○0190 『なぜ会社は変われないのか』 柴田昌治
△0189 『奇跡の整理術』 壷阪龍哉
◎0188 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』 村上春樹
△0187 『知的生産の技術』 梅棹忠夫
△0186 『「超」発想法』 野口悠紀雄


○0190 『なぜ会社は変われないのか…危機突破の風土改革ドラマ』 >柴田昌治/日本経済新聞社/1999.06.27・2003.12.05

 社内で「業務改革委員」なるものに任命されて再読。何から手をつけていいのか分からず、手探り状態なのだが、とにかく部門間の重複業務を無くしたり、無駄な作業を排除しようというねらい。本に書いてある通り上手く行くかどうか分からないが、何もやらないよりはマシだろう。何かやっても変わらなければ、もっと怖いけれど・・・。

 本書は発売当初に先輩から進められて購入したもの。こういうことに興味を持っている先輩がいることにうれしくなり、さらに、部長が読んでいるのを知ってもっと嬉しくなったのを覚えている。4年経った今読んでもなかなか面白く、参考になる点が多かった。本書が指摘するポイントは、ずばり「会社の中にインフォーマルな集まりができると、皆が発言しやすくなり、前向きなアイデアがどんどん出てくる」というもの。これを「まじめな雑談」あるいは「オフサイト・ミーティング」と呼んでいる。

 まずは「まじめな雑談」と通常の会議との違いについて。

■会議>収束への傾向が顕著

  • 本質的特性:ノルマがある。結論を出す。
  • 参加者:立場を背負っている。
  • 情報:纏まりのある情報、定型化された情報、定量的情報、報告されやすさが大切、単純化されたものが好まれる。
■オフサイト・ミーティング>発散も重要な役割
  • 本質的特性:ノルマがない
  • 参加者:比較的自由な立場
  • 情報:まだ纏まっていない考え、気持ち、思いつき、常識外れの話、断片的な話、加工されていない生の情報。
 要はブレーンストーミングなのだが、トラブルが起こったときなどにも、即座に簡単にミーティングが開かれる様になってくると、組織としてのスピードが各段に向上すると言う。このオフサイト・ミーティングには3つの段階がある。
  1. 部門横断型「耕し」のオフサイト:ネットワークの形成と問題意識を刺激し醸成することが目的
  2. 部署内「親和」のオフサイト:部署内の上下関係を持ちこまないことが成功のポイント。
  3. テーマ別「知恵出し」のオフサイト:テーマを設定して参加者を募るタイプ。うまく設定しないと直接の利害関係が全面に出て、対立する恐れがあるので注意が必要。
 さて、この本の面白いところは、このような解決策が優れているだけでなく、企業が抱える問題点を浮き彫りにしている点にもある。前半の3分の1くらいは、ひたすら企業の抱える悪い点を描いている。みんな文句を言うばかり、愚痴を言うばかりで「だからどうする」という姿勢がない、評論家ばかりで当事者がいない、言い出しっぺが損をするなど耳の痛い話ばかり。しかし、このような組織のうち、2割が変わることによって組織全体を変える事が出きるという。

 改革の2点目は「決定を現場に任せた」こと。無責任な権限委譲ではなく、独断を促すものでもない。現場に一番近く、何が起こっていて何が問題化が分かっている者が決断することにより、組織としてのスピードアップを図ろうというものである。確かに、いちいち上にお伺いを立てていたのでは、進むものも進まないし、上司の理解がなかったりすると妙なところで止まってしまう。また、ラスト近くで素晴らしいと思ったのは、社運を賭けた重大な決断を一課長に任せたところである。これは、常務クラスの人間が聞いても分からないような話なら、現場にいる感性が鋭い人間に決断を委ねたほうがいいという判断である。そして、その決断がまちがっていたとしても、その責任は決定者を選んだ常務にあるというのだ。こんな太っ腹な任せ方ができるのは、企業の中に信頼が醸成されているからであり、一朝一夕にできるものではないだろう。

 登場人物の中で好きなのは、岩城という工場長。自分自身が有能だからこそ、部下にも完璧を求めるワンマンだったのが、オフサイト・ミーティングをきっかけに改心する。「査定権を持つ直属の上司に向かって、あなたのここを直してほしいと言うこと自体、部下たちにすれば途方もない勇気がいるはずである。犠牲を払って至らない上司が脱皮するのを手伝ってくれているのだ」と岩城は理解した。その後で岩城は「いちいち口出しせずに見守る訓練をしている」とまで言っている。これだけ出来た上司というのはそうそういないかもしれないが、人間というのは上に行けば行くほど自分の過去の経験だけで判断しようとし、若い頃の様に心を無にして学ぶ姿勢がなくなってしまうので、どこからくる情報であっても虚心で耳を傾けると言うことが大切だと筆者は説いている。必要に応じて自分を、特にマネジメントスタイルを変化させていく能力が、管理職にとって最も必要なものとのこと。

 ラストはあまりにも出来すぎた話なので、物語の域を出ないかなと思っていたが、たまたま目にした日経ビジネス(2003.11.24号)で、キャノンが実際にオフサイト・ミーティングを取り入れ、効果を出しているという記事を目にした。これは、筆者の柴田昌治率いるスコラ・コンサルタントと共同で職場を離れ、立場や肩書き抜きでざっくばらんに話し合いをするものだそうである。「組織の上から下まで、みんながその気になる。コミュニケーションがよくなり、会社に来るのが楽しくなる」というからたいした効果である。また、同じ柴田氏の著書である、『トヨタ式・最強の経営』でも、「まじめな雑談」の効用が紹介されている。目の前の仕事に追われるだけでは駄目、また机の上であれこれ考えるだけでも駄目。アイデアを練り、それを発信し、実践しなければ意味なしということである。

>2003.12.04.THU


△0189 『奇跡の整理術…こんなに簡単な方法があったのか!』 >壷阪龍哉/かんき出版/1997.07.10

 『「超」整理法』シリーズに触発されて読んだもの。重複する内容もあり、印象は薄かった。但し、書類整理、文房具の整理、時間・スケジュール管理などが1冊に纏められているので、『「超」整理法』シリーズを何冊も買うよりコスト・パフォーマンスは良いかもしれない。あと、『「超」整理法』シリーズが大学教授という個人で仕事をする立場からの手法を述べているのに対して、本書では組織で仕事をする際の注意点にも触れている。(あまり大した内容ではないが・・・)

  • ペン・書類:全て立てて保管。→取り出しやすく、検索も容易。
  • ミーティングメモ:A4用紙(オフィシャルなサイズ)に議事録を取り、ミーティング後の事務処理に活かす。→最初から、見られること・記録として残すことを意識して記録する。必要があれば関係者に配布する。
  • 第三者への電話メモ:色付きの神を利用する。→目立たせ、メモを書類に紛れ込ませないため。
  • 仕事を重要度・緊急度・必要時間の3つでとらえる。仕事(Work)を課業(Task)と行動(Action)に分解する
  • やるべき仕事をピックアップして分類する。例)JDI(JUST DO IT)、PEN(PENDING)、REG(REGULAR)、PRO(PROJECT)、TRY(LET'S TRY)、OTH(OTHERS) →TRYやPROにできるだけ時間を割けるように。邪魔されず、集中できる時間を見つける。
  • 情報収集は自分なりのキーワードをもって行うこと。
 『「超」整理法』シリーズと重複する部分は、省略しているので随分とシンプルなメモになってしまった。余談だが、『「超」整理法』シリーズは文庫化され、4巻組みになっている。新書版の方がお得な気がするが、改定して新情報でも盛り込まれているのだろうか? そういえば、『白い巨塔』も新装版で、3巻組みが5巻組みに。皆さん、商売気が旺盛である。

P.S.10,000 hits over! >2003.12.01.MON


◎0188 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』 >村上春樹/新潮文庫/1996.09.23・2003.11.30

 背表紙の「静寂な幻想世界と波瀾万丈の冒険活劇の二つの物語が同時進行して織りなす、村上春樹の不思議の国」とは言いえて妙で、このような複数の物語が、やがて一つになっていくというストーリーが大好きである。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、それぞれの世界で微妙な共通点を発しつつ進んでいく。今回は再読だったので、キーワードを抜書きしながら読み進めていった。

  • 「ハードボイルド・ワンダーランド」:音抜き、やみくろ、計算士、記号士、口蓋の研究、ペーパークリップ、獣の頭蓋骨、ピンク、図書館
  • 「世界の終り」:黄金の獣、夢読み、影、森、壁、地図、ペーパークリップ、獣の頭蓋骨、図書館

 ペーパークリップや獣の頭蓋骨が両方の世界に現れて、つながりを予見させているのが面白い。個人的には、「ハードボイルド・ワンダーランド」の冒険的な方が好きで、「世界の終り」は少し退屈しながら読み進めてしまったが、ラストへ向けて物語が収斂していく為には「世界の終り」も欠かせない。

 計算士と記号士の争いも面白い。まるで、現在の情報戦争、ハッカーとセキュリティー、コンピュータ・ウイルスとウイルス・バスターの関係を予見しているようだ。追いつき追い越され、際限のないシーソーゲームを早々と皮肉っている。そういえば、本書には固有名詞が出てこない。私、老人、娘、門番、大佐などの名詞が出てくるだけである。全く固有名詞が出てこない小説というのは珍しいのではないだろうか?

 村上春樹の独特の言い回しも好きである。「それは郵便を失った郵便局か、鉱夫を失った鉱山会社か、死体を失った葬儀上のようなものかもしれなかった」とか、「郵便受けには郵便物はひとつも入っていなかった。留守番電話にもメッセージは入っていなかった。誰も私には用事がないみたいだった」とか。

 そういえば、本書の正確なタイトルは『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』で、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』ではない。「終り」の「わ」がつかないのである。amazonで検索していて分かったのだが、『オーデュボンの祈り』と同じくらい紛らわしい。「紛らわしい」といえば、子供のころは「紛わらしい」だと思っていた。どうでもいいことだが。  最後に、興味深かった一角獣の考察について、図書館の女の子との会話を抜粋して終わりたい。
「哺乳類という分野に限っていうと、単角あるいは奇数角を有する動物はきわめて稀な存在であり、進化の流れにてらしあわせてみると、それは一種の奇形であり、言い方をかえれば進化上の孤児といってもいいくらいなの。(中略)
 というのは角というのはきわめて集中的な武器であって三本というのは必要ないわけ。たとえばフォークのことを考えればよくわかるんだけれど、三本の角があるとそれだけ抵抗が増えて突きさすのに手間がかかるのね。それからそのうちの一本が何か固いものにぶちあたると、力学上三本とも相手の体につきささらないという可能性も生じるわけ。
 それから、これは複数の敵を相手にする場合のことなんだけれど、角をぶすりと誰かにつきたててそれをひっこ抜き、次の誰かに向うのに三本の角ではやりにくいのね。(中略)
 これが多角獣の欠点。命題その一。多角獣よりは二角獣あるいは一角獣の方が機能的である。次に一角獣の欠点ね。いや、その前に二角であることの必然性を簡単に説明しておいた方がいいかもしれないわね。二角であることの有利な点は、まず動物の体が左右対称にできていることね。あらゆる動物は左右のバランスをとることによって、つまり力を二分割することによって、その行動パターンを規定しているの。(中略)
 それから一角であることのもうひとつの欠点は、その損傷が致命的だという点にあるのね。要するにスペア・タイヤなしでサハラ砂漢を横断するようなものなのよ。(中略)
 もうひとつの単角の欠点は、力を入れにくいという点にあるの。これは奥歯と前歯を比較すると理解しやすいわね。奥歯の方が前歯に比べて力を入れやすいでしょ?これはさっきもいった力のバランスの問題なの。末端が重くてそこに力が入れば入るほど総体は安定するのね。どう?これで一角獣が相当な欠陥商品であることがわかったでしょ?」

>2003.11.30.SAT


△0187 『知的生産の技術』 >梅棹忠夫/岩波新書/1998.09.10

 『「超」発想法』に刺激されて思い出したのが本書。発想法などの草分け的存在だと思うが、ちょっとふるくなってしまったかな。ということで評価は泣く泣く△。

  • 発見の手帳
    • 1ページ1項目という原則を確立し、そのページの上欄に内容を一目で知らせる表題をつける。
    • 1冊書き終えたところで索引を作る。
    • 後から分類して閉じる(切り取って)
    • ノートの欠点=ページが固定されていて書いた内容の順序が変更できない。→カード式への切り替え。

  • カードに書くのはそのことを忘れるためである。→次に見るときは全てを忘れているつもりで書く。つまり、略号は使わず、始めてみた人がわかるように書く。
  • ノートに書かれた知識は、しばしば死蔵の状態に陥る。→カードであれば見返すことが多い。

  • カードが何枚たまっても、分類法にこだわる必要はない。
  • カードを書く → 習慣として定着させること。
  • 同じ大きさ、企画で統一すること。
  • メモの利用価値:経験を選別し、有効な記録を確実に定着するには、常日頃からの練習が必要である。→癖にしてしまえばつらいものではない。
 野口氏が指摘しているように、パソコンの普及というものが発想法に大きく影響を与えていると思う。パソコンのテキストにどんどんアイデアを放り込んでいけば、後からの検索や加工は自由である。もちろん、索引を作る必要もない。1998年の読書当時メモにも「パソコンを利用して管理すべき」と走り書きしている。要は、カードの特性とパソコンの特性を理解し、両者の強みを旨く利用すべし、ということだろう。

>2003.11.28.THU


△0186 『「超」発想法』 >野口悠紀雄/講談社/2000.03.24

 家にある「超」シリーズは完全制覇したと思っていたら、「発想法」が残っていた。ちゃんとメモも残っていたので、抜粋。本書のカバーの裏側には野口悠紀雄氏のサイトへのアクセスパスワードが隠されていた。御丁寧に銀はがしまで付いている。無料が前提のインターネットと、有料の書籍を販売する抱き合わせ商法的な気がしないでもないが、なかなか良いアイデアである。

1.「超」発想法の基本原則

  • 新しいアイディアが無から生まれることはない。どんなに独創的なアイディアも、既存のアイディアの組換えである。模倣は創造の出発点だ。発想は、一部の人の独占物ではない。
  • 発想のためには、必要な知識をまず頭に詰め込む必要がある。
  • 既存のアイディアの組換えは、頭の中で行われる。方法論だけにこだわるよりは、環境整備に心がけるべきである。

2.発想はどのように行われるか

  • 創造的な活動においては、あらゆる可能な組み合わせをいちいち比較考慮するのではなく、直感的な判断によって無意味な組み合わせを最初から排除している。この直感的判断を支配しているのは、「審美的感情」である。
  • 重要な科学的発見の多くは、偶然のきっかけで得られたように見える。しかし、重要なのは、それに先だって、発見者が「考えつづけていた」ことだ。これが潜在的な意識の活動を指導し、そこで発想が行われていたと考えられる。したがって、発見のプロセスを、没頭期、潜伏期、啓示期に分けてとらえることができる。

3.発想支援環境

  • 仕事に現役でありつづけ、考えつづけることが必要である。
  • 仕事の合間に歩くと、アイディアの啓示を受けることが多い。
  • さまざまな場所にメモ道具を準備すべきだ。
  • 発想のためには、集中できる環境を作る必要がある。
  • ブレインストーミングは新しいアイディアを生み出すために、非常に有効だ。ただし、質の高い参加者を集める必要がある。作業途中の草稿を読んでもらうことも発想に役立つ。
  • 問題意識をもった能動的読書は、誰にでもできる対話の機会である。

4.パソコンはアイディア製造機

  • パソコンを使えばいくらでも編集できるから、気軽に仕事を始めることができる。仕事を始めれば自動的に発想が進む。この意味で、パソコンは発想機械だ。
  • 検索機能を用いて、自分が過去に書いた文書を検索し、それを出発点として発想することができる。

 内容的には、野口氏にしてはいまひとつといったところ。発想法はいろいろと語りつくされている感があり、目新しさが少なかった。あえて言うなら、パソコンを使った発想法だろうか。しかし、これとて、今では皆が無意識のうちにやっていることである。

>2003.11.25.TUE

苗村屋読書日記 [38]

     



































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