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○0325 『蛇を踏む』 川上弘美
×0324 『病葉流れて』 白川道
△0323 『架空取引』 高任和夫
△0322 『粉飾決算』 高任和夫
△0321 『小説・ヘッジファンド』 幸田真音


○0325 『蛇を踏む』 >川上弘美/文春文庫/2004.09.12

 背表紙あらすじ:藪で、蛇を踏んだ。「踏まれたので仕方ありません」と声がして、蛇は女になった。「あなたのお母さんよ」と、部屋で料理を作って待っていた…。若い女性の自立と孤独を描いた芥川賞受賞作「蛇を踏む」。"消える家族"と"縮む家族"の縁組を通して、現代の家庭を寓意的に描く「消える」。ほか「惜夜記」を収録。

 川上弘美の作品といえば、やはり思い出すのは『センセイの鞄』である。物語の内容的には今ひとつだったが、少し懐かしいような美しい日本語が魅力的だった。本書も、そんな純文学的な美しさを期待して読み始めたのだが、見事に期待を裏切られた。ただし、いい意味で。

 あらすじにもあるとおり、表題作は「蛇」が「お母さん」になる話である。不条理の世界である。数珠屋で働く(数珠屋というのも不条理的なにおいがする)サナダヒワ子が藪で蛇を踏んだ日から、蛇が母として部屋に住み着く話。ただそれだけで、これは一体何なのかと随分考え込んでしまった。しかも芥川賞の受賞作品でもある本書。何か大きなテーマが隠されているのではと随分勘繰ってしまった。

 しかし、他の2編『消える』や『惜夜記(あたらよき)』を読み進めていくうちに感じたのが、水木しげるのように、妖怪の世界を書いた作品ではないかということ。『消える』は消えたり縮んだりする妙な習慣を持った家族たちの話だし、『惜夜記』に至っては、作者の頭の中を覗きたくなるような妙な生物達が続々と出てくるオムニバスのような作品である。こちらは、水木しげるというよりもむしろ宮崎駿の『千と千尋の神隠し』に出てくる神様たちの世界観に似ているかもしれない。

 しかし、ラストまで読み切って、妖怪小説というよりもむしろ、SF小説的な要素を感じた。それも極めて実験的なSFである。特に『惜夜記』は19篇からなる小さな物語の連続として構成されているのだが、偶数の章では主人公と少女の奇妙なつながりを描きつつ、奇数の章では次々に妖怪的生物達が現われては消えてゆく。筒井康隆の『驚愕の荒野』を彷彿させるような構成や描写にいつしか惹きこまれてしまっていた。

 正直、第一印象は「なんじゃこりゃ」だったので、随分と評価の分かれる作品だと思うが、日常からかけ離れた不条理な世界に身を置くことで、世の中のストレスから少し解放されるかもしれない。あまり構えずに、読むべき作品。

>2004.09.12.SUN


×0324 『病葉流れて』 >白川道/幻冬舎文庫/2004.09.11

 背表紙あらすじ:十八の春、大学に入った梨田雅之にとってすべてのものが未知だった。酒場も、そして女も。だが、運命的に出逢った麻雀に、梨田はその若さを激しくぶつける。次第に彼は博打こそ自分の天運と対峙するものと考え、この道で生きていくことを決意する。そして果てしなき放蕩の日々が始まった…。無頼派作家が描く自叙伝的ギャンブル小説の傑作!

 ドラえもんの映画を何作か見たことがあるのだが、テレビアニメと違って、いつも不満を感じてしまう。というのも、映画の場合、舞台の設定が宇宙だったり海底だったりして、その異空間へ至るまでの過程や、異空間での慣習の紹介などに時間が割かれており、肝心のラストへ向けてのカタルシスがあっけないのである。せっかく盛り上がってきたところで、ハイ終わり、というのが不満の原因。

 本書も、そんな「ドラえもん的不満」が残る作品であった。筆者の自伝的小説で、主人公が麻雀にのめりこんでいく過程や、麻雀のルールなどの慣習を細かく書き込んでいるのだが、ラストがあっけない。大金をかけた麻雀の勝負に臨む主人公。どんどん負けが込んでいき、どうなることかと手に汗を握っていたのだが、主人公の大逆転を期待していた一読者としては悪い方向に期待を裏切られたように感じてしまった。しかも、尻切れトンボな終わり方で、ますます印象が悪くなってしまった。

 と、ここまで書いて、amazonのリンク先を検索したところ、この物語には続編、続々編があるらしい。物語が続くのなら、まぁ、こんな終わり方でも仕方が無いのかなと思いもしたが、やはり一冊の本として売り出すからにはキチンと完結すべきである。穿った見方をすれば、続編も読ませようとする作者の意図を感じてしまう。

 さて、本書のタイトルにある「病葉」は「わくらば」と読む。病葉とは、病気におかされて赤や黄色に変色した葉のこと。冒頭に一篇の詩が収められているが、本書の主人公を病葉に例えてつつ、本書のテーマを端的に表わしているなかなか面白いものである。抜粋。

 「かつて新芽だったことがある。かつて新葉だったことがある。青い色をした仲間たちは、季節がうつろっても、輝きを失うことはなかった。仲間たちは、陽の光を、風の香りをごく自然に受けとめていた。ある日、ふと、疑問が頭をもたげた。自分の葉脈のなかに流れているものが、他の仲間たちのそれとは、どこかちがうのではないか…。疑問はふくらみ、やがてはじけた。樹から落ち、腐葉土のなかに身を置いた。そして自覚した。病葉…。そのときから時間の水脈に身を任せた。どう流れゆこうと、しょせん、病葉は朽ちるだけだから」

 「病葉」に例えられた主人公・梨田雅之は、『流星たちの宴』の主人公と同姓同名、と言うよりも、同一人物である。名作の主人公の過去であるから、興味津々だったので、余計に残念である。途中で競輪の説明が入るなど横道に逸れたのも、マイナスポイント。どうせなら麻雀一筋でよかったのではなかろうか。しかし、全編に亘って麻雀パイの絵文字のオンパレードには驚いた。私自身、麻雀をやらないので、麻雀小説を読むのは初めてなのだが、どうやって原稿を書いたのだろうか。こちらの方も興味津々。

>2004.09.11.SAT


△0323 『架空取引』 >高任和夫/講談社文庫/2000.12.31

 背表紙あらすじ:銀行系リース会社に勤める中年管理職の甲斐(かい)は、左遷の身だったが、8年ぶりに審査部長として呼び戻される。さっそく審査に乗りだすと、目にあまる不良債権、おかしな伝票、迂回取引の実態が浮かびあがる。会社を覆うどす黒い影の正体とは? 一度は敗れた男が再生を賭け、企業悪と対決する経済サスペンス。

 本書に出てくる架空取引は、ヤクザがらみの裏金作り的な要素が強かったが、中には会社のノルマがきつくて、架空取引に手を出してしまうこともあるそうだ。どちらも許されるものではないが、自分のポケットにカネを入れるかどうかは、大きな違いであると思う。本書に登場するSという人物は、売上増加と裏金入手の両方に手を出してしまい、哀れな末路を迎える…。

 一方、主人公の甲斐は以前に同じような架空取引に引っかかり九州へ左遷されていた男。あらすじ通り、その甲斐が裏取引の真相究明に奮闘する。決して焦ることなく、しっかりと周りを見据えて、地道に真相に迫っていく様は、筆者自身の経験を踏まえたものであるだろうし、もっと言うと筆者自身を投影させたものかもしれない。

 筆者は三井物産で長年審査の職にあったそうで、与信管理、債権回収、担保保全など地味であるがプロフェッショナルな仕事をこなしてきた方である。一つの道を究めることの大切さを教わったような気がする作品。経験だけでなく、それに裏打ちされた想像力がなければ書けない作品であろう。

 作中に警察相手にリースとは何か、ノンバンクとは何かを説明しているところが面白い。作中に素人を登場させ、彼に説明することで読者への説明を兼ねる高等技術である。ちなみにリースとは、リース会社が所有権を留保したまま顧客に物品を貸し出し、リース料を得るものである。物品を購入したいがまとまった金がない時に有効であり、銀行から借金する必要もない。リース会社から見れば、所有権を留保しているため担保取引とみなすことができる。また、会計的には日本の場合自分の資産にならないため、バランスシートの健全化にも貢献できる。ノンバンクとは、銀行のように預金を集めずに、カネを貸し出す企業のことをいい、リース会社のほかには、信販会社、クレジット会社、ファイナンス会社などもある。

 最後は話が大きくなり過ぎの感もあるが、ミステリーの要素も含んでおり、結構楽しめた作品。但し『粉飾決算』の感想でも述べたように、もっともっと専門的なことを書いてくれるとさらに興味をそそられるのだが…。

>2004.09.10.FRI


△0322 『粉飾決算』 >高任和夫/講談社文庫/2003.01.01

 背表紙あらすじ:「不良債権を回収せよ」――左遷され出世競争から脱落した商社マンに密命が下った。処理にあたり始めると、恐るべき粉飾決算の闇の仕組みが浮かびあがってきた。ヤクザ相手の焦げ付き債権を隠ぺいするダーティな思惑が交錯している。地獄を見た男の勇気と真価を描くビジネス・サスペンス。(『密命』改題)

 記録を見ると去年の正月に読了している。我ながら、正月早々濃い作品を読んでいるなと苦笑。表紙を見ると「Window-Dressed Accounts」という英文が目に入るが、これは粉飾決算という意味であろうか。窓枠だけ飾り立てた中身のない決算ということだろう。一方、英文会計の授業で習った粉飾決算は「Fraudulent Financial Reporting:不正な財務報告」となっている。まぁ、どっちでもいいんだけど。

 さて、本書は商社で長く審査部門を務めた筆者の経験に、脚色を加えたビジネス小説である。実話をもとに構成されているであろう物語はなかなか迫力がある。先日読了した、『金融腐食列島』では銀行の不良債権を描いていたが、バブル崩壊後の商社も、銀行ほどではないにせよ、悪性の不良債権を抱えていたことが窺い知れる。

 ヤクザがらみの不良債権処理、社内の権力闘争など、ビジネス小説としての要素を一通り揃えてはいるのだが、この筆者に対しては、もう少し専門的な要素を盛り込んで欲しいと期待してしまうのである。私自身、若干ではあるが企業審査の真似事をしたことがある関係で、実務にも役立ちそうなテクニックが盛りこまれているともっと面白いのにと感じた次第。

 家族との関係をしっかりと描いているのも特徴だろうか。蕎麦屋をはじめて独立する妻や、どんな職についたら良いか分からずに悩んでいる息子を描くことにより、主人公の苦悩を際立たせ、また和らげてもいる。ラストのどんでん返しもまずまずなのだが…。期待値を込めて評価は△。

>2004.09.07.TUE


△0321 『小説・ヘッジファンド』 >幸田真音/講談社文庫/1999.05.25

 背表紙あらすじ:「昨日のニューヨーク市場では、また例のDファンドが派手にやってくれましたよ。まったく手がつけられない」50兆円の投機資金を操るヘッジファンドが、日本市場に狙いをつけた。だが手口は巧妙をきわめ、ボスの動きも闇に包まれている。国際金融の妖怪の実態をリアルタイムで描く経済小説。『回避(ザ・ヘッジ)』改題

 当時、ほとんどなじみがなかった金融の世界を垣間見ることができた作品。筆者自身が米国系の銀行や証券会社でディーラーや外国債権セールスとして国際金融市場に関わった経験を持っており、リアルな描写とスリリングなストーリーがなかなか面白かった。筆者の「真音」というペンネームも、テクニカルタームである、Mine(買った!)、Yours(売った!)のMineから来ているという。

 マーケットに対する筆者自身の考えも入っており、哲学的でもある。特に、主人公の岡田に対して、先輩社員が語る言葉は、筆者自身のポリシーとして聞こえてくる。「もうひとつ、大事なことを忘れてはいけない。それは、何もしないときだ。いいか、ディーラーのアクションは3つだ。売るか、買うか、そして何もしないか。忘れるなよ、岡田。何もしないということがどんなに大事なことか、いずれおまえにもきっとわかるときが来るから」

 また、日本の企業群を保護されてそこから脱却できない産業と、すでに構造改革が進んでいる産業に分類して考え、円高によって日本経済にショックを与えようとするストーリーなども、当時は非常に新鮮に感じた。私は1995年に大学を卒業し就職したのだが、就職前後に起こった忘れられない事件が3つある。1つは地下鉄サリン事件、1つは阪神大震災、そしてもう1つが円高である。他の2つに比べるとインパクトは小さいかもしれないが、会社に入ってはじめて為替というものを意識し、新人研修で今のうちに外貨を買っておくべきだなどと教えてもらったのが印象に残っている。恐らく本書はこの時の円高をモチーフに描いているに違いないと思いながら読み進めた。

 その後、いくつか筆者の作品を読んで見たが、本書が一番面白いのではないかと思う。日本国債や代行返上など、筆者ならではの視点で新作を発表しているが、ストーリーに躍動感を感じない。無理してミステリー的な要素を盛り込もうとしすぎているのがいけないのではないだろうか。うまくいけば、物語を楽しめてかつ、未知の分野の勉強にもなる作品なので、今後もエンターテインメント性を下げることなく、新しい作品にチャレンジしていってもらいたいと思う。

>2004.09.05.SUN

苗村屋読書日記 [65]

     



































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