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![]() ○0250 『終戦のローレライ』 福井晴敏 △0249 『青の炎』 貴志祐介 ×0248 『ナイト・ダンサー』 鳴海章 △0247 『企画力をつける〜知のノウハウ』 高橋誠 △0246 『TUGUMI つぐみ』 吉本ばなな ○0250 『終戦のローレライ』 >福井晴敏/講談社/2004.02.21 長い。決して冗長ではないのだが、2段組みで上下2冊組み。総ページ数1,050ページは半端ではない。重い。通勤電車の中で感じた、重量もさることながら、「戦争」という理不尽な行いに対する筆者の叫びが重さとなって心を撃つ。濃い。第2次世界大戦と原子爆弾投下の裏に隠された秘密を、フィクションとは思えない構想で色濃く描写している。深い。1人1人のキャラクター造詣が徹底されていて、それぞれの過去からの想いが深く刻まれている。 冗長さを感じさせないのは、目まぐるしく変わる物語の展開のせいだろう。少しネタバレになるかもしれないが、☆まずは、海の底に置き忘れられた「ローレライ」と呼ばれる秘密兵器の回収作戦。次に「ローレライ」をウエーク島まで届ける運搬作戦。そして「ローレライ」を敵国に渡してなるものかと、クルーたちが団結して戦う奪回作戦。最後に、米国の3つ目の原子爆弾投下を阻止しようと、B29を狙い打つ襲撃作戦。☆全ての作戦がスリリングで手に汗握り、心臓に悪いほど面白い。 潜水艦のクルーには、ある種のプロ意識を感じる。勿論他の軍隊にもプロ意識はあるのだろうが、太陽が当らず、空気さえもまともに吸えない穴倉の中で、聴覚だけを頼りに航行する様には、荘厳さを感じる。映画『レッド・オクトーバーを追え』や、漫画『沈黙の艦隊』が人気を呼ぶのも、知らず知らずのうちに潜水艦とという特殊性に心惹かれるからではないだろうか。また、本書は映画『グラン・ブルー』の面白さも併せ持っている。「ローレライ」を回収しようと海に潜る折笠征人。敵船がうごめく中とはいえ、蒼い海の中を潜行する様を映像にすれば、さぞ美しいだろう。そして、姿を現した「ローレライ」には、漫画『AKIRA』や『Monster』の構想をも上回る骨太の物語を予見させるものがある。 さて、誉めてばかりいてもつまらないので、気になった点を挙げてみたい。まずは登場人物のキャラクターである。前作である『亡国のイージス』と設定が似通っているように感じるのだ。まず、艦長の絹見(まさみ)真一。日本のあり方を叫びながら死んでいった弟の亡霊を引きずりながら生きている姿は、『亡国』で息子を亡くした宮津に重なる。ドイツ人と日本人のクオーターで妹と生き残るために冷酷に徹するフリッツ・S・エブナー。頑固な一方、次第にクルーたちに心を開いていく様は『亡国』の如月である。そして、こちらは年齢が大きく離れているが、パウラの心をその真摯な性格で温かく溶かしていく折笠征人の役所は、『亡国』の仙石につながる。理想論だけを掲げて暴力に訴えようとする浅倉大佐は、北の戦士・ヨンファのよう。もちろんのこと、全く同じキャラクターではないのだが、固い意志を持った艦長、少しずつ心を開く頑固者とその心を開こうとする心優しき隊員という構図は、やはり設定としては面白いので下手をするとマンネリに陥るのではないかと心配である。 ラストも気に入らない。一気に時代を超える設定は良いのだが、戦後から現代を冗長に語りすぎ。クライマックスに向けて盛りあがるべきところで、作者の「戦後論」に大半を割いてしまっている。☆生き残った、いや生き残ってしまった征人が、戦友たちに対して申し訳ないと涙を流すシーンでは、私もジーンときたのだが、話の持って行き方によってはもっと大きな感動を生むことができたと思う。☆一方、昭和の歌を各シーンにちりばめたのはなかなか良かった。古い歌なのに私でも知っているものが多く、当時の歌の息の長さにびっくりすると同時に、これは毎日費消されていく現代の歌に対する批判ではないかとも感じた。作者は、歌の寿命の短さ、軽さとともに、日本人の気質も軽くなってしまったと嘆いているのだろう。 2週間近く私を魅了しつづけた『終戦のローレライ』 映画や漫画とも比べてしまったが、『終戦のローレライ』は『終戦のローレライ』であり、他の作品とは比べるべくも無いだろう。ただ、戦争という重いテーマを扱いながらも、世の中の一流のエンターテインメントと比べても遜色の無い舞台を用意しているところに、作者のすごさを感じたのである。これは私の持論なのだが、重いテーマであればあるほど、ストーリーを面白くして多くの人に読んでもらえるよう仕向けるべきである。そういった意味でも、この物語は私を含めて戦争を知らない世代がしっかりと読むべき「時代の教科書」とも言えるだろう。
△0249 『青の炎』 >貴志祐介/角川書店/2000.03.28 背表紙あらすじ:櫛森秀一は、湘南の高校に通う十七歳。女手一つで家計を担う母と素直で明るい妹との三人暮らし。その平和な家庭の一家団欒を踏みにじる闖入者が現れた。母が十年前、再婚しすぐに別れた男、曾根だった。曾根は秀一の家に居座って傍若無人に振る舞い、母の体のみならず妹にまで手を出そうとしていた。警察も法律も家族の幸せを取り返してはくれないことを知った秀一は決意する。自らの手で曾根を葬り去ることを…。完全犯罪に挑む少年の孤独な戦い。その哀切な心象風景を精妙な筆致で描き上げた、日本ミステリー史に残る感動の名作。 『エイジ』を読んで思い出したのだが、少年犯罪をさらに犯人の立場から描いた作品。しかし、本書は、日常のストレスから発作的に起こる犯罪ではなく、周到に計画されたものだという点で、昨今の少年犯罪と大きく異なるのではなかろうか。主人公・櫛森秀一は、殺人がばれたら、たちまちインターネット上に素顔がさらされ、生きていくのが辛くなるであろうことを充分に認識している。それでもなお、犯罪に踏み切った少年の悲劇である。 秀一は湘南の高校に通う17歳。母と妹の3人暮らしだったが、母と10年前に離婚した曽根隆司という男が、突然家に転がり込み傍若無人に振舞う。昼間から酒を飲み、元夫婦とはいえ母に手を出すなど、秀一の怒りは徐々に膨らんでいく・・・。 青春小説+ミステリーといった風合いの作品で、秀一が殺人を実行しようとする場面など、どきどきしながら読み進め、刑事達がやってきたときは、捕まってしまうのだろうかと不安で仕方がなかった。「殺人」というのには抵抗があるのだが、それでも犯人側に感情移入してしまった。とはいえ、本当に殺してしまう必要があったのか、他の手段は選べなかったのかと疑問にも思ってしまう。 物語では、湘南の海沿いを自転車で疾走するシーンが印象的に描かれている。私自身、高校時代は最寄り駅まで自転車で40分という田舎に住んでおり、海辺ではなく田んぼの真ん中を疾走して学校に通っていた。向かい風に喘いでいたことや、追い風に乗って飛ばしたことを思い出しながら、自分自身の高校時代と重ね合わせ、主人公はちょっと高校生離れしているなぁと思ったりも。 読んだ直後は、少年の心情描写の瑞々しさに感動したが、こうして時間を置いた後に思い返すと、高校生としては老成した感じが否めない。かつての自分を思い起こしながら、若者の物語を紡ぐというのは難しい作業なのだろう。そう考えると、『エイジ』で少年の心情を見事に描ききった重松清は只者ではない。
×0248 『ナイト・ダンサー』 >鳴海章/講談社/2004.02.19 背表紙あらすじ:M航ジャンボ機の貨物室から、アルミ合金をとかす特殊細菌があふれだし飛行困難に。その菌をめぐる国際陰謀の渦のなか、米海軍戦闘機はM航機追撃にむかい、航空自衛隊機が緊急発信。謎のジェット機ナイト・ダンサーをまじえ、息づまる空中戦が展開された・・・ 1990年以降の乱歩賞受賞作品を読破しようとして購入。同じ趣旨で先日読了した『フェニックスの弔鐘』と似たような感想を抱いた作品。日米の機密を背景に、ある航空機にスポットを当てて物語が展開していくのだが、主役が誰だか分かりにくい。むしろ主役不在といっていいのだが、ジャンボ機の副操縦士・鷹尾翔太郎が主人公ということを、あとがきを読んで始めて知った。 細菌が溶け出すまでの過程など、最初の設定に偶然が多いのも気に入らない理由。倉庫のドアの半ドアや、偵察機の誤爆、佐和子の恋人の弟がたまたま乗り合わせたジャンボ機の副操縦士というのも出来すぎである。現実味を帯びさせるためには、もう少し緻密な背景の設定が必要だと思う。 空中戦も数字の羅列が続き、素人には分かりにくい。むしろ、ジャンボ機の不時着のシーンのほうが手に汗握って面白かった。スペースシャトルの滑走路、スピンターンでのジャンボ機停止など荒唐無稽な設定だが、緊迫感が伝わってくるいいシーンだった。 『フェニックス』に続いて似たような作品が書かれたのには時代の移り変わりが反映しているのであろうか? 乱歩賞のように、長年続いている賞というのは、このような時代背景を考えながら読んでっみると、新たな発見があるのかもしれない。
△0247 『企画力をつける〜知のノウハウ』 >高橋誠/日本経済新聞社/1999.06.16 ブレイン・ストーミングというのは、本や雑誌などではよく見かける言葉であるし、新しいアイデアを出す際には非常に有効だと思うのだが、実際にはどの程度機能するのであろうか? 私自身、何度か会社で実践してみたことがあるのだが、特定の人しか発言しなくなったり、ついついアイデアに対して批判的なことを口にしてしまったりと、なかなかいい議論が出来ない。私など、ブレイン・ストーミングと聞くと、何でも好きなことを言ってやろうと気負いすぎて、突拍子も無いことを発言してしまい、顰蹙を買うこともしばしば。「判断延期」「自由奔放」など、言うは易し、行うは難しである。肝心なことを判断するのには時間が掛かるのに、「これは駄目」と決めるのはやたらに早かったりして。この辺りが、本と現実のギャップなのだろう。 そんな中で、「発生問題」よりも「発見問題」を大切にせよというコメントはなかなか。いわゆる「先手を打つ」ということだろう。起こるよりも起こってからのほうが、問題解決に時間が掛からない。かといって、問題発生をおそれてばかりでは、管理に過大なコストをかけることになったり、保守的になりすぎたり。結局は、バランスが必要と言うこと。そして、そのバランスを決めるのが「経営」なのだと思う。
△0246 『TUGUMI つぐみ』 >吉本ばなな/中公文庫/2004.02.17 背表紙あらすじ:病弱で生意気な美少女つぐみ。彼女と育った海辺の小さな町へ帰省した夏、まだ淡い夜のはじまりに、つぐみと私は、ふるさとの最後のひと夏をともにする少年にであった。少女から大人へと移りゆく季節の、二度とかえらないきらめきを描く、切なく透明な物語。 ふーん。へぇ。なかなか。というのが、初ばななの感想である。先入観で、軽い小説なのではと敬遠していたのだが、他の書評サイトで評判が良いこと、本書が山本周五郎賞の受賞作であることなどから、手にとって見た。結果は予想に反してなかなかの出来映え。ジャンルとしては、山本文緒や唯川恵と同じかなと思うが、彼女たちの作品よりも良かった。 ここに出てくる「つぐみ」という少女には不思議な魅力がある。言葉遣いは粗野で、性格もいじわるなのだが、なぜか憎めない。恐らく、本当の意味で彼女に悪意がないからだろう。自分自身のどうしようもなさを他人にぶつけてしまうだけで、他人を傷つけようとしているのではないところが、彼女を救っているのだと思う。 彼女の理解者である「まりあ」とのコントラストも面白い。つぐみに振りまわされながらも、本気でつぐみのことを心配し、そして大事にしている。ラストでつぐみが入院し、容態が急変するシーンなど、まりあの心配がこちらにまで乗り移ってくるかのようである。 日常的な話をうまくつむいで、味のある作品に仕上がっているのも、彼女たちのキャラクターが良いからであろう。ただ、ぐいぐい読者を引っ張るような作品ではなく、淡々と進むさらっとした物語だったのが、△の理由。こういった作品にハラハラドキドキを求めるのは筋違いかもしれないが、ミステリーやサスペンスでなくとも、本当に素晴らしい作品であれば、ページをめくる手が止められなくなるであろう。
苗村屋読書日記 [50]
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