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![]() △0245 『幻世の祈り』 天童荒太 ○0244 『博士の愛した数式』 小川洋子 △0243 『会社を使って「仕事力」をつける50の方法』 国司義彦 ○0242 『ボッコちゃん』 星新一 △0241 『頭のいい人悪い人、その差はここだ!』 高橋浩 △0245 『幻世の祈り(家族狩り第一部)』 >天童荒太/新潮文庫/2004.02.16 背表紙あらすじ:高校教師・巣藤浚介は、恋人と家庭をつくることに強い抵抗を感じていた。馬見原光毅刑事は、ある母子との旅の終わりに、心の疼きを抱いた。児童心理に携わる氷崎游子は、虐待される女児に胸を痛めていた。女子高生による傷害事件が運命の出会いを生み、悲劇の奥底につづく長き階段が姿を現す。山本賞受賞作の構想のもとに、歳月をかけて書き下ろされた入魂の巨編が、いま幕を開ける・・・。 あらすじの通り、『家族狩り』をもとに構成し直した作品である。最初は、『家族狩り』の続編のつもりで読み始めたのだが、同じようなシーンが何度も出てくる。戸惑いながら読み進めるうちに、これは『家族狩り』の文庫化なのだと気付いた。高村薫が『我が手に拳銃を』や『マークスの山』を全面改稿したように、天童荒太も全面改稿という荒業をひっさげてやってきたという感じか。 『家族狩り』の続編という認識だったので、いきなり文庫本での書き下ろしというのには好感を抱いた。単行本で5冊も出されては、なかなか手をだせない。廉価で多くの人に読んでもらいたい作者のいとなのだと思っていた。しかし、読了後、筆者あとがきを読み、少し事情が違うなと思った。筆者自身、5冊で単行本と同じ値段設定にしたとのことで、私の推測も当らずとも遠からずだったのだが、『家族狩り』執筆当初に比べて、さらに悪化する世界情勢や家族の中の悲劇を目の当たりにし、もう一度、「家族」というテーマに取り組んで見たかったとのことである。 連作長編というと宮本輝の『流転の海』を思い出すが、『流転の海』が1篇ずつ完結しているのに対して、本作は第5部でようやく完結となりそうである。というわけで、第1部を読んだだけでは、感想を書きづらいというのが正直なところである。一つ難点を言えば、『家族狩り』を読んでいることを前提にした書き方になっているところだろうか。人物の描写が少し分かりにくいと思った。筆者あとがきでは、5冊それぞれ独立しても読める作品を目指したとのことだが、続けて読まないと面白みは分からないだろう。 いずれにせよ、寡作の天童荒太が筆をとったことは朗報である。月1冊の刊行と言うことで、読者の声を反映しながら、物語が変わる可能性もあると言う。ちゃんと毎月発売されるか、心配も残るが、増えた愉しみの方が大きい。 最後に、帯に書かれていた作者の言葉を抜粋。「国内に、また世界に悲しみがあふれるいま 届けるべき物語とは何か考えぬいた結実です」 天童荒太 >『家族狩り』| 『幻世の祈り』| 『遭難者の夢』| 『贈られた手』| 『巡礼者たち』| 『まだ遠い光』
○0244 『博士の愛した数式』 >小川洋子/新潮社/2004.02.15 読んでいる途中ではなく、読み終わってしばらくしてから、じーんと心に沁みた作品。最初は、数学の難しい話かと思い、なかなか読書のペースが上がらなかったが、後半スピードアップして、一気に読了。ラストでは、少し涙も。 物語には3人の人物が登場する。18歳で結婚せずに子供を生み、以後家政婦として息子との二人暮らしを続けている「私」。頭のてっぺんが平らで、√記号に似ているからと、「ルート」という名前をつけてもらった阪神ファンの10歳の息子。そして、表題に出てくる「博士」は交通事故以来80分しか記憶が持たないという傷害を負ってしまった天才数学者のこと。 私が博士の家の家政婦として働き始めるところから、物語は始まる。友愛数だの完全数だの、聞きなれない言葉に戸惑いながらも、博士の分かり易い説明でなんとなくわかったような気になってくる。物語中に「素人」を1人設定し(この場合は「私」)、その素人に対して物事を教えるような形をとると、説明臭くならないそうだが、本書はそんなテクニックをうまく活用している。
せっかくなので、友愛数と完全数とはどんなものかを書き留めておきたい。まず、友愛数だが、220と284がこれにあたる。それぞれの約数の和が相手の数になるもの。つまり、 博士のキャラクターがいい。記憶を補助する為に、背広の至る所にメモ用紙をクリップで貼り付けている。髪はボサボサで、フケだらけ。靴には黴が。普段はご飯粒やスープを食い散らかすのに、子供の前だととたんに紳士的な振る舞いができる。そんな博士の最も大事なメモは「僕の記憶は80分しかもたない」というもの。そして、「私」の似顔絵を書いた、「新しい家政婦さん、と、その息子10歳 √」 この博士が泣き出してしまうシーンがあるのだが、わけもなく切なくなってしまった。また、家政婦をクビになったり、博士の記憶の時間が狂いだしたりして、この先どうなるのかとページをめくる手が止められなくなってしまった。そしてラストは・・・ハッピーエンドとも言えなくないが、切なさが残る展開。それにしてもルートは、母子家庭という環境で、まっすぐに育っている。「私」の努力もさることながら、博士の存在が大きかったのだろう。 博士の存在以外は、日常的な話である。伏線もからくりも全くない。それでいて、読者をぐいぐいと引き込む筆力はなかなかのもの。ミステリーばかり読んでいると、たまにはこういった作品もいいかなと思う。
△0243 『会社を使って「仕事力」をつける50の方法』 >国司義彦/成美文庫/1999.05.19 1999年というと、会社に入って始めての部署異動を経験した頃である。最初は、意に添わない異動だったのだが、やってみると意外に面白い仕事だと思ったのを懐かしく思い出す。特に、「今の自分がおもしろくないなら、おもしろく改善すること」という言葉には勇気付けられたと思う。結局、そのまま5年の歳月が。いろいろあったが、結構面白い仕事が出来たのではと、自己満足の今日この頃。
○0242 『ボッコちゃん』 >星新一/新潮文庫/2004.02.14 私が星新一の作品に出会ったのは、中学2年生の時。それまで、読書は好きだったが文庫本は読んだことがなかった。そんな私がはじめて読んだ文庫本が星新一の『ボッコちゃん』。一発ではまってしまい、休みのたびに父親にせがんで古本屋へ。気に入った作者の作品にはすべて目を通さないと気が済まないのはこのころからかもしれない。 今回、古本屋で100円で売っていたのを買ってみたのだが、再読し改めて星新一という人のすごさを思い知らされた。本書は昭和46年の作品、つまり私が生まれる前のものなのだが、30年たった今でも、古びた感じがまったくしない。それもそのはずで、作品が時代の波に押し流されることのない様、一万円札と書かずに「高額紙幣」と書いたりするなど、作品の普遍性にこだわり続けたそうである。通貨の価値が変わることまで見越して作品を書くなど、常人と発想が根本から違う。その他、有名な「エヌ氏」だが、匿名性を持たせつつ、かつ「N氏」では、和文中では浮いてしまうとの配慮から生まれた名前。芸が細かいというか、すばらしいプロ根性である。とにかく、私を活字中毒の海へ引きずり込んでくれた作品達である。 ショート・ショートというのは感想が書きづらいが、お気に入りの作品を少し紹介したい。 『おーい でてこい』・・・本書の中で一番好きな作品。なんでも吸い込んでしまう「穴」が出てくるのだが、環境汚染などを皮肉っているようにも感じる寓話的な作品。ラスト近くに聞こえる声には、あとからじわじわと恐怖が沸き起こる。 『暑さ』・・・暑さに気が狂いそうになる男の話。虫を潰すと頭がすっきりして、ひと夏を快適にすごすことができる。しかし、男の狂気はだんだんエスカレートして・・・こちらも余韻の残る恐怖が魅力。 『ねらわれた星』・・・宇宙人に狙われた地球。侵略の為に、人類の皮膚を溶かしてしまう薬品を開発するのだが・・・羞恥心を感じるという人間の特徴を的確に捉え、かつ風刺を利かせた作品。 『親善キッス』・・・訪れた星で、美人とキスをしようと、キスが地球式の挨拶のスタイルだと嘘をつく地球からの親善使節段。地球の常識が宇宙では通じないということ。まるで、日本の常識が世界で通じないことを揶揄しているような・・・ 『ゆきとどいた生活』・・・眠ったまま会社まで自動的に連れて行ってくれるような未来の話。何もしなくても、自動で準備してくれるなんて、素敵だと思っていると・・・ 『闇の目』・・・進化を遂げつつある人類の話。視覚が不要で、闇の中でも物を見ることができる子供を産んでしまった夫婦。暗闇で交わされる言葉が恐怖と悲しみをかもし出している。 『追い越し』・・・SFではなく、ちょっと現実味を帯びた作品。別れた女性が自殺をしてしまうのだが、死んだはずのその女性が追い越した車の窓から・・・
△0241 『頭のいい人悪い人、その差はここだ!』 >高橋浩/PHP文庫/1996.12.12 頭がいいとか悪いとかいうのは、先天的なものもあるだろうが、ある程度は訓練で決まるものだと思っている。勉強ができる、できないではなく、生活をしていく上での頭のよさのことであるが・・・。結局、常に物事の本質を見極めようだとか、効率のいい物事の進め方をしようだとかいうことを、考え続けることができるかどうかだと思う。世の中、ややこしい事は多いが、難しい事はさほど多くはないと開き直っている私。いかにシンプルになれるかが肝要。
■普通の人が… ■頭のいい人が陥りやすい落とし穴 ■頭のいい人は… ■本の読み方(ビジネス書)
苗村屋読書日記 [49]
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