○0350 『Monster』 浦沢直樹
△0349 『蒼穹の昴』 浅田次郎
△0348 『文房具を楽しく使う 〈ノート・手帳編〉』 和田哲哉
△0347 『不自由な心』 白石一文
×0346 『戦術と指揮−命令の与え方・集団の動かし方』 松村劭


○0350 『Monster』 >浦沢直樹/小学館・ビッグコミックス/2004.11.05

 読書日記を付け始めてからずっと悩んでいたことがある。たいした悩みではないのだが…。その悩みとは「漫画を読書日記に載せるべきか否か」というもの。本当にたいしたことない。しかし、最近は漫画のほうが小説よりもクオリティの高いものもあり、また日本の漫画は世界的にも注目されていることもあり、もっと書くと「本の雑誌」として始まった『ダ・ヴィンチ』も結局本だけでは続かずに漫画に多くの紙面を割くようになったこともあり、と長々と言い訳を書いてしまう辺り、なんとなく引け目があるのかもしれない。しかし、どうしても感想を書いてみたい漫画が存在するのも事実。そこで、自分に少し「枷」を課して「漫画」を「読書」の範囲に加えることにした。

 その「枷」とは次の2点。(1)ギャグ漫画や熱血ヒーローものではなく、ストーリー性を備えていること。一応アカデミックな読書日記を目指しているつもりなので、自分が感想を書くに値すると思ったものだけを取り上げようと思う。(2)きちんとした評価をつけるために、既に完結しているもの。これは未完の作品では評価が出来ないため。かつての『少年ジャンプ』では、せっかく面白くなってきた作品であっても、読者からの人気投票で無理やり終わらせるようなパターンが頻発していたので、エンドマークをつけるまで作品が評価できるかどうかは分からない。

 たいした枷ではないが、この2点を満たすものを取り上げて見たいと思う。その第1作目が、本書『Monster』である。近所の喫茶店で、何冊か読み進めたあと、手元においておきたくなり、当時発売されていた13巻くらいまでを、一気に買い揃えてしまった。大きくジャンル分けすると、ホラー漫画になるのだろうが、非常に考えられた構成や哲学的ともいえるコンセプトなど、つまらない小説など足元にも及ばないほどクオリティの高い作品である。

 あらすじはというと、ドイツ・アイスラー記念病院に勤務する脳外科医・天馬賢三が、銃弾により瀕死の重傷を負った双子の兄・ヨハン・リーベルトの命を救うのだが、このヨハンという少年が、悪魔の生まれ変わりとでもいうべき恐るべき子供だった、という話。自ら悪魔を生き返らせてしまった天馬が、責任を感じてヨハンを葬り去ろうと旅を続ける。そのテンマはヨハンが犯した殺人の犯人だと誤解され、警察からは追われる身。また、双子の妹・アンナ・リーベルトも、兄のヨハンが危険な存在であることを感じてその行方を追いかける。こういった逃走ものには、わざとらしいすれ違いが随所に出てくるのだが、本作にはそういったわざとらしさがあまり見られず、良質のホラー・ミステリーとして楽しむことが出来る。

 すごいすごいと褒めてばかりでは何が具体的にすごいのかわからないと思うので、もう少し具体的に。まずは、全18巻という長い物語の中に、小さな物語が少しずつ散りばめられているという構成がすごい。テンマが旅を続ける中で出会う人々のささやかな人生に注目し、ちいさな物語を紡いでいる。これらの物語だけなら、非常にハート・ウォーミングないい話なのだが、そこにはやはりホラーの要素が入っており、時には出会った人々が惨殺されてしまうシーンもある。また、これらのちいさな物語どうしが、いろいろな形でリンクしていくのも面白い。浦沢さんの頭の中には、プロットが3次元的に描かれているのだろうか。そういえば、現在連載中の『PLUTO』でも、手塚治虫がさらっと描いたロボットの描写を、大きく膨らませて小さな物語に仕立てている。脇役に過ぎない登場人物たちに感情移入させてしまう筆力はすごいの一言である。

 そして、もう一つ。作中に登場し、重要な鍵を握る絵本の存在がすごい。(18巻のオマケとしても付いていて、初回限定品の為かヤフー・オークションなどで結構いい値段で取引されている) タイトルは『なまえのないかいぶつ』で、作者はエミル・シェーベという。オマケの絵本の裏表紙を見ると、浦沢さんが初のチェコ語の絵本の翻訳に挑戦した、などともっともらしいことが書かれているが、一説によるとエミル・シェーベという作家は存在しないとか。真相は分からないが、このような小さな部分でも虚構を積み上げるところなど、こだわりがないとなかなかできないであろう。絵本の存在と、ヨハン・アンナという双子の存在を旨くリンクさせつつ、絵本の作者にも焦点を当てて、謎掛けをしているあたりは驚くばかりである。絵本のテーマが哲学的であり、少し分かりにくさも残るのだが、このもやっとした感じも嫌いではない。全てが明快に分かってしまっては面白くないとも思う。

 さて、今回、読書日記を書くにあたってもう一度読み返してみたのだが、改めて構成の旨さに感じ入った次第。前回は途中からコミックの発売を待ちながらの読書となり、スピード感が失われてしまっていたのだが、今回はまとめて読んだ為、再読にも関わらずページを繰る手が止められなかった。ラストは完全に失念しており、改めてあぁそうかと溜息。親子の関係というのは、ちょっとしたことが大きく根を引くのだと感じた。まだまだ次の物語がありそうで、思わせぶりなラストだったが、パート2の構想はあるのだろうか。これからも良質の漫画を描き続け、日本の漫画界をリードしてもらいたいと思う。

>2004.11.05.FRI


△0349 『蒼穹の昴』 >浅田次郎/講談社文庫/1998.07.02

 背表紙あらすじ:【第1巻】汝は必ずや、あまねく天下の財宝を手中に収むるであろう―中国清朝末期、貧しき糞拾いの少年・春児は、占い師の予言を通じ、科挙の試験を受ける幼なじみの兄貴分・文秀に従って都へ上った。都で袂を分かち、それぞれの志を胸に歩み始めた二人を待ち受ける宿命の覇道。万人の魂をうつべストセラー大作。 【第2巻】官吏となり政治の中枢へと進んだ文秀。一方の春児は、宦官として後宮へ仕官する機会を待ちながら、鍛錬の日々を過ごしていた。この時、大清国に君臨していた西太后は、観劇と飽食とに明けくれながらも、人知れず国の行く末を憂えていた。権力を巡る人々の思いは、やがて紫禁城内に守旧派と改革派の対立を呼ぶ。

 【第3巻】落日の清国分割を狙う列強諸外国に、勇将・李鴻章が知略をもって立ち向かう。だが、かつて栄華を誇った王朝の崩壊は誰の目にも明らかだった。権力闘争の渦巻く王宮で恐るべき暗殺計画が実行に移され、西太后の側近となった春児と、革命派の俊英・文秀は、互いの立場を違えたまま時代の激流に飲み込まれる。 【第4巻】人間の力をもってしても変えられぬ宿命など、あってたまるものか―紫禁城に渦巻く権力への野望、憂国の熱き想いはついに臨界点を超えた。天下を覆さんとする策謀が、春児を、文秀を、そして中華四億の命すべてを翻弄する。この道の行方を知るものは、天命のみしるし"龍玉"のみ。感動巨編ここに完結。

 最近、単行本で読んだことのある本が、続々と文庫化されている。『永遠の仔』や『邪魔』『アジアの隼』『肩ごしの恋人』そして、本書『蒼穹の昴』など。特に『永遠の仔』や『蒼穹の昴』は4〜5冊組なので、新刊コーナーに平積みされていると圧巻であり、ついつい眼が行ってしまう。以前から、ちらほらと既読本が文庫化されてはいたのだが、最近は特にラッシュのような気がする。たまたま自分が読んだ本が文庫化されるタイミングなのだろうが、なんとなく感慨深い。

 というのも、学生時代まではお金がないせいもあったのだが、本=文庫本であり、わざわざ高くて重い単行本を買う人の気が知れなかったのである。2〜3年も待てば文庫化されるのだし、それまでに読むべき本はたくさんあると思っていた。では、初めて単行本を手に取ったのはいつであろうか、と記憶を手繰ってみると、恐らく『マークスの山』が最初ではないかと思い至った。高村薫は好きな作家であり、特に『マークス』は非常に面白いと評判だったので、文庫化を待ちきれずに、古本屋で入手したのである。結果は大正解で、この頃から高村薫の作品はピタッと文庫化されなくなってしまった。『照柿』『レディ・ジョーカー』もまだまだ出そうにない。今頃、全面改稿でもしているのだろうか?

 念の為、と思って過去の読書記録を見てみると、私の記憶も捨てたもんではなく、『マークス』は記念すべき2冊目の単行本であった。では、1冊目はというと『アルジャーノンに花束を』(ビジネス書を除く) これもなかなか文庫化されなかった本である。『アルジャーノン』は1996年に購入している。社会人になり、本に少しお金を掛けられるようになった頃である。

 さて、前置きが長くなってしまったが、本書は西太后のころの中国の物語。主人公・春児(チュンル)が宦官として西太后に仕え、さまざまなドラマの中で成長していく物語である。幼馴染の文秀(ウェンシウ)は科挙に合格し、改革派の俊英として台頭していく中で、春児との道を違えていく。もともと三国志など、中国の歴史は嫌いではなかったので、一気に読めるかと思っていたが、少し悲壮感の漂う物語であり、なかなか読み進めることができなかったのを思い出す。また、前半が春児や文秀といったメイン・キャラクターが存分に描かれているのに対して、後半は史実中心になってしまったのも、読みづらかった要因だろうか。宦官や科挙など、中国史の狂気的な部分をさらりと書いている辺りはさすがだが、もう少し明るさがあると、とっつきやすかったかもしれない。

 本書は1998年のこのミスで6位に入賞している。ミステリーという感じではないが、『影武者徳川家康』などと同じように歴史物まで入賞させてしまうところに、宝島社の懐の深さを感じる。そういえば、本書には続編というか、外伝のようなものがあり、『珍妃の井戸』 という作品は、ミステリー仕立てだとのこと。思い出しついでに、こちらも読んでみようかな。

>2004.11.03.WED


△0348 『文房具を楽しく使う 〈ノート・手帳編〉』 >和田哲哉/早川書房/2004.10.31

 本書はさまざまな手帳やノートの使い方を記した本である。筆者なりの創意工夫があり、文房具好きの私にとってはなかなか面白かった。文房具といえば、片岡義男の『文房具を買いに』を思い出すが、機能面の追求という意味では、片岡氏に負けるとも劣らずである。片岡氏は機能よりもデザイン重視のように感じた。

 さて、この筆者は、システム手帳にメモ帳、ノートといろいろな種類を使い分けているようだが、私はシステム手帳一冊に集約している。あまり色々なところに情報を書き込むと、散逸してしまい欲しい情報がすぐに出てこないような気がするためである。コードバンでできたバイブルサイズのシステム手帳で、まだ使い始めて1年程度だが、ゆっくりと手に馴染んでくるようで、愛着の湧くお気に入りの一品。このシステム手帳に、スケジュール表とメモ帳を装備しており、日程管理とメモ書きに特化させている。TO-DOリストなども書き込んでいたのだが、手帳に書き込んでしまうと、見落としてしまうこともあるため、こちらはパソコンで管理している。

 また、経理という職業柄、会社決算の数値などが頻繁に必要となるため、薄手のリングファイル(A4サイズ)に必要最低限の決算数値などをファイリングして持ち歩いている。必要数値をパソコンで編集し、バイブルサイズの手帳にファイリングしようかとも考えたのだが、通常業務として作成した書類もファイルすることが出来るので、A4サイズの方が何かと便利である。また、このリングファイルには、5ミリ方眼のノートパッドを十枚程度はさんでおき、殴り書きの議事録が必要な場合や、図や表を書いて説明が必要な際に、ビリッと破いて使用している。

 と、ここまで書いて一冊に集約しきれていない自分に気がついた。スケジュールや必要事項のメモなどストックの情報はシステム手帳に、殴り書きのためもメモや常にアップデートが必要な会社数値などフローの情報はA4ファイルに納めている。なかなか、全てを一冊にというのは難しいのかもしれない。

 この他にも、さきほどパソコンで管理しているといったTO-DOメモを、縮小印刷してシステム手帳に挟み込んでおき、時間のある時に眺めたりしている。また、少し大きめのポストイットもシステム手帳に常備しており、ちょっとした備忘メモに使用している。

 結局、他人のやり方がそっくりそのまま自分にとっても最適ということはありえないので、こういった類いの本をいろいろ読みながら、参考になるところだけを貪欲に取り込んでいけば良いと思う。重要なのは、手帳でもノートでも何でもいいので、しっかりと意識して情報を整理するということである。情報は溜め込んでいるだけでは役に立たない。活かしてこその情報である。活かすということは、すぐに取り出せる位置に情報を置いておくということであり、すぐに取り出せるということは厳選した無駄のない情報だけを身につけておくということである。こういった意識でメモを取るか取らないかで、頭がうまく整理されるかされないかという差が出て来るように思う。なかなか実践は出来ていないけれど…。

>2004.10.31.SUN


△0347 『不自由な心』 >白石一文/角川文庫/2004.10.29

 背表紙あらすじ:大手企業の総務部に勤務する江川一郎は、妹からある日、夫が同僚の女性と不倫を続け、滅多に家に帰らなかったことを告げられる。その夫とは、江川が紹介した同じ会社の後輩社員だった。怒りに捉えられた江川だったが、彼自身もかつては結婚後に複数の女性と関係を持ち、そのひとつが原因で妻は今も大きな障害を背負い続けていた…。(「不自由な心」)人は何のために人を愛するのか?その愛とは?幸福とは?死とは何なのか?透徹した視線で人間存在の根源を凝視め、緊密な文体を駆使してリアルかつ独自の物語世界を構築した、話題の著者のデビュー第二作、会心の作品集。

 先日読了した『一瞬の光』がよかったので、同じ著者の作品を買い求めてみた。結果は△。まぁ名作を何作も書き続けるというのはなかなかできることではないので、こんなもんかな、という感じ。今回は短編集なのだが、どれも似たような話だったのが低評価の理由。そして、全ての作品に渡って「不倫」と「死」がテーマとして置かれているのが、一層やりきれなさを募らせてしまった。『一瞬の光』もつらい恋の話だったが、あちらは独身者同士の恋である。ところが不倫となると、どうしてもドロドロした部分を感じてしまい、あまり好きにはなれない。

 大学生の頃、アルバイト先の店長と、私と同年代の女性が不倫の関係にあったのをふと思い出した。たまにその女性と話をしていたのだが、幸せそうな中にふと哀しそうな顔を見せるのが印象的だった。店長と付き合うまでは明るい女性だったのに、なんとなく陰のある女性に変わってしまったような気がするのは、私の見方が変わったからだったのだろうか? 小説の倫理観にいちいち文句を言っていても始まらないのだが、もともと不幸な小説というのが好きではないので、「不倫」と「死」という二大不幸テーマに辟易してしまったのである。

 どうも、今回の筆者は男の我儘を作品にぶつけているような気がした。不倫相手のことを愛してはいるのだが、どこかで我儘で、自分が女性を傷つけていることにすら気付いていないような男性ばかりがでてくる。そんな中、『卵の夢』という作品だけは、男性が若い妻に裏切られる話で、その情けなさが何となくユーモラスであった。

 主人公は文房具メーカーの営業マンなのだが、社長の交代をきっかけに左遷されそうになる。つい先日、世話になった先輩社員もリストラされてしまった。さらに昔の男とのよりが戻った妻の失踪。そして父親の死。踏んだり蹴ったりの中、会社を辞めた元上司に会いに行くのだが、そこで日本の子供達が文房具を使い捨てていくさまに愕然とし、実は以前から会社を辞めたかったのだと先輩上司から告白される。今は発展途上国に日本の中古文房具を輸出する仕事に携わっているらしい…。無駄を美徳とする日本の飽和社会に警鐘を与えつつ、妻に逃げられた男性の悲哀を旨く描いた作品であった。

 表題にもなっている最後の短編『不自由な心』には、こんな一説が納められている。「愛の終わりは人の死に似ている。静かに眠るように息を引き取ることもあるが、難病に冒され全身が腐り、血みどろになって崩落するように死ぬこともある」 まさにこの短編集のテーマが収斂した一言なのだが、なぜかやりきれない気持ちに陥ってしまう。『一瞬の光』も悲しい物語であったが、本書の方が救いのなさが大きく、読んでいて辛い作品であった。

>2004.10.29.FRI


×0346 『戦術と指揮−命令の与え方・集団の動かし方』 >松村劭/ネスコ/2004.10.27

 ビジネスですぐに役に立つ「戦いに勝つための9原則」とは何か? という帯に惹かれて購入したのだが、期待外れというか、想像と違っていたのが低評価の理由である。戦術書としては非常に優れているのだろうが、私には理解できない部分が多かった。そもそも軍隊と企業では組織の形態が全く異なっているため、企業において本書に書かれてあることを実践するのは難しいと感じたのである。

 ただ、軍隊組織で良いと思った点が一つある。「参謀」という機能である。言葉自体はビジネスシーンでも使われているので、馴染みがあるように思っていたが、実際の軍隊における参謀という位置付けを明確には理解していなかった。つまり、参謀というのは単に自分の属する部隊の戦術を練るだけでなく、他の部隊の作戦にも口を出せるようになっているのである。官僚的な企業になればなるほど、他部署への口出しが出来にくくなっていくものだが、軍隊ではむしろ、他部署への口出しを奨励している節がある。これにより、組織間の情報非共有といった弊害がなくなるし、ある参謀が留守の場合でも、他の参謀が代役を務めることが出来るのである。これは、「軍隊」という死に直面した組織だから可能なのであろうか? 参謀であろうともいつ死ぬか分からない状況を想定しており、誰か一人に情報が集中しすぎることのないような仕組となっているのであろう。

 この他、ビジネスを意識した書き方になっているのが何ヶ所か。例えば交渉は自分に有利な場所で行えというもの。特に海外との顧客の交渉の場合、すぐに資料が揃う日本で交渉した方が有利だと説いている。また、交渉の際には一つだけ逃げ道を作っておき、そこへ追いこんでいくと良いそうである。逃げ道を全て塞いでしまうと、自暴自棄になり、交渉が長引くとのこと。確かにそうかもしれない。

 軍隊といえば、私が入社した頃の社長が、印象深い話をしていたのを思い出した。その先代の社長は軍隊出身だったのだが、戦場では言われたことをいちいちメモをとる時間などなく、とにかく徹底して暗記しなければならなかったとのこと。そのせいか、とにかく記憶力がよく、部下が提出した数字などを部下以上によく覚えていたそうである。よく「忘れる為にメモを取る」というメモ術のことを耳にするが、忘れていいことはメモに残しておき、本当に必要なことはその場で覚えてしまうというのが真髄であろう。要は、覚えるべきこととメモにするべきことを、使い分けなければならないということである。

 最後にもう一つ。ビジネスには関係ないのだが、日本ほど精緻な地図が売られている国はないそうである。日本では国土地理院が地図の管理をしているが、ほとんどの国では国防省がこれを行っている。いざ戦争となると、地形の把握は重要事項であり、軍事機密となるからである。日本と同じ感覚で、海外での詳細な地図を求めていると、スパイに間違えられてしまうこともあるそうなので注意が必要だとのこと。ささいなことかもしれないが、日本人の危機意識の薄さはこんなところからも来ているのかもしれない。

>2004.10.27.WED

苗村屋読書日記 [70]

     



































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