大変だったので、これは便利。発想の転換の大切さを学んだような気がする。

>2003.10.26.SUN


○0171 『続「超」整理法・時間編』 >野口悠紀雄/中公新書/1999.04.24

 先日、本屋へ立ち寄ったら、本書『「超」整理法』シリーズが文庫化されていた。中を見たわけではないので分からないが、当時は画期的であった「超」整理法も、時間とともに色あせてきているのではないだろうか。書類の整理法については、ある程度完成されたものなので、大きく変わることはないかもしれないが、本書に出てくるFAXを利用したタイムマネジメントなど、電子メールが飛び交っている今や、誰もが無意識に実践していることである。本書の凄いところは、このような電子メール的なやり取りをFAXの時代から提唱していたことであろうが、今改めて読む必要はないだろう。ビジネス書というのは文学小説と違い、鮮度が大切である。普段は高くて単行本には手を出せず、古本屋に出回ったり文庫化されるのを待っている私だが、ビジネス書だけは新刊を買うようにしている。

 そんなことを書きつつ、なぜ○なのか? 一部に時代遅れなものはあるにせよ、本書は私にタイムマネジメントの何たるかを教えてくれた名著であり、その一部は今も仕事の実践の場で役立っている。大げさに言うならば、身体の一部と化している。そのうちのひとつが、「TO DO リスト」と「すぐやるメモ」である。これらについてのメモが残っていたので抜粋しよう。

TO DOリストの作成 → 何をすべきか覚えておく必要がなくなる。

  • 未処理の案件が一覧できる。
  • 仕事の重要度に応じた時間の割り振りが可能になる。
  • 仕事の全体が把握でき、「仕事はこれだけ」と安心できる。
すぐやるメモの作成
  • 電話をかける、コピーを取るなどの雑務。
  • 人から頼まれた案件、上司からの指示。
  • 思いついた案件。→数日経っても処理できなければ、TO DOリストへ。

 書類の整理法でも述べられていたことだが、いわゆる「ポケット1つ原則」をタイムマネジメントでも提唱しているのである。自分がなすべきことがこれだけだと分かったとき、人間は不安から解消される。なにかやるべきことがあと1つあったはずなのに思い出せない、というストレスは相当なものである。この「ポケット1つ原則」は、『仕事を成し遂げる技術』とも共通している。

 この他にも、野口流タイムマネジメントについてメモより抜粋。

  • 個々の仕事を独立した「点」として把握するのではなく、「線」の上に並んだものとして把握する。(準備期間なども考慮することができる)
  • 一覧できるスケジュール表を使うことにより、周りの予定との関連を自動的に考えられる。その時点が空いているから予定を入れてしまうということがなくなる。よって、仕事が一時期に集中するのを避けられる。また、締め切りまでに残された時間が少ないことにも気づくはずである。
  • 一般に雑務的な仕事はまとめてやったほうが効率がよい。
  • 仕事は発生したその場で片付ける。
  • 仕事はとにかく着手する。→八割(人が見てわかるところまで)できたらOK=拙速の原則。
  • 不確実なことを先に行う。
  • 通勤時間や移動中は、普段やる気にならないことをやる。

 また、色あせてしまったと書いたFAXの効用については、次のように述べられている。これはまさに今我々が電子メールにより教授しているメリットであり、今から10年近く前に書かれた著書であることを考えると、恐るべき慧眼といえよう。

  • 相手の時間に合わせなくてよい。(電話や来訪のように仕事を中断されない)
  • ランダムアクセスが可能(好きなところから読める)
  • 他者に指示するとき、FAXにそのまま指示を書き込めば、繰り返しが不要。

>2003.10.12.SUN

苗村屋読書日記 [35]

     



































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