○0220 『クライマーズ・ハイ』 横山秀夫
△0219 『顔 FACE』 横山秀夫
△0218 『パイナップルの彼方』 山本文緒
△0217 『取り扱い注意』 佐藤正午
×0216 『恋を数えて』 佐藤正午


○0220 『クライマーズ・ハイ』 >横山秀夫/文藝春秋/2004.01.18

 御巣鷹山での日航機墜落事故を題材に、新聞記者の視点で描いた物語。御存知の方も多いだろうが、横山秀夫は元新聞記者。今までも、かつての職業を活かして、警察・裁判官などを主人公にした物語を産み出してきた。もちろん新聞記者が絡む話も多かったのだが、記者を主人公に据えた長編小説というのは初めてではないだろうか? 以前、雑誌のインタビュー記事を目にしたことがあるのだが、本書はずっと書きたくて書けなかった思い入れの強い作品だとコメントしていた。

 さて、物語は群馬県の「北関」という新聞社を中心に展開する。主人公の悠木和雅はかつて同僚を自殺に追い込み、そのときの懲罰人事から逃れられないでいるベテラン記者。昭和60年8月12日。同僚の安西に誘われ、谷川岳の衝立岩に挑戦する予定だった悠木だが、御巣鷹山への日航機墜落事故で約束を果たせなくなってしまう。

 急遽、「日航全権」デスクとなった悠木は、若手に現場を踏ませることを最優先に指揮を取るが、社内事情でことはうまく進まない。なぜか歓楽街でクモ膜下出血で倒れる安西、後輩・佐山の書いた記事に入る2度の横槍、スクープを逃してしまった事故原因の記事、水爆の異名をとる社長とインテリヤクザ専務との確執・・・。さまざまな壁にぶつかりながら、最後には左遷を覚悟で、1通の読者投稿を掲載する。

 最初は、御巣鷹山の事故が題材ということで、『沈まぬ太陽』が強く頭にあったのだが、数ページでそんなことを忘れて読み耽ってしまった。むしろ、男達の山に対する熱い思いに、登山をテーマにした『神々の山嶺』を思い出したほどである。最近は読書に分別が出てきて、面白くてもあまり夜更かしなどしなくなっていた私だが、本書に限っては深夜2時までかけて一気に読み切ってしまった。次々に発生する事件が読者を飽きさせず、ラストまで一気に持って行ってしまう辺りはさすがと言えよう。

 さて、本書はいわゆる新聞記者という「仕事」をテーマにした作品だが、最近、「仕事」を描いた物語には2つのパターンが見受けられる。1つは「仕事」はうまくいっているが、「家族」に破綻をきたしているもの。もう1つは、「仕事」も「家族」もダメなもの。少し前の高杉良の作品などでは、「仕事」で苦労している者を、「家族」が支えるという構図が多く見られたのだが、これは世の中の動きを象徴しているのだろうか。本書は「仕事」も「家族」も今ひとつというパターンである。

 しかし、ここからが横山の上手いところで、「仕事」と「家族」を「登山」というロープで繋いでいる。タイトルの「クライマーズ・ハイ」とは、山登りをしている最中に異常な興奮に包まれ、疲れや怖さを感じなくなるというもの。マラソン選手のランナーズ・ハイのようなものである。「仕事」に対して以上に興奮し、いつの間にか「家族」を忘れてしまっていた悠木に対する皮肉のようにも感じた。

 植物状態となってしまった安西だが、その息子・燐太郎が「登山」とともに、ロープとなって悠木を助ける。燐太郎はもともと「連太郎」と名づけられ、その苗字をもじって「アンザイレン」となるはずだった男。「アンザイレン」とは登山中にパートナー同士を結びつけるロープのことである。悠木と仕事と家族とを結びつける重要な役割を演じているところが、横山らしい演出である。

 最後に、思わず涙ぐんでしまった佐山の記事を抜粋したい。

若い自衛官は仁王立ちしていた。
両手でしっかりと、小さな女の子を抱きかかえていた。赤い、トンボの髪飾り。青い水玉のワンピース。小麦色の、細い右手が、だらりと垂れ下がっていた。
自衛官は天を仰いだ。
空はあんなに青いというのに。
雲はぽっかり浮かんでいるというのに。
鳥は囀り、風は悠々と尾根を渡っていくというのに。
自衛官は地獄に目を落とした。
そのどこかにあるはずの、女の子の左手を探してあげねばならたかった・・・。

>2004.01.18.SUN


△0219 『顔 FACE』 >横山秀夫/徳間書店/2004.01.18

 本書は、短編集『陰の季節』の中の一編『黒い線』で登場する主人公・平野瑞穂を描いた連作短編集である。『黒い線』でのエピソードを背景に物語が進んでいくので、未読の方はこちらを読んでから本書に取り掛かったほうが、瑞穂が抱える悩みがより克明に伝わってくるであろう。

 瑞穂は似顔絵書きを得意とする婦警であるが、『黒い線』事件をきっかけに、半年間休職し、秘書課広報公聴係に配属されたところから物語りは始まる。瑞穂が似顔絵を描くことで事件が解決するような展開を期待していたので、早々と予想を裏切られてしまった。かといって、つまらないわけではなく、意に沿わない職場で悶々とする瑞穂の心情を上手く捉えている。私自身、同じような悩みを抱えたことがあり、大いに共感できた部分である。

 章が進むにつれ、元いた鑑識課へ戻りたいという思いをますます強くする瑞穂だが、電話相談室へ配属されたり、捜査一課に配属されたりとなかなか忙しい。情報漏洩、放火、もう1人の似顔絵婦警、銀行強盗、拳銃強奪・・・事件が起こらないと物語は動き出さないので仕方のないことかもしれないが、続けざまに瑞穂の周りで事件が発生し、その解決の糸口を瑞穂自身が発見していくというストーリー展開は、少し安易な気がした。

 与えられた仕事に対する悩みとともに、「女」であることも瑞穂の悩みの一つである。「だから女は使えねぇ」と事あるごとにセクハラまがいの発言を受ける瑞穂。しかし、そんな中にも理解ある刑事はいるもので、エピローグにも登場する板垣はその1人である。ベテラン刑事と若手婦警の関係は、『凍える牙』の滝沢と音道を彷彿とさせ、微笑ましかった。

 仕事をするものであれば誰もが抱える悩みに対して、真摯にぶつかっていく瑞穂。この物語は、そんな瑞穂の成長譚でもある。

>2004.01.18.SUN


△0218 『パイナップルの彼方』 >山本文緒/角川文庫/2002.02.16

 山本文緒に関する書評は『眠れるラプンツェル』から数えて4作目。前にも書いたとおり、妻の紹介で読み始めたのだが、「何者かになろう」とする女性の視点が新鮮で、一時期は「固め読み」した作家である。しかし、いわゆる「日常」の中から女性の生き方をクローズアップして物語を紡いでいく作業というのは大変なのだろう。最近はすこしマンネリを感じる。

 さて、本書は固め読みしたものの一冊。主人公・鈴木深文は信用金庫に勤める一方で、裸のイラストを描くアルバイトをしている。上司や同僚ともそれなりにうまくやっていたのだが、日比野という新人の女性が配属されてから、雲行きが怪しくなる。裸のイラストのことをばらされたり、横領事件が発生したり・・・

 読書中はそれなりに楽しめたが、後に残るものは少なかったように思う。まるでテレビの連続ドラマを見ているような感じの小説。作者のあとがきによると、本書は、かまやつひろしの『パイナップルの彼方へ』というアルバムからハワイを連想して書いた作品とのこと。ハワイというのは「逃避先」の象徴だそうだ。確かに、仕事をしていると「逃げ出したい」と思うことしばしば。しかし、本当に逃げ出してしまって何か残るだろうか? 逃げたことがトラウマになり、癖になり、やがては逃げてばかりの人生になってしまうのではないか? そんなことも考えてしまう小説であった。

>2004.01.18.SUN


△0217 『取り扱い注意』 >佐藤正午/角川文庫/2002.10.08

 ちょっと複雑な物語である。何が複雑かというと、主人公・鮎川英雄は「女を蕩けさせ夢中にさせる」才能を持つ男。その叔父の酔助はパチンコ店の売り上げを積んだ輸送車襲撃を計画する。鈴村綾は酔助叔父の「ロリータ」で・・・。

 現金輸送車襲撃といっても、ミステリーではなく、かといって恋愛小説でもなく、まぁ別に分類する必要はないのだが、分類のしづらい小説である。まさに正午ワールド。物語の舞台も、1996年と1995年を行ったり来たりして、ますます混乱してくる。ラストではなんとか物語が収束して、ふむふむなるほどと思うのだが、納得しきれない。私の読解能力不足かもしれないが、消化不良に終わってしまった。

 物語の中で興味深いのが「スクラブル」というゲーム。私も中学生のときに友人宅で一度だけ興じたことがあるが、英単語を沢山知っているとなかなか面白そう。本当かどうか知らないが、スクラブル専門の辞書もあるとのこと。それに引っ掛けて、物語のあちこちに「魚みたいに酒を飲んだ」などという英語の比喩や諺を直訳したものが出てくる。こういった比喩的表現が上手いのは佐藤正午のほかに、村上春樹と伊坂幸太郎。リズム感のある比喩的表現を見ると、それだけで嬉しくなってくる。

 もう少し、構成をシンプルにしても良かったと思うのだが、そうすれば分かりやすくなりすぎて、佐藤正午らしくなくなるのかもしれない。この辺りの匙加減は難しいところなのだろう。

>2004.01.17.SAT


×0216 『恋を数えて』 >佐藤正午/角川文庫/2002.02.08

 約2年前の2002年2月に読んだ作品。この頃の読書記録を見ると、佐藤正午、山本文緒、そして重松清の本がずらずらと並んでいる。ミステリーにちょっと飽きて、ビジネス書にも疲れていた頃なのだろう。B4のノートにしたためた読書記録は、タイトル・著者・出版社・日付を羅列しただけのものだが、何となく歴史を感じるから面白い。本書もつい最近読んだものだと思っていたら、もう2年も経っている。時の流れを感じることのできる、貴重な記録である。

 さて、本書を思い出したのは『グロテスク』がきっかけである。女性の一人称で語られた長編であること、男なしでは生きていけない女性を描いていることなど共通点が多い。しかし、大きく違うのは作者が男であること。『グロテスク』が桐野夏生という女性の視点から、娼婦の持つ狂気や悪意を描いた作品なのに対して、『恋を数えて』は佐藤正午という男性から見た「都合のいい女性」を描いているように感じたのである。

 作者曰く、冒頭としめくくりに置いた2つの台詞から書き出した作品とのこと。冒頭は「賭け事をする男とだけは一緒になるな」というものであり、しめくくりは☆「この秋には三十歳をむかえます」☆というもの。しかし、好みの問題なのだろうが、個人的にはそれほどインパクトのある台詞だとは思えない。

 一方、堀口大學の詩を引用したのはなかなか上手いと思う。「うそを数へて、ほんまどす」に始まり、「したを数へて、えんまどす」で終わる「数へうた」に、☆「恋を数えて、としまどす」☆というオリジナルを付け加えている。物語の中盤で引用されており、中だるみしそうになる雰囲気を、ピリッと引き締めている。この詩がなければ、平凡な物語になっていたかもしれない。

>2004.01.16.FRI

苗村屋読書日記 [44]

     



































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