○0360 『明治・父・アメリカ』 星新一
○0359 『奪取』 真保裕一
△0358 『白球残映』 赤瀬川隼
△0357 『骨音−池袋ウエストゲートパークIII』 石田衣良
△0356 『異人たちとの夏』 山田太一


○0360 『明治・父・アメリカ』 >星新一/新潮文庫/1995.02.09・2004.12.08

 背表紙あらすじ:福島の田舎から東京に出て苦学し、さらに二十歳で単身アメリカに渡った一人の青年。彼はいつも貧しかったが、決して挫けなかった。住み込みで働きながら小学校で英語を学び、行商や翻訳をして大学の学資を稼いだ。彼は、周到な計画と持ち前の克己心で困難を乗り越え、貪欲に異国の新しい文明を吸収していく。ショートショートの名手として知られる著者が、父であり星製薬の創始者である星一の若き日の姿を感動的に描く傑作評伝。

 3度目の再読である。タイトルの横に付した日付は2つしかないが、最初に読んだのは高校生の頃で記録が残っていない為。中学生の頃に星新一のショートショートに出会い、とにかく星さんの作品を読破しようとして巡り会った作品である。本書は、ショートショートではなく、星さんの実父の伝記。高校生ながらに、アメリカという国に憧れ、いつかはビジネスマンとして大成したいと思ったのを思い出す。

 社会人になる直前にも再読しており、恐らくこれから社会に出て行くに当たって、勇気付けられる本を読みたかったに違いない。星新一氏の実父である星一(ほしはじめ)氏は、20歳前後で単身渡米し、後に星製薬という企業を一代にして築いた立志伝中の人物。苦学しながらコロンビア大学のマスター・オブ・アーツを取得し、アメリカに日本という国を紹介する雑誌を出版し、とその志の高さには見習うべき点が多い。

 時代が違うといえばそれまでだが、感銘を受けたエピソードや考え方が随所に散りばめられている。

  • 酒が嫌いではなかったが、それを買う金銭的余裕がなく、勉強のほかに熱中できるものがなかった。
  • 貧しい農家の生まれであることを幸運に思っている。将来、偉大な人物になれる保証のようなものだから。金持ちの家に生まれていたら向上を考えなかったであろう。
  • 人生とは家屋の建築のようなもの。基礎工事として、いかなることにも耐えられる意志と身体を持とうと思い、そう努めている。
 星一の周りには、歴史上の人物も多く登場する。伊藤博文、新渡戸稲造など、なぜかお札に所縁の人が多い。今年の11月から新紙幣の千円札に登場した野口英世とも、福島出身でアメリカで苦学している者同士ということで、仲が良かったらしい。野口英世の伝記を読むと、英世が母に会う為の帰国費用をある篤志家が寄付したという件りがあるが、この篤志家こそ、星一氏だったそうである。星自身、前述の伊藤、新渡戸の他に、杉山茂丸や後藤新平といった人々の援助を受けており、英世を援助することで間接的に恩返しをしたかったのかもしれない。

 最後に、杉山が渡米前の星に語った言葉を抜粋してたい。「粗食でもいいから十分に食え、十二分に食うな。栄養をとったら、くたびれるまで十分に働け、十二分に働くな。くたびれたら十分に眠れ、十二分に眠るな。それで肉体の調和がたもてる。脳の調和は、むだな空想にひたらないことでたもて。なにか問題にであったら、ひとつずつよく考えて検討せよ。そして、考えがまとまったら、いかなることがあってもやりとげるのだ。悪い結果になることもあろうが、いずれにせよ、その経験だけは決して忘れてはいけない」

>2004.12.08.WED


○0359 『奪取』 >真保裕一/講談社文庫/1999.05.25・2004.12.06

 背表紙あらすじ:【上巻】1260万円。友人の雅人がヤクザの街金にはめられて作った借金を返すため、大胆な偽札作りを2人で実行しようとする道郎・22歳。パソコンや機械に詳しい彼ならではのアイデアで、大金入手まであと一歩と迫ったが…。日本推理作家協会賞と山本周五郎賞をW受賞した、涙と笑いの傑作長編サスペンス! 【下巻】ヤクザの追跡を辛うじて逃れた道郎は、名前を変え復讐に挑む。だがその矛先は、さらなる強大な敵へと向かい、より完璧な1万円札に執念の炎を燃やす。コンピュータ社会の裏をつき、偽札造りに立ち向かう男たちの友情と闘いを、ユーモアあふれる筆緻で描いた傑作長編。予想もできない結末に思わず息をのむ!

 新札が発行されて1ヶ月余り。最近、旧札による偽札事件が頻発している。偽1万円札をタクシーで使用したり、中学生が偽の千円札を偽造したり。また、高速道路の回数券の大量偽造も世間を騒がせていた。新札の発行を機会に、たまたま手に取ったのが本書だが、読み始めた途端にこのような偽札事件が頻発して少々驚いている。小説中の偶然はあまり好きではないが、日常にふと沸き起こるこのような偶然は嫌いではない。

 さて、本書は真保裕一らしからぬ痛快なアクション・コメディである。真保といえば、デビュー当初は「小役人シリーズ」で有名になり、その後も社会派の物語を書いてきた作家であるが、本書は本人が意識している通り多分にマンガチックであり、軽く楽しめる作品である。しかし、軽く楽しめるからといって中身も軽いかといえばそうではなく、特に偽札の印刷に関する部分や、紙の作成に関する技術など、持ち前の取材力をフルに活かしてリアルにかつ緻密に描ききっているあたりは流石である。もちろん、本書を読んだだけで偽札など作れる訳もないのだが、なんとなく自分にも作れるのではないかと感じさせるあたりがこの作家の凄いところであろう。

 今回の一連の偽札事件では、偽札作成マニュアルのようなものがインターネットで流出するなど、本書の執筆当初から考えると随分時代が変わったようにも感じるが、今から十年も前に、両替機などの機械的な弱点を突いた偽札事件を考案するあたりの発想は時代を先取りしているといってよいだろう。結局偽札というのは、印刷の技術と、透かしを含めた紙の作成技術の集大成ということであろう。

 さて、今回の新札では樋口一葉が日本で初めて女性の肖像画として登場しているが、今まで女性を登場させなかったのには理由があるそうである。決して男女差別から発生しているのではなく、ポイントは「髭」だとのこと。偽札を防止するために、真似のしにくい髭のある男性像をずっと使用してきたそうである。しかし、よくよく見てみると、旧札の福沢諭吉には髭がない。テレビ番組で仕入れた薀蓄なのでこれ以上の理由はわからなかったのだが、いずれにせよ日本のお札に女性が登場したということは喜ばしい限りである。髭のない女性を描いても偽造されないだけの技術が発達したという風に理解したい。

 新札の話題をもう一つ。前回の新札発行時に比べて、旧札との入れ替わりの度合いが遅いそうである。それもそのはず、給料は現金の手渡しから銀行振り込みに変わり、少し高い買い物をする時はクレジットカードを使用しと、現金を利用する機会が減っている為である。確かに、巷にはクレジットカードやプリペイドカードに加え、デビットカード、電子マネーなどハイテク貨幣とでもいうべきもので溢れている。これらの増加に伴い、クレジットカードやキャッシュカードの偽造といった犯罪も増加しているのが事実。新札による偽札防止もよいが、これらのカード偽造対策も、国主導でしっかりと行ってほしいものである。

 なんだか、小説の感想から離れてしまったが、分厚いわりには一気に読める痛快な作品。むしゃくしゃした時に読むのも一興。そういえば、作中に、千円札を夏目漱石、五千円札を新渡戸稲造と表現しているところがあったのだが、あと十年もすれば注釈が入るのだろうか。余計な心配だが…。

>2004.12.06.MON


△0358 『白球残映』 >赤瀬川隼/文春文庫/2004.12.04

 背表紙あらすじ:白球を追えば、よみがえる記憶の数々─。苦しい恋、かなわぬ夢、探し続けた本当の自分。誰しもが抱えもつ魂の壷よ。あふれ出す思いよ。あのとき、あのひとは…。端正な文章に深い情感を込めて直木賞に輝く名品のなかの名品です。野球と人生は、どこか似ている。胸に吹きわたる緑の風をお楽しみください。解説・谷村志穂

 直木賞受賞作ということや、『白球残映』というタイトルから、なんとなく長編小説だと思って読み始めたのだが、第2章に入り主人公が変わっていることから短編小説だと気づいた。いわゆる表題作がないため、タイトルから野球をテーマにした連作短編集かなと、またもや想像を膨らませるのだが、2作目『夜行列車』では野球の話が全く出てこず、どういった主旨の短編集なのだろうと、随分戸惑いながら読み進めた。

 なんだかもやもやしてきたので、『夜行列車』を読み終えた時点で「あとがき」を読んでしまった。すると、一応、野球をモチーフにした連作小説で、しかも、主人公の年齢層が徐々に上がっていくというではないか。なかなか凝った演出だと思いながら、安心して読み進めることが出来た。別に短編集にまでテーマを求めることはないのだが、この辺りが私の凝り性の部分かもしれない。

 続けて「あとがき」を読むと、1・2作目は執筆の時期まで異なり、過去に書いた作品とのこと。確かに、読み進めると、3〜5作目とは作風が違う。逆に言えば、過去の作品を無理やり短編集に入れることによって、若干の調和の乱れも感じるが、そこは若かりし頃の作品ということで大目に見た方がよいのだろう。特に印象に残った、3作目と4作目について感想を述べたい。

『陽炎列車』…会社勤めの主人公と、その友人のプロ野球選手の話。プロ野球選手の方は、そろそろピークを超えて引退を考えてもおかしくない年齢。一方、会社員の方はまだまだ中堅。スポーツ選手の寿命の短さを感じさせられる。それぞれの悩みを抱えながら、互いの頑張りに励まされあう、ハートウォーミングな逸品。

『春の挽歌』…死期が近い父親に、好きだった野球を見せてやろうという二人の息子の計画から物語は始まる。父の死後、野球にかけた父の情熱を知ることになる息子達。国鉄マンとして生きた父が、戦後のどさくさで国鉄を追われた後も、影で野球を応援し続けた父親の姿に感動。作中に「国鉄スワローズ」と「近鉄パールズ」という球団名が出てくるが、昨今のプロ野球の一連の騒ぎの中、時代の変遷を感じさせる作品でもあった。

 この筆者は、どうもオープン戦が好きなようで、後半の3作は全てオープン戦が舞台となっている。成績を気にせず、のびのびとプレーする選手が好きであり、応援がやかましすぎないのも好きだと、作中の人物に語らせているが、これは筆者の気持ちを代弁したのであろう。そういった視点で眺めると、オープン戦もまた、別の楽しみ方が出来るかもしれない。

>2004.12.04.SAT


△0357 『骨音−池袋ウエストゲートパークIII』 >石田衣良/文春文庫/2004.12.02

 背表紙あらすじ:世界で一番速い音と続発するホームレス襲撃事件の関係は? 池袋ゲリラレイヴで大放出された最凶ドラッグ「スネークバイト」の謎とマコトの恋のゆくえは…。現代のストリートの青春を生きいきと描き、日本のミステリーシーンに新しい世界を切り拓いた、ご存知IWGP第3弾! ますます快調のTV化話題作。解説・宮藤官九郎

 池袋ウエストゲートパークの第3弾である。主人公のキャラクターも定着し、そろそろマンネリに陥るのではないかと心配していたのだが、杞憂に終わったようである。独特のリズム感は健在で、一気に読了。しかし、この作者は若者のトレンドを良く見ているなと感心。レイヴとか知らないよなぁ、普通のオヤジは、と思ってしまう。前作と同じく4章から成る短編集なので、それぞれにコメントしたい。

『骨音』…この短編はTVドラマ化されており、以前、妻が見ていたのをチラチラと横目で見ていたので、何となく結末を知ってしまっていた。やはり、ミステリーというのはネタバレだと楽しめないものだということを痛感した作品。「世界一速い音」というコンセプトも面白く、先入観がなければ充分に楽しめた作品だと思うのだが、やはり結末を知っているというのは…。という訳で、本作に関しては、ちょっとコメントしづらいというのが正直なところ。表題作だけあって、力を入れて書かれており、いい作品だと思うのだが…。

『西一番街テイクアウト』…『骨音』から一転してハート・ウォーミングな作品。石田さんの、池袋を見つめる温かい眼差しを感じる。香緒という少女には、前作『少年計数機』に通ずるものを感じた。筆者は無垢な少年・少女を描くのが得意なのかもしれない。未読だが『4TEEN』にはこんな少年・少女が出てくるのだろうか、と期待が膨らむ。

『キミドリの神様』…「ぽんど」という地域通貨をテーマにした作品。「池」袋だから「ぽんど」なのだろう。地域通貨といえば『希望の国のエクソダス』にも出てきたが、最近はなかなか活発のようである。ネットで検索してみると、日本でも500件近い地域通貨が発行されている。電子マネーなどもどんどん実用化しつつあり、貨幣の存在意義が変わる日も近いかもしれない。よくよく考えると、通貨というのは信用の上に成り立っている唯の紙切れにすぎない。

『西口ミッドサマー狂乱(レイヴ)』…冒頭にも書いたが、本書を読むまで「レイヴ」という単語を知らなかった。少し前に話題になったスーパー・フリー(スーフリ)などもレイヴの一種なのだろうか。純粋にこのようなお祭り騒ぎを楽しむ人がいる裏側で、人々の欲望を悪用しようとするのはどこにでも転がっている話である。現実世界のスーフリと、本書に出てくるスネークバイトとは、性欲と薬物という違いはあるにせよ、日本の秩序が崩壊寸前にあることを改めて気付かせてくれる事象である。IWGPIIでも感じたことだが、4つの短編のうち、3つまでは比較的ハート・ウォーミングなのに、4作目で一気にヘヴィになってしまうのが残念。エディという少年が首を斬られてしまうシーンでは、香田証生さんの事件があったばかりなので、余計に残酷に感じてしまった。ラストにこのような物語を持ってくるのはちょっと後味が悪い。もう少し構成に気を使ってくれたらと感じてしまう。

>2004.12.02.THU


△0356 『異人たちとの夏』 >山田太一/新潮文庫/2004.11.26

 背表紙あらすじ:妻子と別れ、孤独な日々を送るシナリオ・ライターは、幼い頃死別した父母とそっくりな夫婦に出逢った。こみあげてくる懐かしさ。心安らぐ不思議な団欒。しかし、年若い恋人は「もう決して彼らと逢わないで」と懇願した…。静かすぎる都会の一夏、異界の人々との交渉を、ファンタスティックに、鬼気迫る筆で描き出す、名手山田太一の新しい小説世界。第一回山本周五郎賞受賞作品。

 急遽、出張が入り、更新が滞ってしまった。移動時間が結構あったので、読書がはかどったのは良かったのだが…。さて、以前、山本周五郎賞を読破したいと、日記に書いてから随分経つ。いろいろ読みたい本が山積みで、遅々として進んでいなかったのだが、久しぶりに手にしたのが本書。既に一度読んでいたこともあり、なかなか感想を書く機会がなかったのだが、少し薄手の本を読んで見たい気分になり、手に取った次第。

 山田太一の作品は、それほど沢山読んだ訳ではないが、本書のような非現実的な世界を描いた作品は珍しいのではないだろうか。山田太一といえば『ふぞろいの林檎たち』に代表される大人の恋を描いた作品や、日常の何気ない人間関係を描いた作品が多いように思う。一方、本書は幼い頃交通事故で死別してしまった両親が当時の年齢のまま主人公の前に現れるという物語。

 主人公は40歳を超えているのに対して、両親は30代のまま。自分より年下の夫婦に「お父さん、お母さん」と呼びかける様は、少し怖い。なぜか両親と会うことで体力を奪われていき、自分では気が付かないが他人から見るとげっそりとやせ細り、顔も青白いようである。このままでは主人公自身が死んでしまうかもしれないと、両親に別れを告げに行くシーンはなかなか感動的。夏だというのにすきやきを囲み、話をしているうちに両親の影がぼやけていく。両親が消えてしまった後、とっさに形見として箸を手に取るシーンが、何気なくて涙を誘われる。

 死んだ人間が登場するからといって、SFでもホラーでもなく、やはり人間関係を濃厚に描いた作品。ただし、ラストには大きなどんでん返しが待っており、結構びっくりさせられる。☆ネタバレになるが、映画『シックス・センス』と同じ結末だといえば想像がつくだろうか?☆ こちらの作品の方が随分前のものだが、人間が考えることは似たようなものが多いということだろうか。

 しかし、これだけ衝撃的なラストだったにもかかわらず、すっかり失念してしまっていた。せっかく沢山の本を読んでいるのに、もったいないような、でも二度楽しめるから得をしたような。そういえば、何かの雑誌に「人間が一度得た情報を覚えていればそれは知識となり、忘れてしまえばそれは知恵となる」という言葉が掲載されていたような気がするが(これも定かではない)こんな言葉は気休めに過ぎないだろうか…。

>2004.11.26.FRI

苗村屋読書日記 [72]

     



































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