○0215 『グロテスク』 桐野夏生
△0214 『贋作師』 篠田節子
△0213 『かっぽん屋』 重松清
△0212 『カノン』 篠田節子
×0211 『ジオラマ』 桐野夏生


○0215 『グロテスク』 >桐野夏生/文藝春秋/2004.01.15

 澱んだ水の張ったプールで、息継ぎをせずに25m泳ぎ切ったような感覚、というのが読了直後の感想である。最初は、あまり好きでない「ですます調」に戸惑いながらも、次第に引き込まれていった。しかし、一気に読み進めることは出来ず、暗い水の中で必死に目を開けて、前を探りながら這い進むような読書であった。今まで色々な本を読んできたが、中でも特に異色な作品だった。

 怪物のような美貌を持ち、その「美貌」を磨き続けるユリコ。天才的な頭脳を持ち、その「頭脳」を磨き続けるミツル。頭脳も美貌も持たずに、「悪意」を磨き続ける「私」。そして、悪意を磨くことも出来ず、もがき苦しむ和恵。登場人物は多くなく、それぞれの女性の内面を鋭くえぐっている。章によって、視点を変えるというのは『リアルワールド』でもおなじみの手法だが、今回は手記だの日記だのが出てきて、さらに技巧に磨きを掛けている。

 最初は、「私」の独白から始まった為、ついつい「私」に対して感情移入をしてしまい、「私」寄りの視点で読書を進めてしまった。つまり、ユリコや和恵に対して、「私」と同じように悪意を抱いたのである。ユリコの手記にせよ、和恵の日記にせよ、自分勝手な視点で書いてあるなと思ってしまったのだ。しかし、読み進めるにつれ、ユリコの苦しみや、和恵の狂気が芽を出し始める。そして、一番狂っているのは「私」であり、一番自分勝手な独白をしているのも「私」なのではないか、と思い至るのである。

 ミツルとの会話に出てきたヒエラルキー論が面白い。学校の中で成績をあげてトップになること。それが出来なくなれば、宗教団体に入って階級をあげていく。そんな階級社会でないと、自分のアイデンティティが保てなくなるというミツルの心理が興味深かった。会社などで出世に拘泥し、ポジションでしか人間の価値を測れない人々を皮肉っているようにも感じるし、万人に共通な人間の真理を付いているようにも感じる。

 ラスト近くではユリコの息子である百合雄が登場する。彼もまた美貌の持ち主であり、その容姿は『重力ピエロ』の春に勝るとも劣らない。生まれつきの盲目である彼が、「私」を引きずり込んだ地獄とは・・・。こんなラストありかな、とも思ったが、一番納得のいく終わり方だったかもしれない。読後感はあまりよくなく、悪夢にうなされそうな小説だが、よくここまで書いたなと思わせる「力作」であった。

>2004.01.15.THU


△0214 『贋作師』 >篠田節子/講談社文庫/2001.01.26

 『カノン』が「音楽」をテーマにしたホラーならば、『贋作師』は「絵画」がテーマである。これもまた、篠田節子の懐の深さを知ることの出来る作品。物語は主人公の栗本成美が日本洋画界の大御所・高岡荘三郎の遺作修復を依頼されるところから始まる。その絵の後ろに、かつての恋人・阿佐村慧の影を感じながら、修復を続ける。

 成美が高岡の絵に疑問を持ち始めた辺りから、物語は大きく展開する。☆人を喰いそうなピラニアの水槽が出てきたり、全身に青黴が生える病気がでてきたりして、なかなかグロテスク。そして、慧が絵画の中に残したメッセージを発見し、成美は後戻り出来ない事態にまで追い込まれる。絵の中に絵を隠すという奇抜なアイデアと、二重三重に張り巡らされた伏線。さすが、篠田節子と言いたくなるようなストーリーである。

 『カノン』との共通点も多い。主人公が芸術を志す女性であること。その年齢も近しい。また、死者から贈られた作品(絵と音楽のテープ)にメッセージが隠されていることも類似している点である。ただし、『カノン』では女性の再生というテーマが、読み取れたのだが、本作からはそのようなメッセージは伝わってこなかった。単に私が読み取れていないだけかもしれないが、ラストの美しさも含めて、『カノン』の方に軍配を上げたい。

>2004.01.14.WED


△0213 『かっぽん屋』 >重松清/角川文庫/2002.07.26

 重松清の短編集である。いつもは、イジメなどの重いテーマを扱う重松だが、本作はユーモア小説風のものが多かった。これはこれで楽しめるのだが、せっかく重松清の小説を読むなら、少し考えさせられるテーマを、と期待してしまう。というわけで、残念ながら△。

 8編の短編が収められているが、表題作と、お気に入りの1編を紹介したい。

『かっぽん屋』・・・「かっぽん」とは方言で性交のこと。「かっ」の後に、あるかなしかの間を入れて、「ぽん」は上下の唇をぶつけあうだけで発音するらしい。少年が、妙に知ったかぶって背伸びしたり、際限のない妄想に溺れたりする様を上手く描いている。15歳の少年の性への憧れをユーモラスに描いた作品。

『失われた文字を求めて』・・・読書士という仕事に就いた青年の話。読書が仕事!というと、読書好きの私には羨ましく思えたのだが、これが大変なのである。なにしろ、全く興味の湧きそうにない、『ドキュメント官僚』だの『共和党興亡史』だのを、1日に10冊以上も読まなければならないのだから。そんな読書士が、読書を楽しめるようにと、それぞれ好きな文字を決めている。「ふ」や「る」や「ぱ」といった文字が出てくるのを楽しみにしながら読書をすると、仕事がはかどるというのだ。そんな中で主人公が選んだのが「ぬ」。

 ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬめぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ、

 と「ぬ」が並ぶ様は、筒井康隆の実験小説にも似ていてなかなか面白かった。(クイズ:ひとつだけ「め」があります)

>2004.01.13.TUE


△0212 『カノン』 >篠田節子/文春文庫/2002.06.25

 音楽をテーマにした異色ホラー。篠田節子は、盲点を付くのが上手いと思う。いつも、あっ、こんなテーマがあったのかと思わせるような題材を、見事なホラーに仕立て上げる。

 さて、物語の主人公・瑞穂は、かつてはチェロ奏者としてプロの演奏家をめざしていた女性。現在は小学校の音楽教師に落ち着いてしまっている彼女のもとへ、大学時代の恋人・康臣が自殺したという知らせが届く。康臣から瑞穂に、逆回しに演奏したバッハのカノンを録音したテープが残されていた・・・

 前半部分は、残されたテープが幻聴として瑞穂を襲うシーンが描かれている。テープが自己再生する辺りでは、鈴木光司の『リング』の呪われたビデオテープを思い出した。「カノン」に映像はないが、まさに呪われた「音」の世界である。

 物語が進むにつれ、死んだはずの女性が現れたりして、少しずつ謎が解き明かされてくる。この辺りは、ミステリーとしても充分楽しめる。そして一気にクライマックスへ。落雷が襲う山頂でのラストは、映像が目に浮かぶような、美しくも激しいシーン。

 なかなか面白かったのだが、評価は△。クラシックのことが全く分からず、前半部分が退屈だった為。しかし、異色ホラーという看板の陰で、女性の再生というテーマを描き出しているのが篠田節子の素晴らしいところ。この物語は、40歳を目前にした女性が奇妙な体験を通じて成長し、さらに新しい人生を歩み出す、という成長譚でもある。

>2004.01.12.MON


×0211 『ジオラマ』 >桐野夏生/新潮文庫/2001.11.04・2004.01.11

 『錆びる心』に続いて、桐野夏生の短編集を。前作から一転して、あまり面白いものが無く「寄せ集め」のような印象。全体を通して、尻切れトンボで、無理に枚数を削ったような感がある。余韻を持たせようという意図なのかもしれないが、もう数ページ書き込めば、いい作品になるのにと思うものがちらほら。

 その中で、唯一面白いと思ったのは、表題作の『ジオラマ』 地方銀行に勤める主人公が、地銀の倒産をきっかけに、マンションの階下に住む女性と関係を持ち始めるというもの。階上のベランダで掃除をする妻に、女の声を聞かせるなど、悪趣味的なところも桐野夏生らしい。

 しかし、同じ作家の短編集が、こうまでも違うものかと吃驚。そうなると、気になるのが執筆の時期である。『錆びる心』の方が後に書かれているのなら、作者の力量が上がったということで、納得も出来るのだが、逆だと大変なスランプではないか? そう思って、初出を見たところ、どの短編も1996年から1997年に書かれたもの。たまたまその時期に書いた短編が、2冊の本になったということのようである。コンスタントにいい作品を書き続けるというのは、相当に大変な作業だということだろう。

>2004.01.11.SUN

苗村屋読書日記 [43]

     



































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