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![]() △0410 『世界は密室でできている。』 舞城王太郎 △0409 『真相』 横山秀夫 △0408 『ぼっけえ、きょうてえ』 岩井志麻子 △0407 『新米国公認会計士試験・管理会計』 杉浦理介 ×0406 『空港にて』 村上龍 △0410 『世界は密室でできている。(THE WORLD IS MADE OUT OF CLOSED ROOMS)』 >舞城王太郎/講談社文庫 背表紙あらすじ:15歳の僕と14歳にして名探偵のルンババは、家も隣の親友同士。中3の修学旅行で東京へ行った僕らは、風変わりな姉妹と知り合った。僕らの冒険はそこから始まる。地元の高校に進学し大学受験−そんな10代の折々に待ち受ける密室殺人事件の数々に、ルンババと僕は立ち向かう。鮮烈! 新青春エンタ!! 私の舞城との出会いは『煙か土か食い物』である。独特の語り口調で圧倒されたのだが、本書も負けず劣らずのパワーを感じさせる小説である。内容のほうも、密室殺人が3件起こるという超非現実的な内容。この筆者に対して現実味がないと怒るのは的外れというもの。 それにしても感想の書きにくい作家である。彼の作品を低評価に終わらせてしまうと、自分自身の小説を読む力がないと思われるのではないかという不安が生じる。しかし、最初に読んだ『煙か土か食い物』に比べるとインパクトが薄く、また今回は密室ものだが、3つめの密室についてはちょっと無理を感じてしまったので△とさせていただいた。ネタバレになってしまうが、☆部屋の一部が回転してハーケンクロイツが現われるというのはちょっとやりすぎな気がする。私は5つめの密室は単純にそれぞれの部屋のドアを開けると、向かいの壁にドアがピタッとはまってつくられるものだと思っていたのだが…。☆ 結局、誰にも解けないような謎解きをルンババ12こと番場潤二郎が解決していくのだが、読者に推理する暇を与えないスピード感は素晴らしいものの、ミステリーとしてはどうかなと思ってしまう。ちなみに、ルンババというのはどこかで聞いたことのある名前だとおもっていたのだが、『煙か〜』の三郎が書いているミステリーの主人公の名前。思い出せなかったので、『煙か〜』をパラパラと読み返してしまったではないか。また、本書の4つの部屋の持ち主は「奈津川」という。これは『煙か〜』の主人公・四郎の苗字でもある。このように過去に読んだ作品と微妙にシンクロするところが読者にとってはたまらない。 他作品とのシンクロという意味では伊坂幸太郎の作品にも、このような趣向が見られる。また、舞城作品と伊坂作品のもう1つの共通点として、地方を舞台にしているという点が挙げられる。舞城はいわずとしれた福井県を舞台にしているし、伊坂は仙台が舞台となる作品が多い。伊坂の方も、舞城ほど破天荒ではないにせよ、物言うカカシを登場させたりとシュールな部分を持つ作家。似て非なる二人が良い方向で競い合ってくれれば、日本の文学界はまだまだにぎやかになるであろう。(そういえば、警察文学の巨匠である横山秀夫にも、特定の都市ではないが、東京以外の地方都市を舞台にした作品が多い。どうやら、文学界は都心離れを起こしているようである) 訳の分からない世界を描きながらも、無理矢理ラストまで読ませる豪腕はさすが。伊坂作品のスマートさに対して、舞城作品は毒があるといおうか、無骨といおうか。まぁ、面白ければ何でもいいのだけれど。
△0409 『真相』 >横山秀夫/双葉社 横山秀夫は長編よりも短編向きの作家だと思う。もちろん横山秀夫レベルであれば短編であろうが長編であろうがどちらでも面白いのだが、短編の方は「名手」と言っていいほど完成度の高い作品が多い。しかし、冷静に見てみるとただの短編集よりも、連作短編集の方が俄然面白いということに気づいた。 連作短編集というのは1つのテーマ、1つの舞台、共通の登場人物など、それぞれの短編が何らかのかたちで結びついているものである。例えば主人公が同じで、警察内部の管理部門の視点を描いた『陰の季節』や、ある県の捜査一課の面々を描いた『第三の時効』など。共通のテーマで描くということは、それだけ制約が大きいということなのだが、読者としての面白味も大きくなる。逆に、普通の短編だと短すぎて余韻が残らないというのだろうか、一切の無駄を削ぎ落とした素晴らしい文章なのだが、もう少し遊びの部分があってもいいと感じてしまうのである。 本書は、そんな連作ではない短編集。帯を読むと「この手だけはずっと繋いでいたい」という見出しと「事件の後に残るものとは何だろう。そんな獏とした思いが、この連作集の出発点だった。事件とは、死者にとってのドラマではなく、死者を取り巻く人々の哀しみや懊悩−。そうだとするなら、事件が終わった後にこそ、人の胸を焼き焦がす『真の事件』が頭を擡げる」という筆者の言葉が載せられている。…なんだ、ただの短編集だと思っていたら、連作短編集ではないか。 私としては、各短編を結びつける強烈な共通点が感じられなかった為、ただの短編集だと思ったようである。タイトルを見返してみると、確かに「犯罪その後」がテーマ。わざわざ筆者が書かなければ気付かないというのは、短編集として成功なのか失敗なのか。短編集と連作短編集の比較をいつまでも続けていてもキリがないので、個別の感想を。 『真相』…息子を殺された父親が、死の直前の息子の実態に迫る話。そこには顔を背けたくなるような真相が。息子のことを盲目的に信じてしまう父親像は『深追い』の中の『仕返し』にも通じる部分。横山秀夫作品には父と息子をテーマにしたものが多いように感じる。 『18番ホール』…「墓穴を掘る」とはまさにこのこと。タイトルのホールは「墓穴」にも通ずるのだろうか。つい最近、選挙小説である『ダイスをころがせ!』を読了したばかりであり、選挙の別の側面を垣間見ることが出来た。フィクションの世界とはいえ、いろいろな立候補者がいるものである。 『不眠』…職を失い、生活費欲しさに睡眠に関する人体実験を受けた男が不眠症に陥る話。眠れない夜に見かけた車が殺人事件を解決するきっかけとなる。不眠が発症する過程が面白く、失業という世相も反映してなかなか面白い作品。さらっと読めるのだが余韻のある作品である。 『花輪の海』…なんだか後味の悪い作品。空手のしごきに耐え切れず、友人を見殺しにしてしまうのだが。舞台が海であり、体育会系の運動選手が出てくるせいか『出口のない海』を連想してしまうのだが、裏側に流れる人間の脆さをまったく別の観点から描いており、似ても似つかぬ作品に仕上がっている。ラストに救われているが、遣る瀬無い思いが募る作品。 『他人の家』…本書で一番面白かった作品。インターネットが罪を償い社会に復帰しようとしている人の足を引っ張るというのは、現実に起こっているであろう問題。一方では、性犯罪者などが社会復帰する際には地域住民に告知するだのしないだので揉めていたり、なかなか重たいテーマである。考えるに、犯罪者には2種類あり、心の底から罪を償い何とか社会復帰しようと頑張っている人と、刑務所から出てしまえばこっちのものとばかり犯罪を繰り返す人がいると思う。特に性犯罪の分野で後者が多いと言われているそうだが、犯罪者の人権と地域住民の安全とを天秤に掛けるようで難しい問題。結局、国や地方自治体は再犯を恐れて、告知などの措置に出る傾向にあるのではないだろうか。犯罪者の人権よりも犯罪を犯していない地域住民の安全を優先するのは、ある種仕方のないことかもしれない。しかし、前述の通りまじめに働こうと思っている人もいる訳であり、インターネットや各種法令に復帰の道を絶たれたがゆえに再犯に走るというパターンもありうるのではなかろうか。真保裕一の『繋がれた明日』でも同じようなテーマを扱っているが、こちらも重たい作品である。
△0408 『ぼっけえ、きょうてえ』 >岩井志麻子/角川ホラー文庫 背表紙あらすじ:―教えたら旦那さんほんまに寝られんようになる。…この先ずっとな。時は明治。岡山の遊郭で醜い女郎が寝つかれぬ客にぽつり、ぽつりと語り始めた身の上話。残酷で孤独な彼女の人生には、ある秘密が隠されていた…。岡山地方の方言で「とても、怖い」という意の表題作ほか三篇。文学界に新境地を切り拓き、日本ホラー小説大賞、山本周五郎賞を受賞した怪奇文学の新古典。 あらすじにもある通り岡山弁で「とても、怖い」というタイトル。解説で京極夏彦が触れているが、ここまでストレートなタイトルは珍しいのではないかとのこと。タイトルだけでなく、本分も岡山弁で語られていく。私は関西の出身で、広島や岡山の友人がいる為、岡山弁に対してさほど抵抗はないのだが、馴染みのない人にとっては非常に読みづらいのではないかと危惧を抱くほどコテコテの岡山弁である。この岡山弁が、恐怖をさらに高めているのかもしれない。本書が山本周五郎賞を受賞したということは、表現の分かりにくさよりも、方言による独特の怖さのほうが評価されたということであろうか。 妾(わたし)が寝物語的に語る淡々とした生立ちの中に、ラストの恐怖に繋がる複線が見事に散りばめられている。随分と話題にもなった作品の様だが、幸いにもラストは知らなかったのでどうなることかと期待して読み進めた。個人的には「怖さ」よりも「なるほど、そう来たか」という納得感の方が強かった。この『ぼっけえ、きょうてえ』を読んで、ふと思い出したのが、小松左京の『くだんのはは』。まったくシチュエーションは違うのだが、ラストの意外さと、そこへ至るまでの伏線の張り方など、共通点を感じたのである。と思っていたら、短編集の最後に収められていたのが『依って件の如し』 ☆「くだん」というのは、頭が牛で体が人間の化け物のことだそうで、本書では物語の最初の方に出てくるのだが、小松左京の「くだんのはは」にとってはネタバレになってしまう。☆ ちなみに、岡山県には「牛窓」という地名があったりして、牛に縁の物語が多いそうである。 本書のカバー装画は甲斐庄楠音の「横櫛」という絵だそうだが、「新選組!」の優香に似ているなんていうとファンの方に怒られるだろうか。なかなか本編にマッチした、いい装画なのだが。
△0407 『新米国公認会計士試験[重点解説シリーズ]管理会計』 >杉浦理介・石垣俊夫/清文社 USCPAの試験制度が変更になり、新しくBUSINESS ENVIRONMENT & CONCEPT(略してBEC)という科目が追加された。追加といっても、従来のLAWの一部や原価計算、ITなども含んでいるので、全く新しいというわけでもないのだが、経済学やファイナンス理論も学ばねばならず、広範囲にわたる知識が必要となる。本書は、新制度移行の前後に書かれたもので、BECの内、COST MEASUREMENT つまり原価計算と、PLANNING, CONTROL, AND ANALYSYS という分野について詳述されたものである。 本シリーズは、新制度移行前の講師が執筆している為、同じBECの範囲でも複数のテキストを読まなければならないのが難点だが、ひとつひとつの解説が非常に丁寧であり、初心者にはお勧めである。私は某学校に通っているが、その気になれば本シリーズとWILEYだけで合格することも充分可能であろう。(必要単位の取得などは別問題) しかし膨大な範囲を細かく抑えていく必要はなく、分からないところは読み飛ばすくらいの心構えで取り組まないと、時間がいくらあっても足りないであろう。本書で基本的な部分を一通りカバーした後は、早めに問題集に取り組むべきである。 さて、原価計算そのものは、日本もアメリカも大差ない為、比較的容易に取り組むことができた。一応日商簿記の2級を持っているので、少しだけ楽ができたかもしれない。しかし、日商の時にも苦労した、製造間接費の差異分析は今回もよく分からないままである。あまりよくないことではあるが、恐らく1問か2問程度しか出題されないであろうから、現段階では適当に流してしまった。説明するのも難しいのか、教科書もこの部分だけは難解である。 さて、後半の経営計画や意志決定の分野は、ファイナンスの理論も使用しておりなかなか面白い。特に意志決定の章では、DCF法やIRR法といった手法が解説されている。DCF法とはDISCOUNT CASH FLOW のことで、設備投資やプロジェクトから生まれる将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く手法のこと。財務会計でTIME VALUE OF MONEY について既に学んでいるので、このあたりもスムースに理解できた。なお、このDCFから投資金額を差し引いたものがNPV(NET PRESENT VALUE)であり、こちらも正味現在価値などと訳されて、日本でも馴染み深いものになりつつある。IRR法とは、INTERNAL RATE OF RETURN のことで、将来のキャッシュフローが初期投資額に等しくなるような、つまりNPVがゼロとなるような割引率のことをいう。この割引率が社内のハードルレート(最低限達成しなければならないレート)を上回るかどうかで、投資判断を行うものである。 これらのファイナンス理論については、今まであまり耳にしたことがなかったのだが、最近は社内でも少しずつ使い始めているようである。非常に興味深い分野なのだが、今は「広く浅く」に徹したい。試験に合格したらゆっくりと勉強してみたい。
×0406 『空港にて』 >村上龍/文春文庫 背表紙あらすじ:コンビニ、居酒屋、公園、カラオケルーム、披露宴会場、クリスマス、駅前、空港─。日本のどこにでもある場所を舞台に、時間を凝縮させた手法を使って、他人と共有できない個別の希望を描いた短編小説集。村上龍が30年に及ぶ作家生活で「最高の短編を書いた」という「空港にて」の他、日本文学史に刻まれるべき全8編。 本人曰く「最高の短編集」とのことだが、個人的には疑問が残る出来栄え。最近『コインロッカー・ベイビーズ』を読み返したこと、グアムまで受験に行ったせいか『空港にて』というタイトルに妙に惹かれてしまったこと、そして筆者自らが「最高の」と冠していることなどから、衝動買いしてしまったのだが…。400円だし、時間もそれほど取られずさらっと読めたので後悔している訳ではないのだが、なんとなく騙されたという気分。期待が大きいと、裏切られたという感覚も大きくなってしまうということ。 「時間を濃縮させた手法」とのことだが、現在と回想を織り交ぜているだけで、それほど目新しいとは思わなかったし、普通の日常を輪切りにしたような小説であれば、佐藤正午や白石一文といった名手がいるのだから、わざわざ村上龍がこの手の小説を書く意味があるのだろうかと思ってしまった。つまらなくはないのだが、もう一味、もう一ひねりが欲しかった。 最初は連作短編かと思っていたので、共通点を探しながら読んでみた。目次を眺めると『コンビニにて』『居酒屋にて』といった場所を表すタイトルが並ぶ。読み始めると「音」「虫」「いじめ」「足の爪」といったキーワードが気になってくる。しかし、全編を通してのテーマというものが見えないなぁと思っていたのだが、あとがきを読んで「将来への希望」がテーマだと知った。もともと留学情報誌に連載されたもので、登場人物が最終的に海外へ旅立つという設定だそうである。あぁそうかと思ってパラパラと読み返してみると確かにその通り。無理してテーマを探しながら読む必要もないのだが、こういった一貫性を感じると安心してしまうのが我ながら滑稽である。 タイトルは『○○にて』と、日常的な場所+「にて」という単語。これが『コンビニで』『居酒屋で』『空港で』となると、意味は同じなのに途端に文学性を失ってしまう。日本語の微妙なニュアンスというものは難しくも不思議なものである。
苗村屋読書日記 [82]
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