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![]() ○0480 『白昼の死角』 高木彬光 △0479 『炎蛹−新宿鮫V』 大沢在昌 △0478 『無間人形−新宿鮫IV』 大沢在昌 ×0477 『“教祖”降臨―楽天・三木谷浩史の真実』 児玉博 △0476 『バッテリー』 あさのあつこ ○0480 『白昼の死角』 >高木彬光/光文社文庫 背表紙あらすじ:明晰な頭脳にものをいわせ、巧みに法の網の目をくぐる。ありとあらゆる手口で完全犯罪を繰り返す“天才的知能犯”鶴岡七郎。最後まで警察の追及をかわしきった“神の如き”犯罪者の視点から、その悪行の数々を冷徹に描く。日本の推理文壇において、ひと際、異彩を放つ悪党小説。主人公のモデルとなった人物を語った秘話を収録。 随分昔の話(20年以上前!?)なのでほとんど記憶に無いのだが、本書の初読は小学生の頃。図書館に置いてあったのを借りて読んだ記憶がある。なんとなく本棚に並んだ背表紙を覚えており、その雰囲気から中学でも高校でもなかったと記憶している。中高生の頃の読書であれば、もう少し鮮明に記憶しているであろう。だた、本当に本書のようなものが小学校の図書館に置かれていたかというと甚だ疑問。まるで悪を肯定するかの作品だからである。 本書の感想を書く前に、エピソードを2つ。まずは、東京都千代田区の資産運用会社「キングダムトラストニューヨーク」が、元本を保証した上で「必ずもうかる」などと確約し、先物取引や新規公開株への投資話を持ち掛け、全国の会社員や主婦らから100億円近い資金を違法に集めたという事件。たまたま本書読了後だったので、テレビのニュースを見て、実際にこのような大規模な詐欺が起こるものなのだと驚いた。一時期「オレオレ詐欺」というものが流行ったが、この事件や本書に出てくる詐欺はもう一枚上手で、高度で大胆な詐欺だと思った。 そしてもう一つは、「プレジデントビジョン」というメルマガで株式会社武蔵野の小山昇社長が本書のことを絶賛していた件。こちらのメルマガも本書読了後に読んだ為、偶然ってあるものなんだと妙に感心した。小山社長曰く「社員たちをいかに騙して、もっとやる気にさせていくということ」を本書から学び、かつ「会社を経営するにあたり、人間の心理を無視して行なってはいけない」と覚ったそうである。本書のような悪党小説からこのような発想をするという点、流石は非凡な経営者である。 さて、エピソードが長くなってしまったが、本書の感想を。再読とはいえ、20年以上も前に読んだものなので、ほとんどのストーリーは失念していた。唯一覚えていたのが、手形に押されたハンコを、薄い紙と鼻の脂で複写する場面。なぜか強烈な印象があったようで、それまでは本当に本書を読んだのか少し疑問だったのだが、このシーンを読んだ瞬間、20年前にタイムスリップしたかのような既視感を覚えた。 ハンコの偽造に代表される様に、本書で繰り広げられる詐欺の大半は手形を利用したものである。手形とは周知の通り流通性のある有価証券であり、会社に入ってすぐの新人研修でもその特徴や注意点を教わった。数年前から、手形という現物を取り扱う煩雑性や印紙代などのコストを嫌って手形の発行を止める企業が増えてきたが、「割引」という現金化の手段があるため、全廃には至らないであろう。USCPAの学習にも登場し、日本だけでなく米国やその他の国でも似たような機能をもつ有価証券が存在する。「裏書」「割引」といった行為を「善意の第三者」を通すことによって、手形の代金を自分のものにしてしまおうというのが、本書に出てくる詐欺の主な手段である。 もう少し詳しく解説すると、A社がB社に対して購入した商品の対価として手形を発行したとする。B社はこの手形を金融業者C社に持ちこんで割り引く、つまり金利や手数料分を差し引いて現金化することが出来るのである。また、B社はこの手形を別のD社への支払に充てることも出来る。これを裏書という。この時、割引を行ったC社や、支払を受けたD社が善意の第三者であれば、A社がB社に騙されていたとしても、支払を行わなければならないのである。ちなみにC社・D社のことを米国ではHolder in due course という。 全く手形の知識などない小学生時代と、ある程度の知識を持っている現在とでは、その面白さも各段に違う。再読して改めて、高木氏の才能に驚嘆したのである。しかし、本書を読了し、あとがきを読み始めておや、とおもった。本書はてっきり筆者のオリジナルだと思っていたのだが、どうやら実話であり実在のモデルもいるらしい。また、本書に出てくる「太陽クラブ」のくだりも実話に基づいた話とのこと。オリジナルではないという点で少しがっかりし、一方で実話だということに驚き、ほんまかいなと懐疑的になっていたところへ、キングダムトラストニューヨークの事件を知ったので、非常に複雑な気分になってしまったのである。 さて、本書は「悪党小説」と銘打っているが、これはいわゆる「ピカレスク小説」のことである。横文字よりも「悪党小説」と書いたほうがしっくりくるのは、小説の舞台が戦後直後の日本だからであろうか。個人的にピカレスク小説の傑作だと思っているのが東野圭吾の『白夜行』 本書が「白昼」であるのに対して、こちらは「白夜」。詐欺に「白」という文字は似合わないような気もするが、反語的で面白い。
△0479 『炎蛹−新宿鮫V』 >大沢在昌/光文社文庫 背表紙あらすじ:新宿署刑事・鮫島を、犯罪者は、恐れを込めて「新宿鮫」と呼ぶ。植物防疫官・甲屋は、外国人娼婦によって南米から日本に侵入した、“恐怖の害虫(フラメウス・プーパ)”の蛹を追っていた。羽化まで数日。蛹を追って、鮫島と甲屋は、危険と罠に満ちた闇に挑む!命をかけて熱く闘う男たちがここにいる。興奮と感動、圧倒する迫力!傑作長編刑事小説第5弾。 前回は麻薬取締官との共演だったが、今回は植物防疫官が登場する。しかも、いつも単独行動する鮫島が植物防疫官・甲屋とタッグを組んで活躍する様が面白い。甲屋のとぼけていながらも仕事に対する真摯な態度が鮫島に伝わっていくのである。2件の殺人が起こってしまうが、前作のシャブと異なり、害虫を追うという設定が、笑えないながらも暗澹たる気持ちにさせないでいてくれる。 本書の成功点は何といっても「恐怖の害虫(フラメウス・プーパ)」を生み出したことであろう。当然の如くフィクションだが、日本の米を食い尽くすゾウムシというのはなかなか恐ろしいシチュエーションである。また、この蛹が羽化するまで数日という時間設定。きちんとした時間が読めないだけに、ある意味時限爆弾よりも緊迫した状態を作り出している。また、警官が蛹を追うという妙な設定が、非現実的であり、非現実的であるからこそ現場の警官たちには相手にしてもらえないであろう設定も秀逸。結果として鮫島と甲屋の2人で追うしかないという状況に持ちこんでいる。 このように様々な制約下でキャラクターを動かすのは筆者にとって大変な反面、面白さは倍増する。これに加えて今回は娼婦殺害と放火魔という2人の犯人像が錯綜し、構成の上でも多層化したものとなっている。これまでの新宿鮫シリーズは1人または1組の犯人をひたすら追うというものであったが、今回は2人の犯人に加え、羽化寸前の蛹探しと言う凝ったストーリーであり、私が言うのも僭越だが、筆者の技巧的成長が見て取れる。一方で、ともすればダラダラとした展開になりがちな複雑なストーリーを、羽化までの時間という制約を設けることにより、スピード感を失わせなかった点も評価に値するであろう。 新宿鮫シリーズは秀作が揃っているので、比較論として評価を△としてしまったが、ある種のターニングポイントとなる作品であった様に思う。
△0478 『無間人形−新宿鮫IV』 >大沢在昌/光文社文庫 背表紙あらすじ:新宿の若者たちの間で、舐めるだけで効く新型覚せい剤(アイスキャンディ)が流行り出した。薬(シャブ)を激しく憎む新宿署刑事・鮫島は、執拗に密売ルートを追う。財閥・香川家の昇・進兄弟の野望、薬の独占を狙う藤野組・角の策略、麻薬取締官の露骨な妨害、そして、恋人・晶は昇の手に…。現代を代表する超人気シリーズ第4弾、直木賞受賞の感動巨編、待望の文庫版で登場! 1993年の直木賞受賞作。初読は1998.01.09。新宿鮫シリーズには一時期はまっており、1998年の1月4日から23日にかけて、シリーズ6冊を一気に読了している。今回は、古本屋で100円の文庫本が見つかるのを待ちながらのため、少しゆっくり目のペース。根が貧乏性なので、再読本にはあまり金をかけたくない。結果として100円コーナーを漁る日が続く。漸く手に入れてからは一気に読み終えた。 まずは苦言から。鮫島の恋人である晶が、犯人の所在する地方都市に「偶然」居合わせたという設定が今ひとつ。シリーズ一作目の『新宿鮫』でも述べたが、やはりご都合主義の偶然というのはいただけない。盛り上がりを演出する為には、ある程度の偶然が必要だというのは理解しているが、そこを偶然ではなく「必然」に見せるのが作家としての力量だと信じている。 とは言うものの、全体としての完成度は高い。さすがは直木賞を受賞しただけのことはある。まずは、アイスキャンディというアイデアが秀逸。覚醒剤を若者に受けるようタブレットタイプにした点に着目。実際に出回っているのかどうかは分からないが、手軽に「格好良く」楽しめるという点で現実味を感じる。またヤクザ同士の縄張り争いから外れた点で商売できるという着想も面白い。 次に地方都市の財閥を絡ませた点も評価したい。今までは新宿という狭い街の中で活躍していた鮫島が、一歩大きな世界に足を踏み入れた感がある。その証拠に、本書以降の物語では鮫島が活躍する舞台が大きく広がっていく。また、他の省庁の役人との絡みが生じてくるのも本書から。今回は麻薬取締官、通称「麻取(まとり)」との関係が面白い。同じ公務員ながら、与えられた権限や職場環境が大きく異なる中、互いにプロであると認め合い、協力し合う様が、美しい。この辺りには真保裕一の「小役人シリーズ」との共通点を感じなくも無い。 地方都市の有力企業の崩壊を描いた点では池井戸潤の『架空通貨』の方が面白かったように思うが、本書もなかなかのもの。アイスキャンディ、麻取、地方財閥といったエッセンスをうまく纏め上げた点は流石である。多少の欠点を補って余りある秀作であり、大沢在昌の力量が一枚上がったと感じられる力作でもある。
×0477 『“教祖”降臨―楽天・三木谷浩史の真実』 >児玉博/日経BP社 帯より:日本興業銀行を去り、楽天を起業した三木谷浩史とはどんな人物なのか?私立中学の退学経験を持ち、高校・大学時代はテニスに熱中、興銀から米ハーバード大へ留学して起業に目覚め、生家を襲った阪神・淡路大震災を機に楽天の起業に踏み切る―。誰も書かなかった三木谷浩史の実像が今、初めて明らかになる。 『日経ビジネスアソシエ』に連載されていたものを単行本として纏めたのが本書。雑誌の方は、定期的ではなかったが、時々購入していた為、連載当時から、この記事の存在は知っていた。ただ、毎回購入している訳ではなかったので、飛び飛びで読んでも仕方がないと思っていたところの書籍化。すぐに購入したものの、なんとなく積読になってしまっていた。 評価の方は残念ながら×。なぜと理由を聞かれても答えにくいのだが「合わなかった」としか言いようがない。自伝・自著ではなく他人が書いたものだからだろうか。三木谷浩史という人物の略歴を淡々と追っているだけのような気がして感情移入できなかったからかもしれない。あるいは、一時的な苦難を別にして、ほとんど順風満帆に近い人生に面白味を感じなかったからかもしれない。 三木谷氏はネット・ビジネスの覇者として、プロ野球球団の買収企業オーナーとして、またテレビ局との提携先として、元ライブドア社長の堀江氏と比較されることが多いように思う。しかし、育ってきた環境や、ビジネスに対する考え方は根本的に違うように感じる。一見、同類のように感じるが、堀江氏が「野心」の塊であったのに対して、三木谷氏は「志」の塊といえばよいだろうか。賛否両論あるだろうが、かつての孫正義に通ずるところがあるのではなかろうか。 誤解の無いように記しておくが、決して三木谷氏の生き方や経営手腕を批判するものではない。一代であれだけの企業に成長させたのは凄いと思うし、伊達にハーバードのMBAを取得しているわけではないであろう。特に、学生時代のテニスを通じて培った、一つの物事に徹底的に喰らいつく執念には学ぶところが多い。先ほど「順風満帆」と書いたが、その陰には相当な努力が隠されているだろうし、学歴やファッションセンスからスマートな経営者と思われがちかもしれないが、泥臭い努力を惜しんでいないことが本書を通じて伝わってくる。 恐らく、本書に違和感を感じたのは、三木谷浩史というまだ完結していない人物の人生を、人生の途中で切り取って描いたからではないだろうか。ネット社会というのはアイデア次第で飛躍することが出来る反面、差別化が非常に難しい。既に楽天よりも安価にWEB上のショッピングモールを開店できる仕組みを提供する企業が生まれつつあると聞く。今後インターネット・コングロマリットとしてどのように企業を成長させていくかに注目したいし、その時にもし本書の続編が出版されたなら、しっかりと吟味したいと思う。 最後に楽天における5つのコンセプトを抜粋して終わりたい。(1)常に改善、常に前進 (2)Professionalismの徹底 (3)仮説→実行→検証→仕組化 (4)顧客満足の最大化 (5)スピード!! スピード!! スピード!! (3)はいかにもMBA取得者らしい発想。今後の日本企業に最も必要とされるスキルかもしれない。一方で(5)は新興企業として非常に大切なもの。こちらも大半の日本企業に欠けているものである。
△0476 『バッテリー』 >あさのあつこ/角川文庫 背表紙あらすじ:「そうだ、本気になれよ。本気で向かってこい。―関係ないこと全部捨てて、おれの球だけを見ろよ」中学入学を目前に控えた春休み、岡山県境の地方都市、新田に引っ越してきた原田巧。天才ピッチャーとしての才能に絶大な自信を持ち、それゆえ時に冷酷なまでに他者を切り捨てる巧の前に、同級生の永倉豪が現れ、彼とバッテリーを組むことを熱望する。巧に対し、豪はミットを構え本気の野球を申し出るが―。『これは本当に児童書なのか!?』ジャンルを越え、大人も子どもも夢中にさせたあの話題作が、ついに待望の文庫化。 『この文庫がすごい!』の2006年版にあさのあつこ氏のインタビューが載っていたのがきっかけで購入。書店ではよく平積みにされているのを見かけていたのだが、なんとなく手を出せないでいた。本というのは、本当にきっかけが大切だと思う。 さて、現時点で本書は5冊目までが文庫化されており、完結編の6冊目はまだハードカバーの状態。アマゾンで一気に5冊の文庫を購入した。どうでもいいことなのだが、少し迷ったのが、これらの本を1冊ずつカウントするのか、6冊纏めて1冊とカウントするのかということ。例えば『新宿鮫』のようなシリーズ物で、1冊完結の物語であれば、それぞれを「1冊」とカウントするのに何の抵抗も無い。一方、『沈まぬ太陽』のように、全巻読み終えないと完結しないような物語は、たとえ5冊組みであろうが、このHPでは1冊と数えている。本シリーズに関しては一応、出版された時期も異なり、登場人物は同じで連作的ではあるが、それぞれを1冊として数えることにした。冊数稼ぎのようになるのが嫌なのだが、そういえば『家族狩り』の文庫版シリーズもそれぞれを1冊とカウントしていたのでよしとしよう。更にどうでもよいのだが、高村薫の『照柿』が文庫化された。全面改稿とのことなので早速購入してしまったのだが、これを1冊と数えてよいものかどうか。『マークスの山』はハードカバーと文庫版を比較してみたのだが、今回は読むタイミングが違うので1冊と数えようと思うのだが…。何だかつまらないことで悩んでいるなぁ。 随分前置きが長くなってしまったが、本書の特徴はやはり主人公とそれを取り巻く登場人物たちの人物像であろう。天才ピッチャーの片鱗を見せながらも生意気な原田巧少年。彼の捕手となるべく生まれてきたような永倉豪。中学生にしては早熟な、と思わせる描写もいたるところにあるのだが、自分が中学生の頃は果たしてこれほど大人だったか、はたまたもっと大人びて生意気だったか、といつの間にか自分の少年時代を思い返してしまう。また、巧の弟である青波(せいは)など、サブ・キャラクターの作りこみもしっかりしている。 1冊目の本書では野球のシーンはほとんど出てこない。登場人物のキャラクターだけで読者を引き込んでいる感があり、肝心の野球にあまり触れていないので評価がしづらい。キャラクターだけで最後まで読ませる筆力はたいしたものだが、今のところは「2冊目以降に期待」という感想。
苗村屋読書日記 [96]
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