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![]() ◎0240 『燃えよ剣』 司馬遼太郎 △0239 『知恵は金なり』 堀紘一 △0238 『プロフェッショナルの条件』 P・F・ドラッカー △0237 『鋼鉄の騎士』 藤田宜永 △0236 『邪魔』 奥田英朗 ◎0240 『燃えよ剣』 >司馬遼太郎/新潮文庫/1996.12.31・2004.02.11 背表紙あらすじ:【上巻】幕末の動乱期を、新選組副長として剣に生き、剣に死んだ男、土方歳三の華麗なまでに頑なな生涯。武州石田村の百姓の子“バラガキのトシ”は、生来の喧嘩好きと組織作りの天性によって、浪人や百姓上りの寄せ集めにすぎなかった新選組を、当時最強の人間集団へと作りあげ、自身も思い及ばなかった波紋を日本の歴史に投じてゆく。人気抜群、司馬遼太郎の“幕末もの”の頂点をなす長編。 【下巻】元治元年六月の池田屋事件以来、京都に治の雨が降るところ、必ず土方歳三の振るう大業物和泉守兼定があった。新選組のもっとも得意な日々であった。やがて鳥羽伏見の戦いが始まり、薩長の大砲に白刃でいどんだ新選組は無残に破れ、朝敵となって江戸へ逃げのびる。しかし、剣に憑かれた歳三は、剣に導かれるように会津若松へ、函館五稜郭へと戊辰の戦場を血で染めてゆく。 大河ドラマの『新選組!』につられて再読。いつか再読したいと思っていた名作なので、ちょうどいいきっかけだった。上下巻組みを一気に読了。歴史小説というのは下手をするとどんでもなくつまらなくなってしまうものだが、さすがは司馬遼である。再読にもかかわらず、ぐいぐい惹きこまれていった。 そもそも、幕末という時代はあまり好きではなく、私の中で歴史小説といえば戦国時代であった。信長・秀吉・家康といった英雄と、そのライバルたち。力と力のぶつかり合いといった雰囲気が好きであった。それに比べると幕末から明治維新にかけては、「陰謀渦巻く」といった感じで暗さ感じていたのである。そして、その「暗さ」の象徴が、暗殺集団・新選組であった・・・。 というのは本書を読むまでであり、新選組には新選組の正義があったのが良く理解できた。主義と主義のぶつかり合いが、たまたま多くの人の命を奪ってしまったということであろう。そうはいっても、「斬る」ことによって全てを解決しようとする姿勢にはやはり賛同しにくいのであるが。 思うに、近藤勇という人物があまり好きではないのかもしれない。地位が上がれば上がるほど、自分を飾り立て、分不相応の振る舞いをしている辺りが気に入らない。その点、主役の土方歳三は、自分の性格をよくわきまえており、2番手である「副長」という地位でその能力を思う存分発揮していく。 実を言うと今回は初読のときよりも興味深く読むことが出来た。それは、歳三の展開する組織論に魅了されたからである。最盛期の新選組は局長に近藤と芹沢鴨・新見錦の3人を置き、歳三は山南敬助とともに副長に就く。近藤に「歳、なぜ局長にならねぇ」と問われても笑って応えないのだが、その真意は近藤をして総帥の位置につかしめる為、副長の機能を最大限に発揮しようとしたところにある。隊の機能上、助勤、監察という隊の士官を直接握っているのは局長ではなく副長なのである。このような組織は歳三のオリジナルであり、組織作りの天才といわれた所以でもある。 その後、山南を総長という名誉職に追いやってしまう。総長とは現在でいうとラインではなくスタッフ職であり、指揮権は局長−副長−助勤−平隊士という順に流れるため、歳三が実質の指揮権を掌握したといっていい。副長を一人にした理由が面白く、局長の口から出た言葉が、電光石火の様に平隊士まで届く様にするためには、途中に介在する人数はできるだけ少ない方がいいというのである。当時の藩の体制と言うと、重要な役職には必ず2人を充て交代制を取っていたのだが、このような旧習を苦もなく破っているのである。また、ここで語られているのはまさにフラットな組織であり、今の日本に最も必要なものではないか。 歳三の副長としての機能は、創業当時のソニーやホンダをも彷彿とさせる。ソニーには盛田、ホンダには藤沢という強力な2番手がいた。トップを支える強力な2番手の存在が新選組の組織を強固なものにしていたといっていいだろう。歳三は沖田総司に、新選組がばらばらになるのはどういう時かと聞いているのだが、その答えは、「副長が隊士の人気を気にしてご機嫌取りをはじめるときさ」というもの。「副長が、山南や伊藤(甲子太郎)みたいにいい子になりたがると、にがい命令は近藤の口から出る。自然憎しみや毀誉褒貶は近藤へ行く。近藤は隊士の信を失う。隊はばらばらさ」と。 沖田との会話をもう少し。沖田が「新選組はこの先、どうなるのでしょう」と問うと、歳三はからからと笑って、「どうなる? どうなるとは漢(おとこ)の思案ではない。おとことは、どうする、ということ以外に思案はないぞ」 『燃えよ剣』の面白いところは、新選組が崩壊した後まで描いているところにもある。本書を読むまで、歳三が五稜郭の戦いに参戦していたことなど知らなかった。歳三の凄いところは、鳥羽伏見の戦いで洋式の隊に惨敗し、すぐに剣から銃に乗りかえるところである。長年自分を支えてきた剣をあっさり捨て、銃を取るなど常人にできることではない。「戦いに勝つ」という目的をしっかりと見据え、剣はそのための手段に過ぎなかったと言うことであろう。目的さえ達成できれば、手段は剣であろうが銃であろうが関係ない。本書を、自分の過去の経験ばかりに固執して、手段を改めようとしない日本の経営者たちにぜひ読ませたいものである。 大河ドラマの方は、年間49週あるということで、近藤勇の印象的な49日をピックアップして描いたものだそうである。このあたりの発想の面白さが脚本化・三谷幸喜のすごいところである。配役もはまり役が多く1年間楽しめそうである。最後に、備忘の為、最盛期の新選組の組織図を抜粋。
△0239 『知恵は金なり』 >堀紘一/PHP/2003.06.24・2004.02.09 我が社のシステム導入時に、先輩から「知恵」の大切さを教わり、その後本屋でタイトルの面白さに惹かれて購入したもの。今回は再読だが、改めていいタイトルだと思った。『知恵は金なり』とは言いえて妙である。 さて、私は仕事をしていく上で、3つの要素が必要だと考えている。一つは基本的な仕事のやり方。報告の仕方だとか、スケジュール管理・進捗管理の手法などである。もう一つは基礎知識。私の場合、会計知識などがこれに相当する。そして、3つめが本書でも触れられている「知恵」である。 スポーツに例えるなら、仕事のやり方は「技術」であろう。早く覚えれば覚えるほど、習慣のように体に残るものである。ブランクがあっても自転車に乗れるように、身体に覚えこませることが大事である。仕事を終えたら必ず報告を行なう、入手した情報は関係者に遅滞なく連絡する、などという基本的な仕事のやり方は、習慣にしてしまわなければならない。基礎知識は「体力」。体力は常に維持していないと衰えてしまうが、知識についても常にアップデートしておかないと、時代遅れになってしまう。そして知恵を出すということは、「試合」に臨むことである。「技術」と「体力」が伴わないと、試合には勝てない。常に両者を磨いておかなければならない。 しかし、著者が指摘するように、日本では「知恵」を出すという文化が育っていない。これは差し詰め、「試合」を放棄しているようなものである。不戦敗というのは、あまりにも情けないではないか。せめて「試合」に出場し、出場するからには勝利を目指したいと思うのである。 前置きが長くなったが、本書では堀紘一氏率いるドリーム・インキューベータというコンサルティング会社のメンバーが、コンサルタントという仕事に触れながら、そのノウハウを公開している貴重なものである。私自身、本書を読むまではコンサルタントという仕事に対して、ボンヤリとしたイメージしか持っていなかったのだが、この本のおかげで随分と具体的な知識を得ることができた。特に、コンサルタントを、「先生」「戦略」「定型」「総研」の4つに分類したのが分かりやすかった。 最初に目次を眺めて、MBAの教科書に出てくるような分析手法などについて触れられているのかと思ったのだが、中味をよく読んでいくと、総じて「人材」の大切さが述べられている。ドライな戦略よりもむしろ、「ヒト」の大切さに多くの紙面が割かれているところに好感を持った。確かにベンチャー企業などの小さな組織では、余剰な人員を抱えている余裕などないだろうから、一人一人の重要度が大企業と比べると格段に大きいのだろう。そして、人材を育てる「組織」、知恵が出るような「組織」づくりが、ベンチャー企業の発展の為には必要不可欠だと感じたのである。 堀氏といえば、様々な雑誌でもコメントを残されているが、その中から気になったものを抜粋してみたい。
△0238 『プロフェッショナルの条件』 >P・F・ドラッカー/ダイヤモンド社/2000.12.29 今後求められるであろう、人材とそのスキルを、持ち前の先見性で鋭く指摘している一冊。キーポイントを抜粋。キーワードは「知識労働者」
△0237 『鋼鉄の騎士』 >藤田宜永/角川書店/1998.03.25 背表紙あらすじ:【上巻】第二次大戦直前、世界中にキナ臭い空気が漂う1935年。左翼運動に挫折しパリにやって来た、子爵家出身の日本人青年がいた。偶然、目にしたトリポリ・グラン・プリに魅せられ、青年はレーサーを目指す。ナチスの足音、スターリンの影に震える欧州で、国際諜報戦に巻き込まれつつも疾走する熱い青春―。冒険小説の枠を超えた面白さで圧倒する超大作2500枚。’95年、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会特別賞受賞。 【下巻】見事に初勝利を果たした千代延義正は、1938年南仏・ポーで開催されるレースに向け、トレーニングに明け暮れていた。だが、国際紛争の火種がついにくすぶりはじめる。活発化する列強の謀略戦は、義正の運命をも変えつつあった。駐仏陸軍武官の公職と私情との狭間で苦悩する父・宗平。そして、二人の女性の行く末は? 怒涛のクライマックスへ、物語はブガッティの如く一気に駆け抜ける!'95年、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会特別賞受賞。 とにかく分厚くて、読むのに一苦労した作品。ちょうどこの頃は、大沢在昌の『新宿鮫』シリーズを『氷舞』まで一気に6冊読破した頃で、長編何するものぞとかなり強気だった。しかし、自動車レースとスパイものという組み合わせはいいのだが、なかなかのめりこめず、結局半月あまりかけて読了した。 舞台は、1930年代のフランス。主人公は華族出身の日本人青年・千代延義正で、自動車レースに惚れ込んでしまう。一方で、独ソのスパイ戦に巻き込まれていき、波瀾万丈の物語へと発展していく。さすがにラストのポーで開かれるレースのシーンでは手に汗を握るような感覚を覚えたが、そこへ行き着くまでが冗長。登場人物が多すぎて、主人公との関係を深める為なのか、偶然の出会いが散見されるのもマイナスポイント。どうもハードボイルド系は苦手である。
△0236 『邪魔』 >奥田英朗/講談社/2004.02.05 背表紙あらすじ:【上巻】及川恭子、34歳。サラリーマンの夫、子供二人と東京郊外の建売り住宅に住む。スーパーのパート歴一年。平凡だが幸福な生活が、夫の勤務先の放火事件を機に足元から揺らぎ始める。恭子の心に夫への疑惑が兆し、不信は波紋のように広がる。日常に潜む悪夢、やりきれない思いを疾走するドラマに織りこんだ傑作。 【下巻】九野薫、36歳。本庁勤務を経て、現在警部補として、所轄勤務。7年前に最愛の妻を事故でなくして以来、義母を心の支えとしている。不眠。同僚・花村の素行調査を担当し、逆恨みされる。放火事件では、経理課長・及川に疑念を抱く。わずかな契機で変貌していく人間たちを絶妙の筆致で描きあげる犯罪小説の白眉。 『最悪』の印象があまりよくなかったので、おそるおそる読み始めた。少し読み進めると、主要な登場人物が3人いることに気付く。妻を亡くしてから精神状態が不安定な警官・久野薫。夫が放火の疑いをかけられ、パート先のスーパーでは労働運動に巻き込まれ、散々な目に遭う及川恭子。不良仲間とつるみながら、警察とヤクザの両方から目を付けられてしまう高校生・渡辺裕輔。 3人が交互に登場し、少しずつ関係を持ち始める。なんだ、丸っきり『最悪』と同じパターンではないかと、急に読書ペースがダウンしてしまった。それでも、ラスト四分の一の盛り上がりはなかなかで、ここは一気に読了。『最悪』よりは面白かったが、ちょっとマンネリ気味か? もう一作、同じパターンであれば、読者に飽きられてしまうだろう。 さて、主要な登場人物が3人と言ったが、裕輔は他の2人に比べると影が薄い。久野は、妻の死から精神を病んでしまい、妻の母親、つまり義母に異常に傾倒していくし、恭子はパート先の労働運動にうやむやのうちに巻き込まれ、気分が高揚していく。このように2人に対しては、結構細かく心理描写を重ねているが、裕輔は警察とヤクザの板ばさみになるというシチュエーションがメインで、あまり心情を描いていない。また、裕輔はラストの一番重要なシーンに登場せず、ここは3人が1つの場所に集まってクライマックスを迎えた『最悪』に劣る点でもある。 久野を助ける佐伯という警官がなかなかいいキャラクターである。同僚の為に本気で怒り、本気で泣ける仲間。身の危険もありうる勤務の中で、同じ釜の飯を食っているからこそ起こる連帯感だろうか。サラリーマンの世界で、これほどまで仲間を大事にする人というのはあまりいないような気がする。 しかし、『邪魔』というタイトル。インパクトは強いが、果たして何が言いたかったのだろうか? 自分の存在を脅かす敵が「邪魔」なのか、自分自身の心の内側に宿る、弱気な部分が「邪魔」なのか? 『最悪』『邪魔』と続いて、次は『悪夢』だろうか、『嫌悪』だろうか・・・案外『幸福』だったりして。
苗村屋読書日記 [48]
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