○0260 『連鎖』 真保裕一
△0259 『一生この上司についていく』 中谷彰宏
△0258 『遭難者の夢』 天童荒太
△0257 『アジアンタムブルー』 大崎善生
△0256 『白く長い廊下』 川田弥一郎


○0260 『連鎖』 >真保裕一/講談社文庫/1997.12.19・2004.03.05

 背表紙あらすじ:チェルノブイリ原発事故による放射能汚染食品がヨーロッパから検査対象外の別の国経由で輸入されていた! 厚生省の元食品衛生監視員として、汚染食品の横流しの真相究明に乗り出した羽川にやがて死の恐怖が・・・。重量感にあふれた、意外性豊かな、第37回江戸川乱歩賞受賞のハードボイルド・ミステリー。

 あらすじにある通り、食品の三角輸入を題材にしたミステリー。汚染が懸念される国から、例えばシンガポールなどの第三国を経由して日本へ輸入されると、その食品はシンガポール製になるそうである。シンガポールは自国への輸入規制は激しいが、加工貿易を財源の一種としているため、加工後輸出する食品に対しては規制が甘いとか。安全だと思って口にしている食品が、とんでもない代物ということもあり得る訳で、身近な問題だけに、非常に怖い思いをしながら読み進めた。

 1991年の乱歩賞受賞作であり、10年以上も前に書かれた作品だから、現状はもう少し改善されているのかもしれないが、法律が厳しくなれば、それだけ法の網を掻い潜る手口が発展するだけであって、この辺りはいたちごっこであろう。だとすると、いくら法律を厳しくしても消費者に対する危険は減らないのかもしれない。特に昨今は、BSEだの鳥インフルエンザだの、食品の安全性が再び注目されている最中なので、余計にリアリティを持って読むことになった。

 本書のロジックが現在でも通用するならば、オーストラリア産だと思っていた牛肉が、実は米国産だったということもあり得るということである。物語では、ティルドリンという物質が牛肉に残留しているという設定だが、このティルドリンをBSEや肉骨粉に置きかえれば、今の状況と全く変わらない。また、汚染牛肉を使用したということで松田屋という牛丼屋が倒産寸前に陥っているが、こちらも吉野家をはじめとする牛丼店が厳しい経営を強いられているのと酷似している。

 さて、この三角輸入という設定だけでも十分面白いのだが、真保裕一はさらに巧妙に物語を進めている。ネタバレになってしまうが、☆貿易業務の盲点をついた麻薬やLSIの輸出入、復讐に燃える意外な人物など、どんでんがえしが目白押しである。☆ 貿易業務に関する記述には少し複雑で分かりにくい部分もあったが、私自身が貿易実務を少しかじったことがあるせいか、こういったマニアックな話は嫌いではない。そういえば、『Cの福音』でも同じようなトリックが使用されていた。

 もう一つ忘れてはならないのが、人物描写である。主人公の羽川はもちろんのこと、友人でありライバルである竹脇や、その妻の枝里子、その他脇役たちの心情がしっかりと書きこまれている。この心理描写があったからこそ、ラストのクライマックスが感動的なものになるのであり、決してトリックありきのワンアイデア・ミステリーでないところが非常によかった。特に、枝里子が竹脇と自分の弱さの共通点を羽川に話すシーンなど、屈折した心理をうまく描いていて興味深かった。

 緻密な取材、巧妙なトリック、意外な犯人像、現在にも通用するテーマ、そして見事な心理描写。今回は再読だが、十分に面白く楽しめる作品であった。最近の真保裕一の作品にはパッとしないものが多いので、デビュー当時の気持ちを思い出して、もっと多くの傑作を書いて欲しいと思う。

>2004.03.05.FRI


△0259 『一生この上司についていく』 >中谷彰宏/PHP文庫/1999.04.17

 経済雑誌などで、よく特集が組まれるのが「上司論」である。理想の上司像とは何か、というようなことを延々と述べている。恐らく「部下に嫌われたらどうしよう」と考える人々が多いのではなかろうか。そんな中では逆に『上司が「鬼」とならねば部下は動かず』のような本が売れるのかもしれない。厳しすぎても優しすぎても、行きすぎはよくない。部下の為にきちんと「叱る」ことの出きる人が必要なのだろう。感情に任せて「怒る」人ではなく。

 本書は、私がはじめて部下を持ったときに読んだもの。あまり参考になる本ではなかったが、「会社はノウハウを持ち帰ることに寛容である」という部分は印象的だった。

  • ミスが起こったとき、上司がしなければならない仕事は、どうしてそういうミスが発生したのかという原因を分析し、二度とミスが発生しないように新しいシステムを作ること。
  • 人の話を聞けない人
    1. えらい人の話は聞くが、目下の者の話は聞かない。
    2. 内部の者の話は聞くが、外部の者の話は聞かない。
    3. 年長の者の話は聞くが、年下の者の話は聞かない。
    4. 都合のいいことは聞くが、都合の悪いことは聞かない。
    5. 経験のあることは聞くが、経験のないことは聞かない。
    6. 理解できることは聞くが、理解できないことは聞かない。
    7. 現状を維持することは聞くが、現状を変えることは聞かない。

  • 変化というのは今まで自分がやってきたことすら否定していかなければならない。
  • 上司=設計図を描ける人(設計図のメリット)
    1. これから自分がどこへ行こうとしているか目指すものがわかる。
    2. 現在の到達ポイントがわかる。
    3. 完成予想図が見える。
    4. 仕事の種類によって、分業でき、配分できる。
    5. 対立点がぶれずに議論できる。
    6. 修正ができる。現状、現場に合わせて設計図も変えていかなければならない。
    7. 設計図とはマニュアルのこと。差し替えの簡単な小さなマニュアルをたくさん作ること。

  • 会社はノウハウを持ち帰ることに寛容である。
  • 覚えるためのマニュアルではなく、考えるためのマニュアル作りを。
  • 若手社員は、上司が伸びるために存在する。上司の磨き砂として部下がいる。
  • 自分が頑張らなくても、部下が頑張れる状況、新しいことを提案していく状況をいかに作り出せるか。
  • 小さなことでもいいから形にして、「変わった」という喜びを味わう。

>2004.03.03.WED


△0258 『遭難者の夢(家族狩り第二部)』 >天童荒太/新潮文庫/2004.03.01

 背表紙あらすじ:あの日の光景をふり払おうと酒に溺れていた浚介は、さらなる痛みを味わう。游子は少女をめぐり、その父親と衝突する。亜衣は心の拠り所を失い、接食傷害から抜け出せずにいる。平穏な日々は既に終わりを告げていた。そして、麻生家の事件を捜査していた馬見原は、男がふたたび野に放たれたことを知る。自らの手で家庭を破壊した油井善博・・・。過去と現在が火花を散らす第二部。

 あらすじにある通り、『家族狩り』の第二部である。予定通りに刊行した点は合格。それぞれ単独では楽しめそうにない点は不合格。で、評価はというと、結局第五部まで読んで見なければわからないであろう。ということで今回の△は保留という意味。

 物語の方は、油井という男が出てくるのが特記すべき事項だろうか。起承転結でいうと「承」の部分で、さほど大きな展開はない。まぁ、五部立ての第二部といえば、この程度なのかもしれない。第一部と同じく、電話相談の場面で始まり、殺人のシーンで終わっている。しばらくは同じようなパターンで進めるのだろうか。連続ものというのは、こういった決まったパターンというのも愉しみの一つである。形を同じにしつつ、マンネリ、ワンパターンにならないように工夫する作者の知恵を感じる部分である。

 さて、巷ではオウム真理教教祖麻原彰晃こと松本智津夫被告への死刑判決が下されたが、地下鉄サリン事件が起こったのが1995年のこと。本書の原形である『家族狩り』が上梓されたのも1995年で、それぞれ約9年の歳月を経て一つの結論へと至っている。本書のコンセプトは、救いのない現代の中の「家族」の在り方なのだが、日本で起こったテロ事件との間に、妙な因果を感じてしまう。救いのない現代の象徴が「オウム真理教」であるならば、その中の「家族の灯火」の象徴が本書であればいいと願いたいのだが・・・果たして物語はハッピーエンドに行きつくのだろうか?

 >『家族狩り』『幻世の祈り』『遭難者の夢』『贈られた手』『巡礼者たち』『まだ遠い光』

>2004.03.01.MON


△0257 『アジアンタムブルー』 >大崎善生/角川書店/2004.02.29

 そういえば今年は閏年で、そういえば今日は4年に1度の2月29日。考えて見ると世界共通で閏年があり、閏年には2月が29日間あるというのは不思議な感じがする。

 さて、『PF』に続いて『アジアンタムブルー』(以下『AB』)を読了。本書は『PF』と同じ主人公が、恋人を亡くしてしまう物語。湾岸戦争(1990年)が話題になっていたので、前作から7年後の世界と推測できる。『PF』が様々なエピソードを巧みに組み合わせていたのに対して、『AB』は「恋人の死」というテーマに焦点を絞って書かれた作品。

 「恋人の死」というのは非常につらいテーマである。あえて「重いテーマ」とは書かない。数年前、木村拓哉と常盤貴子が主演の『ビューティフル・ライフ』というドラマを見ていたのだが「死へのカウントダウン」のようなものに惹かれて、ついつい最後まで見てしまった。後から冷静に考えると「いかにも」なドラマであったし、「恋人の死」をテーマにすればよほどの駄作でない限り涙を誘うものになるだろう。そういった意味で、本書も割り引いた評価をしなければならないと思った。

 また、偶然嫌いの私にとっては、葉子の病状を最初に語る医者が、幼馴染の笠井だという偶然が許せない。なぜ笠井である必要があるのか? 何かの象徴だったり、必然性が求められるならまだしも、人間の死に際しては偶然が起こり得るものだ、みたいなオチのつけ方には納得できなかった。

 とはいえ、水溜りの写真という発想は面白い。このような、ちょっとした目の付け所が大崎作品を普通の作品から秀作に変えているのだと思う。割り引いて読んだとはいえ、やはり最後では涙ぐんでしまった。特に、恋人・葉子の死の前日に二人で寄り添って写真を撮るシーンや、最後に「ユア・ソング」をかけながら葉子の手を握り締めるシーンで。

 2月29日。今日生まれた人は4年に1つしか歳をとらないというのはよく聞く話。では、今日亡くなっってしまった人はどうなるのだろうか? 人々の記憶に、4倍長く残るといいのだけれど。

>2004.02.29.SUN


△0256 『白く長い廊下』 >川田弥一郎/講談社文庫/2004.02.28

 背表紙あらすじ:十二指腸潰瘍手術後の患者が、長い廊下を病室に運ばれる途中に容態が急変、志望した。責任を問われた麻酔担当医窪島は、独自に調査を開始し、意外な真相に辿り着く。しかし、その時、彼は大学の医局間の複雑な対立の中に、足を踏み入れてしまっていた。92年度江戸川乱歩賞受賞作。乱歩賞初の医学ミステリー。

 出だしはなかなか面白かった。外科医が長い廊下を嫌うというエピソードも、医者ならではの発想で面白い。構成もなかなか。途中まではぐいぐいと引きずり込まれて一気に読了した。『白い巨塔』で医療関係の物語が注目を浴びているが、この作品もいい味を出しているのではないかと思った。

 しかし、その期待も途中まで。途中というよりも、ラストの最終章で一気に崩れてしまった。主人公・窪島に近づく、ちづるという薬剤師の女性。頭も容姿もよく、魅力的に描かれている。病院内で起こった死亡事故が、意図的なものではないかと興味を抱き、どうすれば患者を死に至らしめることが出来るかと推理を働かせる。ちづるの大胆な発想に引き込まれ、窪島もいつの間にか事件の真相を突き止めようと必死になっていく。その一方、事件を追う過程で頭をよぎるちづるへの疑問・・・

 ☆最後にはちづるが真犯人かと思いきや、なんとも間の抜けた結末であった。いっそのこと、ちづるを美しく冷徹な殺人者に仕立て上げた方が面白かったのではないだろうか? それをわざわざ窪島の転職先まで登場させ言い訳めいたことをしゃべらせている。☆ ラストを書き換えれば文句なしに○の作品であっただけに、がっかりである。ここのところ乱歩賞を続けて読んでいるが、なかなかいい作品には出会えないものである。

>2004.02.28.SAT

苗村屋読書日記 [52]

     



































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