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![]() ○0440 『影踏み』 横山秀夫 △0439 『懲戒解雇』 高杉良 △0438 『社長の器』 高杉良 ○0437 『銀行狐』 池井戸潤 △0436 『暗いところで待ち合わせ』 乙一 ○0440 『影踏み』 >横山秀夫/祥伝社 死んだ双子の弟が、頭の中で生き続けている、という設定に、少し違和感を覚えないでもなかったが、読み進んでいるうちに、グイグイと惹きこまれてしまった。流石は横山氏、である。母親に無理心中させられた弟・啓二の魂は、成仏することが出来ず、兄・真壁修一の耳に語りかけてくる。兄・修一はかつては弁護士を目指したほどだったのだが、胸にわだかまりを抱えながら、ノビ師となって第二の人生を歩み出す。ノビ師とは、夜中に寝静まった家に忍び込む泥棒のこと。 やはり横山氏は短編の名手である。しかも連作短編を書かせたら右に出る者はいないであろう。今回も、1つの設定を巧に膨らませ、1話1話がしっかりと完結しながらも、次作への伏線となっていたりして、非常に面白い構成であった。忘れていた人物が、別の短編で急にクローズアップされたりと、凝った構成でもある。中でも、人がいる家に入り込めるという特技を生かした、サイドストーリー的な『使途』が面白かった。強がっている修一の本当の姿を垣間見たようで、すがすがしい気持ちになれる作品。まぁ泥棒はよくないのだが。 ラストで、弟が真実を語り、成仏していくシーンも感動的。昔の恋人である久子との関係や、啓二の驚異的な記憶力も、物語に弾みをつけている。新聞記者という経歴を武器に、より、現実の世界に近いものを書こうというのが、横山氏の主義なのかと勝手に思っていたので、今回のような少しSFがかった作品も、なかなか面白かった。 久しぶりの横山作品で、十分堪能したのだが、なぜか感想が書きにくい作品でもある。まぁ、いい作品にはごちゃごちゃと文句を言う必要もないので、たまには短い感想でもよしとしよう。
△0439 『懲戒解雇』 >高杉良/講談社文庫 背表紙あらすじ:旧財閥系大企業トーヨー化成工業に勤める森雄造は、東大を優秀な成績で卒業し、筆頭副社長のおぼえもめでたい自他ともに許す超エリート社員である。その森がどのようにして懲戒解雇のブラフをかけられ、それにどのように立ち向かったか――ひとりのビジネスマンの壮烈な生き方を描く注目の書下ろし長編。 先日読了した、『社長の器』に引き続き、実話を元にしたフィクションである。ちなみに、本書・『社長の器』とも再読。1998年〜99年にかけて、高杉作品を読み漁った時期があったのだが、最近は新作がなかなか文庫化されないので、手を出していなかった。池井戸潤や江上剛の作品を読んで、自分の中に経済小説ブームが来たようである。懐かしさを交えながら、また、こんなシーンあったかなと思いながら再読している。 さて、内容の方は『社長の器』以上に、頭に来る話である。多少自分をアピールしすぎるとはいえ、エリート社員である森を、後ろ暗い気持ちのある幹部連中が徹底して排除しようとする。左遷や子会社への出向ならまだしも、懲戒解雇するというのはいかがなものか。最後の最後で、多少の救いはあるにせよ、納得のいかない結末。実話を元にしている以上、ある程度は仕方がないのだろうが…。いや、実話だからこそ、やり切れないのだ。 子会社の社長に転出する速瀬と人事課長の仁科だけが救いであるが、果たして友人が森のような境遇に陥ったときに、仁科のような態度が取れるであろうか。はたまた、自分自身が森のような境遇に陥ったら…。現在ではさすがに、懲戒解雇まではありえないと思うが、サラリーマンたるもの、上司次第では何が起こるか分からない。森の上司に立ち向かっていく強さ、逆境に負けない強さは賞賛に値する。 解説はおなじみの佐高信。今回は企業の「清規」と「陋規」について触れている。清規とは、法律とか規則等の表向きのルールであり、陋規とは表向きにされてはいない不文律のようなものである、とのこと。例えば私用電話など、清規的にはダメだが「陋規的」には許される。今回の森の場合、陋規で許されていたものを、上司の反感を買ったがために、徹底して清規一色に塗りつぶされてしまったのである。 ところで、私は「サラリーマン」という言葉があまり好きではない。「マン」とつけるところが、男女差別的であるし、一方で雇われの身である自分を卑下しているように感じてしまうから。普段、このホームページでは「ビジネスパーソン」という言葉を使うようにしているのだが、1980年代の高杉作品の感想を書くに当たっては、「サラリーマン」という言葉を使わないと雰囲気が出ないのである。
△0438 『社長の器』 >高杉良/講談社文庫 背表紙あらすじ:兄は多国籍企業の総帥、弟は中小企業の2代目社長。冷徹で攻撃型の兄と柔和で温情型の弟。経営理念も器量も異なる兄弟社長が、ことごとくにぶつかりあう。なぜ、確執を続けるのか。経営とは、かくも厳しいのか。2人の経営者が織りなす凄絶な闘いのドラマを通して、社長の器とは何かを考えさせる経済小説。 佐高信の解説によると本書は実話を元にかかれた小説だそうである。本書に登場する兄の高原征一のモデルは、ミネベア社長の故・高橋高見氏とのこと。筆者は、高橋氏が存命中に『闘う経営者』として本書を出版したとのことであり、登場人物の名前の類似からして、誰をモデルに書いているかは一目瞭然であり、なかなか勇気のいる行為である。 考えてみると、経済小説というものには次の3つのパターンがあるのではなかろうか。(1)実話であり、実名で書かれた小説、(2)実話だが、仮名であり、一応フィクションとして描かれた小説、(3)ビジネスを題材にした完全なフィクション。(更に言うと、筆者が元サラリーマンで、自分の経験を元に書いている場合と、作家が取材を重ねて書く場合とがあるだろう) 名作『金融腐食列島』や、本書は(2)に該当する作品である。 読者からしてみれば、(2)が一番面白いのではないだろうか。(1)は実名であるがための制約がいろいろありそうだし、あくまでも事実を積み重ねる必要がある。時にはつまらないエピソードであっても、省略出来ないこともあるだろう。よほど題材が面白くない限り、ストーリー性のある作品を生み出すのは難しいように思う。(3)の場合は、自由に設定や登場人物を創作できるが、事実としての重みが無く、時にはご都合主義に陥ってしまう可能性を秘めている。楡周平の『再生巨流』などは、(3)のパターンで成功した稀有な例ではなかろうか。 では、なぜ(2)が面白いかというと、まさに(1)と(3)の両者のメリットを教授し、デメリットを廃せるものだからである。事実を元に書くのだから、説得性があり、一方で少しくらい筆が走りすぎても大目に見てもらえる。もっともらしいエピソードを付け加えて、盛り上げることも可能であろう。読者にしてみれば、現実の世界に少し味付けを加えた、エンターテインメントな作品にありつける訳である。もちろんのこと、作者に力量がなければ、どんなに面白い題材であろうと、陳腐化してしまう。その点、高杉良は流石…と言いたいところだが、本書に限って言えば、今ひとつというのが正直な感想である。 兄と弟の確執をクローズアップした点は面白いのだが、いきなり弟・高望も死から始まり、高望が会社を大きくしていく過程、高望の死後の兄の嫌がらせのシーン、という構成で、物語の連続性が損なわれているように感じるのである。作者にしてみれば、高望の人望の厚さと兄の冷酷さを描き分けたかったのであろうが、後半は主人公不在のままであり、やはり面白味には欠けてしまう。また、兄からの手紙や裁判のやり取りなど、資料的な記述が多く、ノンフィクションであればまだしも、フィクションでここまでやると、ついつい読み飛ばしたくなってしまう。 単行本の発売は1988年で、15年以上も前の作品。にもかかわらず、M&AやTOBといった単語が出てくるのは流石である。一方で、高望の「会社は従業員のもの」という発言も、古いようで新しい議論であり、興味深い。会社は誰のものかというのは、今も昔も議論される永遠のテーマのようである。
○0437 『銀行狐』 >池井戸潤/講談社文庫 背表紙あらすじ:狐と署名された脅迫状が、帝都銀行頭取宛に届けられた。「あほどもへ てんちゅー くだす」。具体的な要求はないが、顧客情報漏洩、系列生保社員の襲撃と犯行はエスカレートする。狐の真意と正体は?(「銀行狐」)。元銀行マンの江戸川乱歩賞作家ならではの緻密でスリリングな表題作ほか、5編収録の短編集。 この作者とは、どうも相性がいいらしい。私が、続けて3作品を○と評価するのは異例のこと。同じ作家だと、ついつい別作品と比較してしまい、徐々に評価が辛くなっていく。にもかかわらず、池井戸潤という作家は、期待を裏切らない。 本書は短編集。私が短編集に○をつけるのも珍しいこと。というのも、短編集というのは、全ての短編のレベルが一定以上でないと、なかなか好評価を付けにくいため。1編でも駄作が混じっていると、短編集全体の調和を損ねてしまう。そういった意味で、本書は最初の『金庫室の死体』が今ひとつかなと思ったものの、他の作品のレベルが総じて高く、納得の行くものだったので、○とさせていただいた。では、個別に見ていきたい。なお、用語の解説をしようとするとネタバレになってしまうので、未読の方は注意。ネタバレ部分も伏字にしていないので…。 『金庫室の死体』…「浮き貸し」という専門家しか知らないような言葉がでてくるが、さらりと説明している。つまり浮き貸しとは「銀行員が金の貸し借りを仲介することで、金融犯罪にあたる」とのこと。犯罪の動機となる根拠が若干薄いような気もするが、ずっと銀行一筋に勤め上げてきた人が、一度くずれそうになると、脆いものなのかもしれない。 『現金その場かぎり』…現金の横領は現行犯で見つけないと、一度消えてしまった現金は出てこないという意味。銀行がくれる粗品に現金を隠すというアイデアは秀逸。また、残高が合わなかったときの銀行の実務なども克明に書かれており、元銀行員という経歴を十二分に利用したものとなっている。 『口座相違』…この短編集で一番好きな作品。銀行を裏切るのか、銀行に裏切られたのか。立場立場で人の感情が変わるということに、案外気付いていない場合が多い。そんな人間の自己中心的な深層心理を揶揄した作品。ある経営者の計画倒産により、銀行にとっては大きな損が発生してしまうのだが、なぜか読後感のよい作品であった。 『銀行狐』…表題作。短編とは思えない重厚な構成。一人の銀行員の過去と現在を見事に描ききっている。良質な長編を読んだときのような読後感。銀行内部のノルマ至上主義や、上司絶対主義を皮肉った作品。これも、銀行の内部事情に精通していないと書けない作品である。 『ローンカウンター』…銀行というのは当然のことだが、カネを扱う商売である。カネの流れを追うことで、ヒトの生活が垣間見える。そんな現代ならではの恐怖を抱かせる作品。ネットバンキングなど非常に便利だが、果たして大丈夫だろうかと心配してしまう。それほど、カネの流れというのは生活を浮き彫りにする。毎月の家賃から女性が一人暮らしかどうかが分かったり、光熱費の多寡から外食が多いかが分かったり。ちなみに、本作に登場する伊木遥という銀行員は、『果つる底なき』の主人公とのことだが、名前は失念してしまっていた。 解説によると、作者は三菱銀行の出身とのこと。三菱銀行も東京三菱銀行となり、今度はUFJとまで合併。銀行業界もなかなか大変である。波瀾万丈の銀行業界も面白いが、銀行だけに留まらずミステリーとビジネス小説の融合を更に深め、これからも活躍して欲しい作家である。
△0436 『暗いところで待ち合わせ』 >乙一/幻冬舎文庫 背表紙あらすじ:視力をなくし、独り静かに暮らすミチル。職場の人間関係に悩むアキヒロ。駅のホームで起きた殺人事件が、寂しい二人を引き合わせた。犯人として追われるアキヒロは、ミチルの家へ逃げ込み、居間の隅にうずくまる。他人の気配に怯えるミチルは、身を守るため、知らない振りをしようと決める。奇妙な同棲生活が始まった―。書き下ろし小説。 気にはなっていたのだが、なかなか手に取る機会に恵まれなかった作家の作品。乙一という変わったペンネーム。なんと読むのだろうと思っていたのだが、単純に「おつ・いち」と読むらしい。若手作家ということで、さほど期待せずに読み始めたのだが、まずまず面白い作品であった。 まず、シチュエーションがいい。盲人の家に逃げ込む逃亡犯という設定。しかも、逃亡犯はもともとは心根の優しい青年というキャラクター作りもうまい。ワン・アイデアかもしれないが、それだけで物語が成立している作品である。このような面白い設定を思いつけば、それだけでキャラクターが勝手に動き出すのではないだろうか。☆徐々に、外の世界に心を開いていくミチルと、実は真犯人ではないと判明するアキヒロ。意外な真犯人も、きっちり伏線が張られていてなかなかのもの。偶然に頼ることなく、ミステリーとしてのツボも抑えている。☆ このミスで上位に食い込んでいる作品もあるようだし、もう少し他の作品にも手を出してみようかな。
苗村屋読書日記 [88]
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