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◎0200 『カムバック』 高橋三千綱
△0199 『実戦!問題解決法』 大前研一
△0198 『オーデュボンの祈り』 伊坂幸太郎
△0197 『会計戦略の発想法』 木村剛
△0196 『呼人』 野沢尚


◎0200 『カムバック』 >高橋三千綱/新潮文庫/1999.08.04・2003.12.21

 200冊目の記念本は『カムバック』 このホームページはミステリーとビジネス書が中心だが、大台に乗る時にはなんとなく天邪鬼な気分になってしまう。100冊目はSFの名作『マイナス・ゼロ』だった。今回はスポ根もの。さらに、3度目の再読である。最初に読んだのは高校生の頃で、日付の記録がない。そういえば、『マイナス・ゼロ』も3回読んでいた。もともと再読しない主義なので、こういった本は珍しい。

 さて、本書は野球をテーマにした連作短編集である。全ての作品が「努力すれば報われる」というテーマで書かれている。高校生の頃はそれこそ号泣して読んだし、1999年に読んだ時もかなり泣いた。さすがに3度目ともなると、そうそうは泣かなかったが、それでもジーンとしたり、ちょっと涙ぐんだり。まぁ200冊目に選ぶくらいだし、お気に入りの作品なのだろう。

 今回気になったのは、努力を重ねる不遇の選手と、才能に恵まれて天狗になっている選手とのコントラストが強すぎる点である。『セカンド』『テスト生』『遊撃』などは、典型的な作品でもう少しバリエーションがあっても面白かったのではないだろうか? この中で良かったのは『セカンド』 自己主張の激しいエースや四番打者の間で、地味なポジションを自分なりの工夫をしながら、こつこつと守る姿には涙を誘われる。その主人公が意外な犯罪に手を染めるなど、屈折した内面も描いており、努力一辺倒でないところが面白かった。

 このような勧善懲悪的な物語が多い中で、『ホット・ゾーン』は趣が異なる。長嶋茂男を彷彿とさせる明るく型破りなライバルと、努力の主人公。しかし、対立するのではなく、お互いがお互いをライバルとして認め、その技を盗みながら高めあっていくところに好感が持てた。

 この他、表題作の『カムバック』ではサウスポーのキャッチャーという常識破りな発想が面白いし、最後の作品の『八百長』では、アメリカの大リーグに挑戦する主人公を描いている。作者自身が野球を嗜んでおり、その知識と経験から来る発想なのだろうが、野茂やイチロー、松井のように日本人選手が活躍する今の野球界を予見している様にも思う。特に『八百長』では、日本の球界の脆弱な部分を浮き掘りにもしている。

 私自身が学生時代ボートに熱中していたこともあり、スポーツに対しては思い入れがある。そのせいか、スポーツ小説には、ミステリーとは一味違う面白さを感じてしまう。残念なのは、思いっきり感情移入が出来るスポーツ小説が少ないことである。なぜか、漫画の世界にはスポ根ものが多いのに・・・

>2003.12.21.SUN


△0199 『実戦!問題解決法』 >大前研一・齋藤顕一/小学館/2003.12.20

 あまり好きではないと言いつつ、本が出るとついつい買ってしまうのが大前研一の著書。今回もCD-ROMまで付いているというので買ってしまった。マッキンゼー時代に大前研一が開発した問題解決メソッドを紹介しているのだが、内容的には東洋経済新報社の『ロジカル・シンキング』の方が詳しく解説されていた。・・・と、思い出して『ロジカル・シンキング』を押入れから引っ張り出してみると、この本の著者もマッキンゼー出身。実を言うと、巷でなんとなく実践されている手法を、改めて大前氏が纏め直しただけなのではないかと疑っていたのだが、どうやら本物の様である。

 さて、本書では導入部分で日本の間接部門・ホワイトカラーの生産性の低さを指摘し、その生産性向上のためには問題解決力(PSA:プロブレム・ソルビング・アプローチ)が不可欠だと述べている。その為の方法として、次の5項目を説明している。

  1. 問題解決の基本を理解する。
  2. 取り巻く環境を理解する。
  3. 効果的な情報収集法を学ぶ。
  4. データをチャート化する。
  5. フレームワークを使いこなす。
 中でも参考になったのは、データのチャート化の章である。数値をグラフ化したものを中心に置き、その少し上にタイトルを書き込む。ここまでは誰もがやることだろうが、タイトルの更に上に、このグラフから分かるポイントを簡潔に書いておくと効果的だそうだ。つまり、このグラフからはこういうことが分かりますよ、と資料の読み手に示してあげるのである。また、単位や出展も忘れずに記載しておく必要があるとのこと。

 しかし、このポイントの明示には逆効果もあるように感じる。読み手がグラフを見たときに、ポイントとしてかかれていることしか読み取らなくなるのではないか。グラフを見て新たな発見をする機会を損ねるのではないか。関係ないかもしれないが、お笑い番組などで、笑い所を字幕にする悪しき習慣と似ているような気がしたのである。

 次に参考になったのはフレーム・ワークの利用である。フレーム・ワークとは何かを考える時に、道標となるようなもので、例えば有名な3C(Customer:顧客、Competitor:競合、Company:自社)などがこれにあたる。他にも、マーケティングの4P(Product:商品、Price:価格、Place:流通、Promotion:広告宣伝)や、会社分析の7S(Style:企業風土・文化、Strategy:戦略、Staff:人材、Structure:組織、System:運営の仕組み、Skill:組織スキル、Shared value:共通の価値観・使命・ビジョン)などがある。これらのフレーム・ワークを効果的に利用することにより、様々な視点からのアプローチが可能になるし、重要なものの見落としを防ぐことが出きる。

 最後に面白かったポイントは、「要点は全て3つに纏めろ」というもの。先日、『図解・外資系企業ハンドブック』を読んだばかりだったので、その共通点に、人が考えることは似たり寄ったりで、いいやり方というのはシンプルなものなんだと、感心した。それならば、本書も5段階ではなく、3段階にすればいいのにと思ったのだが、それはまた別の話。

>2003.12.20.SAT


△0198 『オーデュボンの祈り』 >伊坂幸太郎/新潮文庫/2003.12.18

 シュールで、エスプリの効いた作品。シュールとは超現実という意味らしいが、現実を通り越した、非現実的な世界が織り成す圧倒的なリアリズムが素晴らしかった。実を言うと、伊坂幸太郎という名前と、『オーデュボンの祈り』だの『重力ピエロ』だのというタイトルから、純文学を想像していた。様々な書評で取り上げられていて、いずれ読まねばと思っていたのだが、今回の文庫化で始めて手に取った次第。

 読み出した直後は、「なんじゃこりゃ」 今どき外の世界と交流のない島など考えられないし、カカシが喋るなんてもっと考えられない。しかし、主人公の伊藤と同様にそんな不条理な世界をいつの間にか受け入れてしまっている自分がいる。

 論理パズルのような展開も面白い。未来を予想できるカカシが、なぜ自分の死を予想できなかったのか? 嘘しかつかない男が嘘をつかないと宣言することはどういうことか? 作者の頭の良さがうかがえる部分でもある。また、伊藤はプログラマーとしてソフトウェア会社に勤務していた様だが、その時の経験を元に、ロジカルに島の謎に迫ったりしているのも面白い。伏線も見事であり、ささいな出来事が最後に一つに集約するという大好きなパターンの小説だった。

 舞台となっている荻島は、長年閉ざされた孤島だが、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終わり」との共通点を感じる。どちらの登場人物も、名前よりも職業が大きな意味を持っているし、「欠けているもの」も同じであった。共通点があるからといって、作品の質を損ねるものではない。むしろ、村上春樹と同じレベルの世界を書ききったことに拍手を贈りたいくらいである。

 登場人物の中では、桜が一番好きだった。巷に法で裁けない人々が増えているせいかもしれない。人が人を裁くのは難しいかもしれないが、時には絶対的な力が必要だと思う。戦争をけしかける政治化を、人殺しと呼ばず、英雄と呼ぶような世界には、桜のような存在が必要だと感じた。

 タイトルのオーデュボンとは、リョコウバトを発見した学者の名前である。(そういえば、リョコウバトが絶滅した動物であるというのは、ドラえもんで知った記憶がある) ずっと勘違いしていたのだが「オーデュボン」は「オーデュポン」ではない。「ホに〇」ではなく、「ホに〃」である。このリョコウバトが物語の大きなカギを握りつつ、「絶滅の危機」という比喩にも使用されている。人間の愚かさと、その愚かさゆえに自分自身を絶滅へ追いやってしまうのではないかという、作者の嘆きが聞こえてくる様な気がする。

>2003.12.18.THU


△0197 『会計戦略の発想法』 >木村剛/日本実業出版社/2003.12.16

 金融コンサルティング会社KFiの代表であり、中小企業向けの日本振興銀行の企画等で世間を騒がせている木村剛の著書。大口を叩くだけあって、良く勉強しているという印象。そもそも株式会社とは所有と経営が分離しているものであり、「会計」とは経営者が所有者に対して説明を行うためのものだということを改めて認識させられた一冊。木村氏曰く「経営者は、会社財産を運用する受託者であり、その委託者である株主に説明する責任を直接負っている。受託者から委託者へ説明責任を果たすということが、会計という存在の思想を支えるバックボーンである」とのこと。元来、日本では経営と所有の分離が曖昧で、経営者であれば、会計など好きなように操作できるといった意識が強かったのかもしれないが、国際会計基準が浸透しつつある今、そんな理屈は通用しない。木村氏は、日本の企業の利益操作、つまり期末近くになると業績予想に利益を近づけるためにあらゆる処理を行っていることに対して激しく警鐘を鳴らしている。

 そもそも欧米では業績予想など外部発表せず、決算といえば実算を公表するものという認識が強い。もちろんアナリスト向けのIRなどは積極的に行っているのだろうが、訴訟社会のアメリカなどでは、「お前の業績予想を信頼して株を買ったのに、業績未達で株価が下がったではないか。訴えてやる」という例が多いらしく、業績予想というものは行っていないそうである。それをご丁寧に外部に公表し、挙句の果てにその数字に縛られ、経理部員総出で粉飾まがいのことをやっているというのは滑稽である。

 筆者は言う。「利益は操作するものではないということを強く認識すべきだ」と。「会計」というものは企業にとっての羅針盤であり、波乱万丈の現代を生き抜くための大切な道標である。それを経営者自らが狂わそうとしているのだから恐ろしい。最新鋭のカーナビを買っておきながら、わざと誤作動するようなプログラムを組み込んでいるようなものである。

 また、木村氏は会計を道具として使うことと、トリックとして使うことの違いを明確に述べている。道具としてうまく使った好例として、日産のカルロス・ゴーンの手腕を上げている。ゴーン氏は、自分が社長に就任した際、徹底した自社のデューデリジェンス(資産などの査定)を行っている。つまり、含み損を抱えた土地があれば評価損を計上し、古くなった在庫があれば滅却損を計上し、といった具合である。木村氏の言葉を借りるなら、「ゴーン氏のように、経営危機に陥った企業の建て直しに辣腕を振るわなければならない立場にある経営者であれば、就任直後に実施すべき手続きがひとつある。それは、デューデリジェンスである。デューデリジェンスとは、資産内容や権利関係、されには収益性などを精査することによって、資産価値を適正に評価するということであるが、その機能を簡単に一言でまとめると、”ここまでは前の経営者の責任であり、この時点以降は私の責任だ”という線引きをする作業のこと」である。しかし、前任の経営者からの禅譲で経営を任された社長というのは、前任者の責任を深く追求できない。一方、アメリカでは社外から突然見知らぬ社長がやって来たりするから、こういった手法が思いきって取れる。こうして日本という国は、どんどん問題を先送りにしてきたというのである。

 もう少し抜粋しよう。「誰でも、損を表に出すのは嫌なものだ。それだけに企業はなかなか損を処理できない。しかし、一度先行して損を処理する仕組みを組織にビルトインすると、ずっと前倒しで整理していけるようになる。反対に、一回損失処理を先送りすれば、後追いの連続になってしまい、ダウン・トレンドの中では経済情勢が悪くなる分だけ、損失は上乗せされていくことになる」 まさに木村氏の言う通りであり、そう考えると、数々のOBの反対を押し切って、4,000億円の損を一括処理した、伊藤忠商事の丹羽社長はたいしたもんである。このほかにも、『稲盛和夫の実学』の稲盛和夫氏や、『経営論』の宮内義彦氏も、会計を理解している数少ない経営者である。

 7章立ての内、3章以降は企業のコンプライアンスについて述べたもの。企業の危機管理のためにも、正しい会計や不正を回避できる組織の必要性を述べている。また、会計そのものの歴史についても触れている。読み物としては面白いかもしれないが、勉強になったのは1章と2章のみ。この部分だけを立ち読みするだけでも、随分と目から鱗が落ちるだろう。

>2003.12.16.TUE


△0196 『呼人』 >野沢尚/講談社文庫/2002.09.03

 野沢尚の新境地と言うべきだろうか? 今までは恋愛ドラマやミステリー色の濃い作品を手がけてきた作家だが、SF的なものは初めて。ヒットドラマの『眠れる森』などは記憶をテーマにしたSFと言えないこともないが、どちらかというとミステリーだろう。本書は呼人という12歳の少年・・・いつまで経っても永遠に12歳の少年の成長譚である。肉体的な生長はないが、精神的に大きく成長する少年を描いたなかなかの力作。

 舞台は1985年に始まり、1992年、1999年、2005年、2010年へと移り変わっていく。1985年から1999年にかけての時代は私自身が生きた時代でもあり大いに共感しながら読み進めることが出来た。特に1985年の御巣鷹山の事件は呼人のこれからの人生を象徴しているかのようで、なんとなくこの物語はハッピーエンドでは終わらないだろうなという予感とともに読み進めることとなった。

 時代が過ぎ行くとともに呼人と友人との間の肉体的な格差が広がっていく。友人の潤はアメリカへ留学し、厚介は自衛隊に入隊する。それぞれがそれぞれの人生を歩んでいく中で、その時代時代に対する痛烈な批判がちりばめられている。アメリカの銃社会の問題や北朝鮮の武装問題など、現在に通じるものも多い。毎日、ニュースが洪水の様に溢れて、過去の事件など一瞬のうちに忘れ去ってしまう日本人に対して、敬称を鳴らしているかのように感じた。

 物語は呼人の出生の秘密に迫りながら、クライマックスを迎える。2010年。そこには二世・三世議員で溢れかえる消費税が10%の日本があり、アジア経済を牽引する中国とインドがある。実現しそうで実現してほしくない世界が妙にリアルに描写されている。ラストは予想通り、悲しい結末となってしまったが、嫌な余韻は残らなかった。12歳の呼人の明るさのおかげだろうか?

 今回、改めて巻末の参考文献を見てびっくりした。良く調べて書いている。少し話が飛躍しすぎるきらいもあったので、評価は△としたが、一気に読ませて、後から考えさせられる作品であった。

>2003.12.14.SUN

苗村屋読書日記 [40]

     



































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