[PR]看護師の好条件な求人情報満載:≪高待遇な求人続出≫専任がサポート!
![]() ◎0470 『ワイルド・ソウル』 垣根涼介 △0469 『包帯クラブ The Bandage Club』 天童荒太 △0468 『殺し屋シュウ』 野沢尚 △0467 『春の夢』 宮本輝 △0466 『消し屋A』 ヒキタクニオ ◎0470 『ワイルド・ソウル』 >垣根涼介/幻冬舎文庫 背表紙あらすじ:【上巻】一九六一年、衛藤一家は希望を胸にアマゾンへ渡った。しかし、彼らがその大地に降り立った時、夢にまで見た楽園はどこにもなかった。戦後最大級の愚政“棄民政策”。その四十数年後、三人の男が東京にいた。衛藤の息子ケイ、松尾、山本―彼らの周到な計画は、テレビ局記者の貴子をも巻き込み、歴史の闇に葬られた過去の扉をこじ開けようとする。 【下巻】呪われた過去と訣別するため、ケイたち三人は日本国政府に宣戦布告する。外務省襲撃、元官僚の誘拐劇、そして警察との息詰まる頭脳戦。ケイに翻弄され、葛藤する貴子だったが、やがては事件に毅然と対峙していく。未曾有の犯罪計画の末に、彼らがそれぞれ手にしたものとは―? 史上初の三賞受賞を果たし、各紙誌の絶賛を浴びた不朽の名作。 本書については、何の予備知識も無い状態で購入。唯一、筆者が『午前三時のルースター』の著者であるということを意識した程度。つまり、それほど大きな期待をしていた訳でもなく、たまたま本屋で平積みになっており、たまには上下巻の長めの話でも読んでみようかと手に取っただけ。 なぜこのような前置きを書くかというと、期待外れに面白かった為。「期待外れに面白い」というのも変な日本語だが、本書が持つ熱気にやられて、こんな言葉を使ってしまった。 読み始めたときは、正直外れかなと思った。というのも、戦後まもなくの混沌とした時代に、食い扶持減らしの為にアマゾンの奥地に放り出された日本人達。『アマゾン牢人』という章のタイトルがその悲惨さを如実に表わしている。歴史を知ることが非常に大切だという意識はあるのだが、戦争に関する史実など、あまりにも残酷な歴史に対しては思わず眼を瞑りたくなる。そういえば山崎豊子の『不毛地帯』もシベリア抑留のシーンは読み進めるのが辛かった。 この調子で暗いトーンの物語が進のかと思いきや、場面は一気に現代に飛ぶ。本書は一種の復讐劇だが、最初に政府のひどいやり方を丁寧に書き綴ることによって、犯罪者である主人公達に共感できるようになっている。犯罪を肯定するわけではないが、誰かが傷ついている訳でもなく、だんまりを決め込む政府に対して、痛快なやり方で派手に復讐してくれる様は爽快ですらある。 特に秀逸なのが主人公の一人であるケイのキャラクター。日本人でありながら、ブラジル生まれブラジル育ちの気質を備えており、底抜けに明るいキャラである。女性に対する積極性と、変な意味での真摯さとの兼ね合いも面白い。テレビ局記者・貴子との恋愛は、下手な恋愛小説よりも面白く、暗くなりそうな重いテーマの中に、鮮やかな花を添えている。 松尾も嫌いではない。ケイほどではないにせよ、厳しい環境に育った若者。マフィアに拾われて、マフィアに育てられ…。最後に殺し屋が松尾を消しに現れた際にはどうなることかと思ったが…。あまり書きすぎるとネタバレになってしまうのでこの程度にしておきたい。 ラストもハッピーエンドなのがよい。涙の結末も悪くは無いが、やはりハッピーエンドの方が読後感がよい。しかし、この素敵な読後感を味わえるのも、最初に丁寧に書き込まれたブラジルの棄民の話が大きな伏線となっているからであろう。筆者はこの物語を書くために、南米に取材旅行にいったそうである。綿密な下準備があってこその壮大な物語。身体を張って取材したからこそ表現できる、ブラジル人特有の陽気な人柄。 そういえば筆者はケイに日本のことを「貧乏臭い」と言わしめている。「貧乏ということじゃない。貧乏臭い」と。「おれの国じゃあ、金のないやつはないなりだ。服装も住む家もそうだ。それでけっこう笑って暮らしている。だがこの国の連中ときたら、どいつもこいつも飾り立て、少しでも自分をよく見せようと躍起になっている。それがまあ、貧乏臭い」 最近は階級社会・格差社会などという言葉をよく目にするが、そんな階級だの格差だのにこだわっていること自体が、貧乏臭いのかもしれない。
△0469 『包帯クラブ The Bandage Club』 >天童荒太/ちくまプリマー新書 背表紙あらすじ:傷ついた少年少女たちは、戦わないかたちで、自分たちの大切なものを守ることにした……。いまの社会を生きがたいと感じている若い人たちに語りかける長編小説。 なにかのテレビ番組で天童荒太本人が登場し、作品に対する思い入れを語っていたのを見てすぐに購入。そのまま、しばらく積読になっていたもの。いつも長編の重い作品を手がけてきた筆者に対して出された、若い人にも読みやすい作品を作ってみないかという出版社からの要望に応えたものだったと記憶している。しかしながら、完璧主義の天童氏、物語そのものはシンプルにするも、登場人物の生い立ち、性格から、彼らの住む町の地図に至るまで、緻密にノートに書き連ねていったそうである。番組ではその構想ノートも紹介。細かく書き込まれたノートを見て、作家とはここまでやるものかと驚嘆した。 そういえば、高村薫も登場人物の生い立ちを精緻に作りこむという話を聞いたことがある。優れた作家というのは、物語をとことん作り込み、「削り取る」「削ぎ落とす」「絞り込む」といった作業が出来る人なのだろう。この作業が下手な人は、文章が冗長・散漫となり、結局何が言いたいのか焦点がボケてしまうのではなかろうか。そういう私自身、書きたいことを全て書いてしまうほうなので、取り留めの無い書評となってしまっているのだが…。 さて、本書の感想であるが、出版社の意図通り「天童荒太にしては非常に読みやすい」というのが第一印象。しかしながら、さすがに精緻に作りこまれただけあって、物語に深みを感じる。傷ついた場所に包帯を巻く、という突飛な発想が温かみとなって読者に沁み込んでくる。「人のからだは再生する。傷口はふさがり、肉が盛り上がる。心はどうだろう」 そんな言葉にこの物語で語られる優しさを感じることができる。 ワラ、タンシオ、ギモ、ディノ、登場人物のあだ名も面白い。「方言クラブ」という変わったクラブも、物語の中で上手く息づいている。平易な文章で書かれているので、さらっと読み飛ばしてしまいがちだが、非常によく考えられた構成。また、各章の最後に出てくる「報告」という形式の短文。なくてもよいような気もするのだが、ノートいっぱいに書き溜めた登場人物の過去や未来のエピソードの中で、捨て切れなかったものをこういう形で残したのであろう。物語の世界観を損なうことなく、筆者の思い入れをうまく表現しているのではなかろうか。 繰り返しになるが「傷ついた場所に包帯を巻く」というアイデアが秀逸。せっかくのアイデアであり、せっかく作り込んだ登場人物たちである。そのうち、単行本としてもっと書き込まれた「包帯クラブ・完全版」が発刊されそうな気がするのだが、そう思うのは私だけだろうか。
△0468 『殺し屋シュウ』 >野沢尚/幻冬舎文庫 背表紙あらすじ:人気絶頂のロックシンガー椎名ゆかは、コンサート中お気に入りの曲を歌っている瞬間に自分を撃ち殺してくれと頼む。シュウは彼女の額に照準を定めるのだが…(「シュート・ミー」より)。フィッツジェラルドを愛読するセンチメンタルな殺し屋のもとに転がり込んだ奇妙な7つの依頼。急逝した著者がハリウッドで映画化を夢見た幻のシリーズ。 急逝から随分と時間が経つが、筆者の本が刊行されるとついつい手にとってしまう。もう、これ以上新しい作品を読むことが出来ないと思うと寂しい限り。本書は、どちらかといえば地に足の着いたというか、現実に起こっても不思議ではないシチュエーションの作品が多い筆者の中で、少し現実離れした毛色の変わった作品。タイトルが示すとおり「殺し屋」の話である。 父親、しかも警官殺しというショッキングなオープニングに始まり、ハリウッドを意識したというのも頷ける、映画的なストーリー展開。しかも、主人公のシュウが、殺し屋とは思えないほどセンチメンタルで人間的なのがよい。決して許される商売ではないのだが、自然と主人公に感情移入してしまうのである。 先日読了した『消し屋A』と比べると面白い。一方はバリバリの殺し屋にも関わらず、殺人が起こらない小説。もう一方は、心優しい青年が殺し屋稼業に足を踏み入れてしまう小説。非現実的な殺し屋という職業を両極端に描写した作品と言えるのではなかろうか。 さて、第6章までは、非常に面白く読みすすんだのだが、残念ながら第7章で大きく好みから外れてしまった。ハリウッド映画では最後のクライマックスとして喝采を浴びるのかもしれないが、個人的にはちょっとやりすぎの感ありと思ってしまったのである。というのも、「人狩り」というおよそ現実離れしたシチュエーションに加え、残虐なシーンがいたるところに折り込まれているせいである。正直、読んでいて気持ちが悪くなってしまった。 最終話の印象のせいで、全体としての評価も今ひとつとなってしまったが、まずまず楽しめる作品ではなかろうか。個人的には、派手さを求めるのではなく、さらに人間の内面をえぐるような深い作品にしてほしかったのだが。
△0467 『春の夢』 >宮本輝/文春文庫 背表紙あらすじ:生きた!愛した!闘った!めくるめく、あの青春の日々よ。―なき父の借財をかかえた一大学生の、憂鬱と人生の真摯な闘い。それをささえる可憐な恋人、そして1匹の小動物。ひたむきに生きようとする者たちの、苦悩とはげしい情熱を、1年の移ろいのなかにえがく青春文学の輝かしい収穫。 1996.11.22と1999.06.25に2回読んでおり、今回は3度めの再読。再読であることは承知していたが、2回も読んだかなぁ。一昔前の学生生活を描いた作品だが、宮本輝らしい瑞々しい筆致のせいか、時代の移り変わりをさほど感じさせない青春小説である。 中でも印象的なのがトカゲのキンちゃん。引っ越してきたばかりの主人公に、誤って柱に釘で打ち付けられてしまうのである。この発想自体が素晴らしいと思うし、よくこんなこと考え付くなぁと感心するばかり。しかも、物語の要所要所でキーとなってくるのだから、さすがは宮本輝である。 話は変わるが、この物語に触発されて、以前バリ島へ旅行へ行ったときにトカゲのオブジェを購入した。銀製でなかなかリアルな作り。名前はもちろん「キンちゃん」である。 しかし、この柱に釘付けにされたトカゲというのは、何の象徴だろうか。親の作った借金、バイト先での人間関係、そして恋人の陽子。一大学生にとっては非常に重い環境の中、どこにも動けずにもがき苦しんでいる主人公・井領哲之の生き方そのもののようにも感じる。そして非常に印象深いラストの一文「キンはいなかったのである」という言葉と共に、哲之自身も重い足枷から解き放たれたのではなかろうか。 解説によると、本書は最初『棲息』というタイトルだったそうである。解説者は『棲息』よりも『春の夢』の方がよいと語っているが、個人的には『棲息』の方がしっくりくる。若干暗さを感じなくもないが、本書は決して明るい小説ではない。むしろ青年の苦渋を無理矢理明るく綴っただけであり、根底には青春期の暗さも含んでいるのだと思う。また『棲息』というタイトルであれば、すぐにキンちゃんを連想できる。今回も再読にあたりタイトルから『青が散る』と本書とを混同していたし…。
△0466 『消し屋A』 >ヒキタクニオ/文春文庫 背表紙あらすじ:オカマの蘭子とともに福岡に流れてきた消し屋の幸三。久々に訪れた博多のヤクザから依頼された今回のターゲットは、ホークスの名捕手・真壁。内容は、殺しはナシで、彼を一試合の間だけ消すという奇妙なものだった。野球一筋で真面目な真壁には、スキャンダルなど付け入る弱味がない。幸三が取った手段とは。 本屋で何気なく手に取った作品。後に何か残る、といった類の本ではないが、エンターテインメントとしてはそれなりに楽しめた。登場人物のキャラクターも面白く、小説というより漫画的な楽しみ方をすればよいのではなかろうか。 ところで、普段何気なく眺めている背表紙のあらすじだが、本書のあらすじはなかなかのもの。短いスペースに、いかに読者の興味を惹くような内容を盛り込むかというのは結構難しいと思う。いつも文庫本の感想を書く際には、備忘も兼ねて背表紙のあらすじを引用させてもらっているのだが、中には何がいいたいのか分からないものや、内容と全然異なっており騙されたと思うもの、酷いものになるとあらすじでネタバレ、などというものまである。それに引き換え本書では、主人公がオカマと暮らしているのか。何かに追われて福岡まで逃げてきたのだろうか? 消し屋というのは殺し屋のことか? などと想像を掻き立ててくれる。 本筋の方は、元ダイエーホークスの城島捕手とヤクルトの古田捕手を足して2で割ったような真壁というベテラン捕手を、野球賭博に巻き込んで試合に出場させないというもの。この「試合に出場させない」部分を「消し屋」である主人公が引き受けるのだが…。尿失禁に苦しむヤクザの親分が出てきたり、元キックボクサーのオカマが出てきたりと、サブキャラクターも秀逸で楽しい作品である。途中、冗長さを感じる部分もあるのだが、まぁ許せる範囲である。何より、殺し屋が主人公でありながら、一人も死人が出ず、むしろハッピーエンドというのがよかった。後味のよいすっきりした作品である。
苗村屋読書日記 [94]
![]() |