[PR]薬用プロアクティブ公式サイト:実力派にきびケア、60日間返金保証


     
◎0240 『燃えよ剣』 司馬遼太郎
△0239 『知恵は金なり』 堀紘一
△0238 『プロフェッショナルの条件』 P・F・ドラッカー
△0237 『鋼鉄の騎士』 藤田宜永
△0236 『邪魔』 奥田英朗


◎0240 『燃えよ剣』 >司馬遼太郎/新潮文庫/1996.12.31・2004.02.11

 背表紙あらすじ:【上巻】幕末の動乱期を、新選組副長として剣に生き、剣に死んだ男、土方歳三の華麗なまでに頑なな生涯。武州石田村の百姓の子“バラガキのトシ”は、生来の喧嘩好きと組織作りの天性によって、浪人や百姓上りの寄せ集めにすぎなかった新選組を、当時最強の人間集団へと作りあげ、自身も思い及ばなかった波紋を日本の歴史に投じてゆく。人気抜群、司馬遼太郎の“幕末もの”の頂点をなす長編。 【下巻】元治元年六月の池田屋事件以来、京都に治の雨が降るところ、必ず土方歳三の振るう大業物和泉守兼定があった。新選組のもっとも得意な日々であった。やがて鳥羽伏見の戦いが始まり、薩長の大砲に白刃でいどんだ新選組は無残に破れ、朝敵となって江戸へ逃げのびる。しかし、剣に憑かれた歳三は、剣に導かれるように会津若松へ、函館五稜郭へと戊辰の戦場を血で染めてゆく。

 大河ドラマの『新選組!』につられて再読。いつか再読したいと思っていた名作なので、ちょうどいいきっかけだった。上下巻組みを一気に読了。歴史小説というのは下手をするとどんでもなくつまらなくなってしまうものだが、さすがは司馬遼である。再読にもかかわらず、ぐいぐい惹きこまれていった。

 そもそも、幕末という時代はあまり好きではなく、私の中で歴史小説といえば戦国時代であった。信長・秀吉・家康といった英雄と、そのライバルたち。力と力のぶつかり合いといった雰囲気が好きであった。それに比べると幕末から明治維新にかけては、「陰謀渦巻く」といった感じで暗さ感じていたのである。そして、その「暗さ」の象徴が、暗殺集団・新選組であった・・・。

 というのは本書を読むまでであり、新選組には新選組の正義があったのが良く理解できた。主義と主義のぶつかり合いが、たまたま多くの人の命を奪ってしまったということであろう。そうはいっても、「斬る」ことによって全てを解決しようとする姿勢にはやはり賛同しにくいのであるが。

 思うに、近藤勇という人物があまり好きではないのかもしれない。地位が上がれば上がるほど、自分を飾り立て、分不相応の振る舞いをしている辺りが気に入らない。その点、主役の土方歳三は、自分の性格をよくわきまえており、2番手である「副長」という地位でその能力を思う存分発揮していく。

 実を言うと今回は初読のときよりも興味深く読むことが出来た。それは、歳三の展開する組織論に魅了されたからである。最盛期の新選組は局長に近藤と芹沢鴨・新見錦の3人を置き、歳三は山南敬助とともに副長に就く。近藤に「歳、なぜ局長にならねぇ」と問われても笑って応えないのだが、その真意は近藤をして総帥の位置につかしめる為、副長の機能を最大限に発揮しようとしたところにある。隊の機能上、助勤、監察という隊の士官を直接握っているのは局長ではなく副長なのである。このような組織は歳三のオリジナルであり、組織作りの天才といわれた所以でもある。

 その後、山南を総長という名誉職に追いやってしまう。総長とは現在でいうとラインではなくスタッフ職であり、指揮権は局長−副長−助勤−平隊士という順に流れるため、歳三が実質の指揮権を掌握したといっていい。副長を一人にした理由が面白く、局長の口から出た言葉が、電光石火の様に平隊士まで届く様にするためには、途中に介在する人数はできるだけ少ない方がいいというのである。当時の藩の体制と言うと、重要な役職には必ず2人を充て交代制を取っていたのだが、このような旧習を苦もなく破っているのである。また、ここで語られているのはまさにフラットな組織であり、今の日本に最も必要なものではないか。

 歳三の副長としての機能は、創業当時のソニーやホンダをも彷彿とさせる。ソニーには盛田、ホンダには藤沢という強力な2番手がいた。トップを支える強力な2番手の存在が新選組の組織を強固なものにしていたといっていいだろう。歳三は沖田総司に、新選組がばらばらになるのはどういう時かと聞いているのだが、その答えは、「副長が隊士の人気を気にしてご機嫌取りをはじめるときさ」というもの。「副長が、山南や伊藤(甲子太郎)みたいにいい子になりたがると、にがい命令は近藤の口から出る。自然憎しみや毀誉褒貶は近藤へ行く。近藤は隊士の信を失う。隊はばらばらさ」と。

 沖田との会話をもう少し。沖田が「新選組はこの先、どうなるのでしょう」と問うと、歳三はからからと笑って、「どうなる? どうなるとは漢(おとこ)の思案ではない。おとことは、どうする、ということ以外に思案はないぞ」

 『燃えよ剣』の面白いところは、新選組が崩壊した後まで描いているところにもある。本書を読むまで、歳三が五稜郭の戦いに参戦していたことなど知らなかった。歳三の凄いところは、鳥羽伏見の戦いで洋式の隊に惨敗し、すぐに剣から銃に乗りかえるところである。長年自分を支えてきた剣をあっさり捨て、銃を取るなど常人にできることではない。「戦いに勝つ」という目的をしっかりと見据え、剣はそのための手段に過ぎなかったと言うことであろう。目的さえ達成できれば、手段は剣であろうが銃であろうが関係ない。本書を、自分の過去の経験ばかりに固執して、手段を改めようとしない日本の経営者たちにぜひ読ませたいものである。

 大河ドラマの方は、年間49週あるということで、近藤勇の印象的な49日をピックアップして描いたものだそうである。このあたりの発想の面白さが脚本化・三谷幸喜のすごいところである。配役もはまり役が多く1年間楽しめそうである。最後に、備忘の為、最盛期の新選組の組織図を抜粋。

  • 局長:近藤勇
  • 副長:土方歳三
  • 参謀:伊東甲子太郎
  • 一番隊組長:沖田総司
  • 二番隊組長:永倉新八
  • 三番隊組長:斎藤一
  • 四番隊組長:松原忠司
  • 五番隊組長:武田観柳斎
  • 六番隊組長:井上源三郎
  • 七番隊組長:谷三十郎
  • 八番隊組長:藤堂平助
  • 九番隊組長:鈴木三樹三郎
  • 十番隊組長:原田左之助
 追伸:作中では「新選組」という表記になっており、大河ドラマの方も「新選組!」である。中には「新撰組」という表記もあり、どちらが正しいのかと疑問だったが、史実では近藤や歳三自身、両方を使い分けていたそうである。そういえば、坂本龍馬は本書でも「竜馬」であった。

>2004.02.11.WED


△0239 『知恵は金なり』 >堀紘一/PHP/2003.06.24・2004.02.09

 我が社のシステム導入時に、先輩から「知恵」の大切さを教わり、その後本屋でタイトルの面白さに惹かれて購入したもの。今回は再読だが、改めていいタイトルだと思った。『知恵は金なり』とは言いえて妙である。

 さて、私は仕事をしていく上で、3つの要素が必要だと考えている。一つは基本的な仕事のやり方。報告の仕方だとか、スケジュール管理・進捗管理の手法などである。もう一つは基礎知識。私の場合、会計知識などがこれに相当する。そして、3つめが本書でも触れられている「知恵」である。

 スポーツに例えるなら、仕事のやり方は「技術」であろう。早く覚えれば覚えるほど、習慣のように体に残るものである。ブランクがあっても自転車に乗れるように、身体に覚えこませることが大事である。仕事を終えたら必ず報告を行なう、入手した情報は関係者に遅滞なく連絡する、などという基本的な仕事のやり方は、習慣にしてしまわなければならない。基礎知識は「体力」。体力は常に維持していないと衰えてしまうが、知識についても常にアップデートしておかないと、時代遅れになってしまう。そして知恵を出すということは、「試合」に臨むことである。「技術」と「体力」が伴わないと、試合には勝てない。常に両者を磨いておかなければならない。

 しかし、著者が指摘するように、日本では「知恵」を出すという文化が育っていない。これは差し詰め、「試合」を放棄しているようなものである。不戦敗というのは、あまりにも情けないではないか。せめて「試合」に出場し、出場するからには勝利を目指したいと思うのである。

 前置きが長くなったが、本書では堀紘一氏率いるドリーム・インキューベータというコンサルティング会社のメンバーが、コンサルタントという仕事に触れながら、そのノウハウを公開している貴重なものである。私自身、本書を読むまではコンサルタントという仕事に対して、ボンヤリとしたイメージしか持っていなかったのだが、この本のおかげで随分と具体的な知識を得ることができた。特に、コンサルタントを、「先生」「戦略」「定型」「総研」の4つに分類したのが分かりやすかった。

 最初に目次を眺めて、MBAの教科書に出てくるような分析手法などについて触れられているのかと思ったのだが、中味をよく読んでいくと、総じて「人材」の大切さが述べられている。ドライな戦略よりもむしろ、「ヒト」の大切さに多くの紙面が割かれているところに好感を持った。確かにベンチャー企業などの小さな組織では、余剰な人員を抱えている余裕などないだろうから、一人一人の重要度が大企業と比べると格段に大きいのだろう。そして、人材を育てる「組織」、知恵が出るような「組織」づくりが、ベンチャー企業の発展の為には必要不可欠だと感じたのである。

 堀氏といえば、様々な雑誌でもコメントを残されているが、その中から気になったものを抜粋してみたい。

  • 一流のものに触れ、一流の人に会うこと。そうすると、自分はまだまだだと気づかされ、向学心が芽生えてくる。
  • 夢を手にする最良の方法は、失敗を沢山することだと心得よ。
  • 本を出来るだけ沢山読むこと以外に、「仕事が出来る人」への近道はない。
  • 臍を噛むような経験をしてはじめて、人の上に立つ人間になることが出来る。
  • 毎日同じ仕事のやり方をしていないか。絶えず自らの心に問いかけよ。
  • 失敗して骨は折っても、心は折るな。その為には信頼できる仲間が必要。
  • 1日3回失敗するには、1日3回の挑戦が必要。
 最後に、これからは「学歴」ではなく「学習歴」が大切だという言葉には大変励まされた。学習というのは、最初はとっつきにくいが、一度始めてしまうと以外に面白いものだし、ましてやそれが仕事に直結するとなると、俄然やる気が出てくる。最初は本の受け売りでも、仕事の説明の際に自分の言葉に置き換えて話をしているうちに、頭に沁みこんでくるように感じる。そこから、新しいアイデアが生まれてくるときなど「知識」から「知恵」への転換が起こっているような気がして、嬉しくなるのである。

>2004.02.10.TUE


△0238 『プロフェッショナルの条件』 >P・F・ドラッカー/ダイヤモンド社/2000.12.29

 今後求められるであろう、人材とそのスキルを、持ち前の先見性で鋭く指摘している一冊。キーポイントを抜粋。キーワードは「知識労働者」

  • 肉体労働に関しては、より賢く働くことが生産性を向上させる上で重要な鍵である。だが、知識労働に関しては、それが唯一の鍵である。もちろん、知識労働における、より賢く働くということの意味は、肉体労働のそれとは大いに異なる。
  • 病院の看護人達は、看護学校で学んだこと、給与を支払われている本来の仕事、つまり看護の為に時間の半分しか使っていない。時間の半分は、看護人としての技能や知識を要しない医療的にも経済的にも価値のないこと、患者の世話や患者の満足とは関係のないことに使わされている。言うまでもなく、膨れ上がる一方のペーパーワークがそれである。

  • 3種類の知識労働
    1. 純粋に質が問われる仕事:例)研究所の仕事。研究成果の数は、質に比べれば全く二義的。戦略計画、医療の診断、放送や雑誌の編集など。
    2. 質と量をともに成果とすべき仕事:例)デパートの店員。顧客の満足という質的側面と、売上高という量的側面が同等に重要。
    3. 成果が肉体労働と同種の仕事:例)病院のベッドメーキング。質は前提条件であり、制約条件である。成果はほとんど量で定義される。

  • 知識労働者は自らが教えるときにもっともよく学ぶ。
  • ものごとを成すべきものの仕事は、成果をあげることであり、成果をあげるためには能力が必要である。仕事や成果を大幅に改善するための唯一の方法は、成果をあげるための能力を向上させることである。
  • 成果をあげる人に共通しているのは、自らの能力や存在を成果に結びつける上で必要とされる習慣的な力である。成果をあげることは一つの習慣である。習慣的な能力の集積である。

  • いかに若い新入りであろうと、貢献に焦点をあわせ、結果に責任を持つ者は、もっとも厳格な意味において、トップマネジメントである。
  • なすべき貢献には、直接の成果、価値への取り組み、人材の育成の3つがある。
  • 10年あるいは15年にわたって有能だった人が、なぜ急に凡人になってしまうのか。彼らは新しい任務についても、前の任務で成功していたこと、昇進をもたらしてくれたことをやりつづける。そのあげくに、役に立たない仕事しかできなくなる。正確には彼ら自信が無能になったからではなく、間違った仕事の仕方をしているために、そうなっている。→新しい任務が要求するものについて、徹底的に考え抜くこと。

  • 何か重要な決定をする際に、その期待する結果を書きとめておかなければならない。一定期間の後、実際の結果とその期待を見比べて見なければならない。
  • 「自らの強みが何か」を知ること、「それらの強みをいかにしてさらに強化するか」を知ること、そして「自分には何ができないか」を知ることこそ、継続学習の要である。

  • 成果をあげるための、「いくつかの簡単なこと」
    1. 努力を続けることこそ、老いることなく成熟するコツである。
    2. 流すような仕事をしない。仕事において真摯さを重視する。つまり、誇りを持ち、完全を求める。
    3. 日常の中に継続学習を組み込む。常に新しいことに取り組み、昨日行ったことを今日も行うことに満足しない。
    4. 自らの仕事ぶりの評価を、仕事そのものの中に組み込む。
    5. 行動や意志決定がもたらすべきものについての期待を、あらかじめ記録し、後日、実際の結果と比較する。このようにして、自らの強みを知り、 改善や変更や学習しなければならないことを知る。また、得意でないこと、したがって他の人に任せるべきことも知る。
    6. 仕事や地位や任務がかわったときには、新しい仕事が要求するものについて徹底的に考える。新しい仕事というものは必ず、前の仕事とは 違う何かを要求するものである。

  • 仕事の仕方についてはじめに知っておくべきことは、自分が「読む人間」か「聞く人間」かということである。つまり、理解の仕方に関することである。世の中には読み手と聞き手がいること、しかも、その両方であるという人はほとんどいないということは、知らない人が多い。
  • 成果をあげる者は、仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間が取られているかを明らかにすることからスタートする。次に、時間を管理すべく、自分の時間を奪おうとする非生産的な要求を退ける。そして最後に、その結果得られた時間を大きくまとめる。すなわち、時間を記録し、管理し、まとめるという3つの段階が成果をあげるための時間管理の基本となる。

  • 仕事を整理する
    1. する必要の全くない仕事、すなわち、いかなる成果も生まない完全な時間の浪費である仕事を見つけ、捨てなければならない。
    2. 「他の人でもやれることは何か」を考えなければならない。
    3. 自らがコントロールし、自らが取り除くことのできる時間浪費の原因を排除しなければならない。

  • マネジメントの欠陥がもたらす時間の浪費
    1. システムの欠陥や先見性の欠如からくる時間の浪費。つまり、周期的な混乱、繰り返される混乱。 繰り返し起こる混乱は予知できる。したがって、予防するか、事務的に処理できる日常の仕事にルーティン化しなければならない。 ルーティン化とは、判断力のない未熟練の人でも、天才的な人間を必要とするような仕事を処理できるようにすることである。
    2. 人員過剰からくる時間の浪費。つまり、成果をあげるには人が多すぎ、したがって、仕事をするよりも互いに作用しあい、影響し合うことに、ますます多くの時間が使われているということ。
    3. 組織構造の欠陥からくる時間の浪費。つまり、会議の過剰。人は仕事をするか、会議に出るかで、両方を同時に行うことはできない。会議は原則ではなく例外にしなければならない。会議の過多は、仕事の組み立て方や、組織の単位に欠陥があることを示す。たとえば、一つの仕事や組織単位に属すべき仕事が、いくつかの仕事や組織単位に振り分けられていることを示す。責任が分散され、情報が必要な人間に与えられていないことを示す。
    4. 情報に関わる機能障害からくる時間の浪費。情報が必要とする人に行き渡らないために、無駄な仕事が増えてしまう。

  • 自分の時間を知る:成果をあげるためには、自由に使える時間を大きくまとめる必要がある。時間の管理は継続的に行われなければならない。また、時間の記録をとり、定期的に仕事の整理をしなければならない。自由にできる時間の量を考え、重要な仕事については、締め切りを自ら設定しなければならない。大きな成果をあげている人は、緊急かつ重要な仕事とともに、気の進まない仕事についても締め切りを設けたリストを作っている。その締切日に遅れ始めると、自由にできる時間が再び奪われつつあることを知る。
  • 成果をあげる秘訣を一つだけあげるならば、それは「集中」である。成果をあげる人は、最も重要なことから始め、しかも、一度に一つのことしかしない。まとまった時間を手に入れるためには、厳しい自己管理と、ノーと言えるだけの不動の決意が必要である。

  • 集中するための原則は、もはや生産的でなくなった、過去のものを捨てることである。古いものの計画的な廃棄こそ、新しいものを強力に進める唯一の方法である。
  • 優先順位と劣後順位に関して重要なことは、分析ではなく勇気である。優先順位の決定についての4原則。(1)>過去ではなく未来を選ぶ。(2)問題ではなく機会に焦点を当てる。(3)横並びではなく自らの方向性をもつ。(4)無難で容易なものではなく変革をもたらすものに照準を合わせる。
  • 「集中」とは、真に意味のあることは何か、最も重要なことは何か、という観点から、時間と仕事について自ら意志決定をする勇気のことである。

  • 成果をあげるためには、
    1. 意志決定の数を多くしてはならない。問題の根本をよく理解して決定しなければならない。
    2. 何についての決定であり、何を満足させるかを知る必要がある。基本をよく理解して決定すべきものと、個々の事情に基づいて決定すべきものとを峻別しなければならない。
    3. 正しい妥協とそうでない妥協の見分け方を知らなければならない。
    4. 決定は実務レベルに下ろさない限り、決定とは言えない。

  • 問題を解決するためには「基本的な問題か、例外的な問題か」「何度も起こることか、個別に対処すべきことか」を問わなければならない。基本的な問題は、原則や手順を通じて解決しなければならない。例外的な問題は、その状況に従い個別の問題として解決する必要がある。しかし、あらゆる問題が基本の理解に基づいた解決策を必要とする。一度正しい原則を得るならば、同じ状況から発する問題は全て実務的に処理できる。問題の具体的な状況に応じて原則を適用できる。
  • 意見の不一致は、(1)組織の囚人になることを防ぐ、(2)選択肢を与える、(3)創造力を刺激する、という3つの理由から必要である。意見の不一致は、もっともらしい決定を正しい決定に変え、正しい決定を優れた決定に変える。
  • 「意志決定は本当に必要か」を自問しなければならない。何も決定を行わないという代替案も常に存在する。

  • 聞くものがいなければコミュニケーションは発生しない。つまり、受け手の言葉を使わなければコミュニケーションは成立しない。我々は聞くことを期待しているものだけを聞くことができる。
  • 従来の組織は、指揮命令の権限に基礎を置いていた。これに対し、情報型組織は責任に基礎を置く。情報型組織が最も必要とするものは、現場からトップに至るまで、自己規律と責任の上に立つリーダーシップである。

  • リーダーたることの要件
    1. リーダーシップを仕事と見ることである。効果的なリーダーシップの基礎とは、組織の使命を考え抜き、それを目に見える形で明確に定義し、確立することである。リーダーとは、目標を定め、優先順位を決め、基準を定め、それを維持するものである。もちろん、妥協することもあるが、妥協を受け入れる前に、何が正しく、望ましいかを考え抜く。
    2. リーダーシップを、地位や特権ではなく、責任と見ること。優れたリーダーは常に厳しい。真のリーダーは、他の誰でもなく、自らが最終的に責任を負うべきことを知っているがゆえに、部下を恐れない。
    3. 信頼が得られること。信頼が得られない限り、従う者はいない。そもそもリーダーに関する唯一の定義は、つき従うものがいるということである。信頼すると言うことは、必ずしもリーダーを好きになることではない。常に同意できるということでもない。リーダーの言うことが真意であると確信を持てることである。真摯さという誠に古臭いものに対する確信である。リーダーが公言する信念とその行動は一致しなければならない。リーダーは賢さに支えられるものではない。「一貫性」に支えられるものである。

  • アンドリュー・カーネギーの墓碑銘:「おのれよりも優れた者に働いてもらう方法を知る男、ここに眠る」
  • 人に成果をあげさせる為には、「自分とうまくやっていけるか」を考えてはならない。「どのような貢献ができるか」を問わなければならない。
  • イノベーションとは、理論的な分析であるとともに、知覚的な認識である。従って、イノベーションを行うにあたっては、外に出、見、問い、聞かなければならない。イノベーションに成功する者は右脳と左脳の両方を使う。数字を見るとともに、人を見る。

  • イノベーションに成功するためには、小さくスタートしなければならない。大掛かりであってはならない。具体的なことだけに絞らなければならない。凝りすぎてはならない。多角化してはならない。散漫になってはならない。一度に多くの事を行おうとしてはならない。
  • イノベータ-は、犯してはならないリスクを明らかにし、それを最小限にしなければならない。リスク志向ではなく、機会志向でなければならない。
  • 成長のプロセスを維持していくための強力な手法を3つあげるなら、教えること、移ること、現場に出ることである。(1)うまくいったことを、どのようにうまくいったかを仲間に教えることで、自らが学ぶ。(2)別の組織で働くことで、新たな選択の道が開かれる。(3)一年に何度か現場で働く。

>2004.02.06.SAT


△0237 『鋼鉄の騎士』 >藤田宜永/角川書店/1998.03.25

 背表紙あらすじ:【上巻】第二次大戦直前、世界中にキナ臭い空気が漂う1935年。左翼運動に挫折しパリにやって来た、子爵家出身の日本人青年がいた。偶然、目にしたトリポリ・グラン・プリに魅せられ、青年はレーサーを目指す。ナチスの足音、スターリンの影に震える欧州で、国際諜報戦に巻き込まれつつも疾走する熱い青春―。冒険小説の枠を超えた面白さで圧倒する超大作2500枚。’95年、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会特別賞受賞。 【下巻】見事に初勝利を果たした千代延義正は、1938年南仏・ポーで開催されるレースに向け、トレーニングに明け暮れていた。だが、国際紛争の火種がついにくすぶりはじめる。活発化する列強の謀略戦は、義正の運命をも変えつつあった。駐仏陸軍武官の公職と私情との狭間で苦悩する父・宗平。そして、二人の女性の行く末は? 怒涛のクライマックスへ、物語はブガッティの如く一気に駆け抜ける!'95年、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会特別賞受賞。

 とにかく分厚くて、読むのに一苦労した作品。ちょうどこの頃は、大沢在昌の『新宿鮫』シリーズを『氷舞』まで一気に6冊読破した頃で、長編何するものぞとかなり強気だった。しかし、自動車レースとスパイものという組み合わせはいいのだが、なかなかのめりこめず、結局半月あまりかけて読了した。

 舞台は、1930年代のフランス。主人公は華族出身の日本人青年・千代延義正で、自動車レースに惚れ込んでしまう。一方で、独ソのスパイ戦に巻き込まれていき、波瀾万丈の物語へと発展していく。さすがにラストのポーで開かれるレースのシーンでは手に汗を握るような感覚を覚えたが、そこへ行き着くまでが冗長。登場人物が多すぎて、主人公との関係を深める為なのか、偶然の出会いが散見されるのもマイナスポイント。どうもハードボイルド系は苦手である。

>2004.02.06.FRI


△0236 『邪魔』 >奥田英朗/講談社/2004.02.05

 背表紙あらすじ:【上巻】及川恭子、34歳。サラリーマンの夫、子供二人と東京郊外の建売り住宅に住む。スーパーのパート歴一年。平凡だが幸福な生活が、夫の勤務先の放火事件を機に足元から揺らぎ始める。恭子の心に夫への疑惑が兆し、不信は波紋のように広がる。日常に潜む悪夢、やりきれない思いを疾走するドラマに織りこんだ傑作。 【下巻】九野薫、36歳。本庁勤務を経て、現在警部補として、所轄勤務。7年前に最愛の妻を事故でなくして以来、義母を心の支えとしている。不眠。同僚・花村の素行調査を担当し、逆恨みされる。放火事件では、経理課長・及川に疑念を抱く。わずかな契機で変貌していく人間たちを絶妙の筆致で描きあげる犯罪小説の白眉。

 『最悪』の印象があまりよくなかったので、おそるおそる読み始めた。少し読み進めると、主要な登場人物が3人いることに気付く。妻を亡くしてから精神状態が不安定な警官・久野薫。夫が放火の疑いをかけられ、パート先のスーパーでは労働運動に巻き込まれ、散々な目に遭う及川恭子。不良仲間とつるみながら、警察とヤクザの両方から目を付けられてしまう高校生・渡辺裕輔。

 3人が交互に登場し、少しずつ関係を持ち始める。なんだ、丸っきり『最悪』と同じパターンではないかと、急に読書ペースがダウンしてしまった。それでも、ラスト四分の一の盛り上がりはなかなかで、ここは一気に読了。『最悪』よりは面白かったが、ちょっとマンネリ気味か? もう一作、同じパターンであれば、読者に飽きられてしまうだろう。

 さて、主要な登場人物が3人と言ったが、裕輔は他の2人に比べると影が薄い。久野は、妻の死から精神を病んでしまい、妻の母親、つまり義母に異常に傾倒していくし、恭子はパート先の労働運動にうやむやのうちに巻き込まれ、気分が高揚していく。このように2人に対しては、結構細かく心理描写を重ねているが、裕輔は警察とヤクザの板ばさみになるというシチュエーションがメインで、あまり心情を描いていない。また、裕輔はラストの一番重要なシーンに登場せず、ここは3人が1つの場所に集まってクライマックスを迎えた『最悪』に劣る点でもある。

 久野を助ける佐伯という警官がなかなかいいキャラクターである。同僚の為に本気で怒り、本気で泣ける仲間。身の危険もありうる勤務の中で、同じ釜の飯を食っているからこそ起こる連帯感だろうか。サラリーマンの世界で、これほどまで仲間を大事にする人というのはあまりいないような気がする。

 しかし、『邪魔』というタイトル。インパクトは強いが、果たして何が言いたかったのだろうか? 自分の存在を脅かす敵が「邪魔」なのか、自分自身の心の内側に宿る、弱気な部分が「邪魔」なのか? 『最悪』『邪魔』と続いて、次は『悪夢』だろうか、『嫌悪』だろうか・・・案外『幸福』だったりして。

>2004.02.05.THU

苗村屋読書日記 [48]

     



































[PR]≪恋愛の神様≫恋占い800種:月額178円!運命の相手を占える♪